アメリカ人はパイが大好き。
このイメージが定着してるのは、完全に映画からの影響です。
みなさんも一度や二度は、パイを食べてるシーンをご覧になったことがあるかと思います。
一番人気は、やはりアップルパイ。
ヒース・レジャーが真夜中のダイナーで意味ありげに食す『ブロークバック・マウンテン』や、
黒人がユダヤ人にアメリカ伝統のアップルパイを食べさせたことであることに気がつく
『ドライビング Miss デイジー』などが思い出せます。
溶けかかったアイスクリームと一緒にブルーベリーパイを食べていたのは
『マイ・ブルーベリー・ナイツ』のノラ・ジョーンズ、
『ツイン・ピークス』のクーパー捜査官はチェリーパイが大好物と相場が決まっています。
このようにアメリカ映画において、
パイを見る頻度は飛躍的に上がっている気がするのですが(パイ投げは減った)、
映画の歴史上、最も"パイ"がフィーチャーされた作品こそが、
今回ご紹介する『ウェイトレス~おいしい人生のつくりかた』なのです。
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ジェナは片田舎の小さなカフェで働くウェイトレス。
素敵な出逢いに心がときめいたり、辛い現実に心が乱れたときに、
自分の気持ちを込めたオリジナル・レシピでパイを焼き、
食べる人を優しく温かな気持ちにさせる才能を持っている。
ところが、嫉妬深い夫アールのせいで、人生失敗続き。
家とカフェを往復するだけの人生を送っていた。
密かに家出計画を進行させていたある日、予想外の妊娠が判明する。
絶望と困惑に駆られるジェナの前に現れたのは、産婦人科医のポマター先生。
挨拶がわりにと持参したマシュマロパイが、ふたりの心を急接近させてしまい…
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この映画のおもしろさのひとつは、
ウェイトレスの日常というリアルに、ファンタジーを取り入れた点にあります。
彼女の作るパイはおいしいだけでなく、独創的で天才的。それはパイのネーミングにもあらわれています。
・私はアールの赤ちゃんは欲しくないパイ
・アールが浮気した私を殺すパイ
・ひどい仕打ちパイ
・やっぱり不倫は悪いし、アールにも殺されたくないパイ
独創的すぎて、イメージ湧かないか… 笑
では、具体的にひとつ紹介してみますね。
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「赤ちゃんよりも、オレのことを愛せ!」というダメ夫アールの子どもを妊娠したジェナは、
ノーフューチャーな今後の生活を考えただけで絶望的な気持ちに。
そんなときに考案されたのが"妊娠して惨めな自己憐憫の負け犬パイ"。
幸せの象徴のようなフルーツケーキを「こんちくしょう!」という気持ちをガッツリ込め、
ボールの中でガツガツとマッシュし、トドメにはラム酒に火をつけ、アルコール分を飛ばす、
そんなパイとなっています。
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どうです?面白くないですか?
ネガティヴな感情を作品に昇華させるという点で、彼女は生粋のアーティストです。
でも、世界中に何万人といるウェイトレスのひとりでもあるというのが面白いし、
だからこそ、魔法使いのようにも見えてくる。
絶望的なまでにビターなストーリーに、エッセンスとしてファンタジーが加わるとき、
物語は夢のようなエンディングを迎えるのです…
もっと多くの人たちに観てもらいたい、2000年代の隠れた名作映画。
鑑賞する際は、お気に入りのパイのご用意を忘れずに。
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『ウェイトレス~おいしい人生のつくりかた』
DVD 1,419円+税
20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン
© 2016 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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