ぼくたちがピカソやモーツァルトと同時代の人に憧れを抱くように、
彼の最新作を当たり前のように観ているぼくらは、
100年後の人が見たら、きっと嫉妬の対象になるはずです。
ウェス・アンダーソンという人は、50歳ながら、
すでにそのレベルにある監督だと思います。
その魅力は、なんといってもコントロールされすぎた世界観。
極端に技巧的で人工的でスタイリッシュ。
トレードマークとも言えるシンメトリー(左右対称)の構図や、
水平移動のカメラワーク。グラフィカルなコスチュームや、
凝りに凝ったプロダクションデザインなど、
彼の生み出す、すべてのディテールに注目してしまいます。
中でも、色彩へのこだわりはもはや常軌を逸していると言ってもいいほど。
特に今回ご紹介する『グランド・ブダペスト・ホテル』は、
彼の色彩センスが炸裂した傑作ではないかと思っています。
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美しい山々を背に優雅に佇む、
ヨーロッパ最高峰と謳われたグランド・ブダペスト・ホテル。
その宿泊客のお目当ては"伝説のコンシェルジュ"グスタヴ・Hだ。
彼の究極のおもてなしは高齢マダムの夜のお相手までこなす
徹底したプロの仕事ぶり。
ある日、彼の長年のお得意様、マダムDが殺される事件が発生し、
遺言で高価な絵画がグスタヴに贈られたことから容疑者として追われることに。
愛弟子のベルボーイ・ゼロの協力のもと
コンシェルジュの秘密結社のネットワークを駆使して
ヨーロッパ大陸を逃避行しながら真犯人を探すグスタヴ。
殺人事件の真相は解明できるのか!?
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ウェス・アンダーソンはこのコメディタッチのミステリーを、
1960年代のグランド・ブダペスト・ホテルを舞台にして、
1930年代のホテルで起こった話を回想するという構成にしました。
そして時代ごとにテーマカラーを設定します。
30年代はケーキやアイスクリームといったパステルカラー、
60年代はプラスチック感のあるオレンジやグリーンというイメージで
全体の世界観を作るのです。
ホテルやエレベーターなどだけではなく、
お菓子の箱やユニフォームのボタンの色まで徹底的に細部にこだわることで、
彼にしか作り得ない人工的な世界を生み出すことに成功。
"リアル"をベースに嘘のない世界を目指す通常の映画とは、
まったく異なるウェスのアプローチ。
そんな遊び心のあるウェス・ワールドをインディーズの頃から作り続けた結果、
いまや押しも押されぬ、アカデミー賞の常連監督となったのです。
ようやく時代が彼に追いついた。
そんな映画史に残ること間違いなしな巨匠の作品を、
同時代に観ておかないなんて、あまりにもったいなくはないでしょうか?
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『グランド・ブダペスト・ホテル』
Blu-ray 1,905円+税
発売中
20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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