6月に入って、全国各地の美術館も概ね再開したようですが、
いまだ足を運べていない、という方も多いと思います。
僕も注目している展覧会はいくつかあるものの、
まだ1つも行くことができていない。
どうにも心のスイッチが入らないのです。
ここに、映画との違いを感じます。
もし映画館であれば、上映さえ始まってしまえば自動的に、
受け身のまま最後まで楽しむことができる。
ある種の強制力のおかげで。
一方、美術館は自分のペースが何よりも大事です。
一点一点、心に問いかけながら見てみたり、
気になった一枚を1時間以上かけてじっくり鑑賞したり、
中には数多くの展示を巡りたいがために
"飛ばし見"を楽しんでいる方もいるのだそう。
そう、美術の場合はこちら側に主導権があるんですね。
好き勝手に楽しめばいい。
美術館という空間は、自由が保障されているのです。
その分、心に余裕が生まれないと、
今回のようにスイッチが入りにくいのも確か。
でも、今すぐにあの空間を体験したい!
そんな方たちにオススメなのが、
ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督作『エルミタージュ幻想』です。
こちらは名前の通り、
世界遺産であるエルミタージュ美術館が舞台となった
"前代未聞"のアートフィルム。
何が"前代未聞"なのかは、後半でご紹介しますね。
ストーリーは、ざっくりとこのような感じになっています。
***
現代に生きるその映画監督は、ふと気付くと、エルミタージュの中にいた。
だが彼の姿は周囲の誰にも見えない。
そんなところへ19世紀のフランス人外交官キュスティーヌ伯爵が現われる。
監督は夢か幻想か判断できぬまま、
伯爵の案内でロシアの激動の過去と現代を行き来する
不思議な時間旅行をすることに。
まず目撃したのは、将官に罰を与えているピョートル大帝。
そして、慌ただしく走っていく女帝エカテリーナ。
冬宮殿では、ペルシャの使節団がニコライ1世に謁見していた。
監督はやがてキュスティーヌとはぐれてしまい、大広間に迷い込む…
***
早速ですが、何が"前代未聞"か?
それは、この映画が《90分の1シーン1カット》で
3世紀にもわたるロマノフ王朝の栄枯盛衰を描くという驚愕のアイデアだから。
そして、その途方もない夢を、
第一級の美術品が飾られたままのエルミタージュ美術館をセットにしてしまうという、
正気とは思えないアイデアを実現してしまったからになります。
かつて、これほどまでに野心的な映画があったでしょうか?
867人の俳優、数百人のエキストラ、オーケストラは3つ、22人の助監督。
クルーだけでも超大所帯です。
さらにカメラマンは、1300メートルもの距離を、
転倒せずに、手持ちカメラで移動しなければなりません。
役者がもし途中で、段取りやタイミング、
セリフなど忘れてNGを出してしまったら
もう一度あたまからやり直さなきゃならないわけです。
なんという緊張感!楽に作れる方法は、もっとあるだろうに。
しかし完成版を観ていただければわかると思いますが、
本作は《90分の1シーン1カット》で作ったからこそ、
つまり時間が一度も途切れないからこそ、体感型の作品となりました。
壮麗な建築物や、絢爛豪華な衣装、
ヨーロッパ中から集められた名画など、
まるで自分もエルミタージュ美術館を旅しているような
リッチな気分が味わえます。
そんな、異次元の映像体験。
90分ワンカットで描いた時間旅行。
自宅にいながら、世界遺産のエルミタージュ美術館を訪れてみる
という週末も悪くないかと思います。
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『エルミタージュ幻想 《ニューマスター版》』
DVD 4,800円+税
Blu-ray 5,800円+税
発売元:シネマクガフィン
販売元:紀伊國屋書店
© MM II Hermitage Bridge Studio , Egoli Tossell Film AG.All Rights Reserved.
※画像はDVD版です
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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