日本にスターバックスが初上陸を果たした1997年。
ぼくは雑誌「Olive」の"カフェ・グランプリ"に影響を受け、
バイト前にせっせと大小さまざまなカフェ巡りをしていました。
渋谷「drole」、「BEAMS TIME CAFE」、
鎌倉「ヴィヴモン・ディモンシュ」、中目黒「オーガニックカフェ」、
駒沢「バワリーキッチン」…
2000年前後に訪れたカフェブーム前夜だったこともあり、
まだそこに集まっている人々は、情報感度の高そうなカッコいい大人ばかり。
その空気に憧れを持っていたぼくは、ドキドキした気持ちを抑えつつ、
ちょっとだけ背伸びして訪れていたことを告白しておきます。
そのカフェ巡りにはマイルールがありました。
どのお店に行っても"フレンチトーストとアイスコーヒー"をオーダーする。
食べ比べることで、各お店のこだわりが見えてくるに違いない!
という、カフェジャーナリスト気取りを楽しんでいた、
ただの恥ずかしい話でもあったりするのですが、、、いやはや。
さて、ではなぜ、フレンチトーストだったのかと言えば、
このプロジェクトを始める直前に、ある映画の、
あるフレンチトーストのシーンを観たからでした。
それこそが、1979年のオスカー受賞作品、
ダスティン・ホフマン主演の『クレイマー、クレイマー』だったのです。
***
仕事第一の男テッドがある夜遅く帰宅すると、
荷物をまとめた妻ジョアンナが彼を待ち受けていた。
「誰かの娘や妻ではない自分自身を見つけたい」と言い残し、
彼女は去って行った。
息子とふたり残されたテッドは、失意のなか家事に奮闘。
数々の失敗やケンカを乗り越えて父と子の間に深い絆が生まれた頃、
息子の養育権を主張するジョアンナがテッドのもとを訪れた…
***
この息子と父がふたりになって最初に作る朝食がフレンチトーストです。
モヤモヤしている父は、
「さあ、作ろう。楽しいぞ!」とカラ元気で言ったものの、
牛乳こぼすわ、卵の殻はいるわ、フライパンひっくり返すわと、
見事なまでの空回り。
しまいには不甲斐ない自分にキレてしまい、
その関係はますますギクシャクした関係に。
しかしその後、持ち直したふたりは
数々の困難を乗り越え、もう一度一緒にフレンチトーストを作ります。
今度は大成功!
この映画の軸になるふたりの関係性の部分を、
セリフで安易に伝えるのではなく、
目でも楽しめるフレンチトースト作りで表現するというところが、
なんとも絶妙で、映画的です。
昨今、『かもめ食堂』(2006) や『南極料理人』(2009) など
お料理が印象的な映画はたくさんありますが、
それってじつはここ20年ぐらいの話なんですね。
これまでは、デンマークの『バベットの晩餐会』(1987)や、
中国の『恋人たちの食卓』(1994) など、
おいしい映画は数える程度しかなく、食事シーンはどちらかというと、
ストーリーを語るための装置に過ぎなかったのです。
そんな時代だったからこそ、
『クレイマー、クレイマー』のフレンチトーストは、
控えめながらも、とても印象的なシーンとして
心に残ったのだと思います。
カフェ巡りでフレンチトーストを食べるたびに、
『クレイマー、クレイマー』の父と息子が仲直りをして
ぼくのために作ってくれたんだなぁ、というハッピーな妄想で
ひとり悦に入っていた、1997年の春でした。
************************************************
『クレイマー・クレイマー コレクターズ・エディション』
DVD 1,410円(税抜)
発売中
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
Instagram Web Site