スープのすばらしさを教えてくれた友人が、先日亡くなりました。
同い年の彼女と知り合ったのは、16年前の春。
ぼくは映画上映、彼女はフードコーディネーターと、
それぞれのキャリアを歩み始めたばかりのときで、
世の中にはいまほど"イベント"や"ワークショップ"がなかった、
そんな時代でした。
初対面のとき、互いに好きなことが見つけられたよろこびを
前のめりのテンションで語り合ったことを、昨日のように覚えています。
彼女は、スープ作りの天才。
ぼくたちとのイベントでは、
「映画+スープ」という定番のコラボレーションで、
ぼくの選んだ映画に寄り添ってくれるようなスープを
彼女が用意してくれました。
ジンジャーミネストローネ、ボルシチ、ポタージュ、
クラムチャウダー、ミルクスープ、
夏にはアンダルシアの冷製スープ・ガスパチョを作ってくれたり。
上映した映画は、『チェブラーシカ』にはじめ、
『ピーターラビットと仲間たち/ザ・バレエ』や、
佐藤雅彦さんの短編集『kino』、
ジャック・タチの喜劇『プレイタイム』もあれば、
『ブランカニエベス』というスペイン産のモノクロ・サイレント映画も上映しました。
そして、いま気が付いたのですが、
もしかしたらぼくは彼女に喜んでもらえるよう
毎回映画を選んでいたのかもしれません。
『バベットの晩餐会』を上映することはついに叶わなかったですが、
ぼくたちが「ベストグルメ映画だよね!」と盛り上がった、
ぜひとも多くの人に観てもらいたい傑作です。
こんな内容。
***
19世紀後半、デンマークの小さな漁村で
牧師だった父の遺志を継ぎ慎ましく生きる初老の姉妹。
ある日、彼女たちのもとにひとりのフランス人女性がやってくる。
パリ市の動乱(パリ・コミューン)で家族を失ったバベット。
彼女はメイドとして姉妹に仕えるが、
ある日偶然買った宝くじで大金を手にする。
かつてパリのレストランの名シェフだったバベットは、
賞金を使って豪華なディナーを計画するが…
***
圧巻なのは、クライマックスのディナーシーン。
フレンチのフルコースをキッチンで調理しているところから、
一品一品、おいしそうに味わっているシーンを、
20分かけて見せてくれます。
このフルコースが、どれだけ豪華なのか。
イメージが掴みづらいと思うので、
いまのレートに置き換えて考えてみます。
ディナーでかかった総額は、一万フラン。
(「12人分のお料理は一万フラン」というセリフが出てきます)
2019年11月18日のレートは、1フラン=109.88円なので、
およそ、お一人91,000円ぐらいということになります。
91,000円のフルコース!
そんな食事、ぼくは見たことも食べたこともありません。
シャンパンは「ヴーヴ・グリコ1860年物」、
赤ワインは「クロ・ヴージョの1845年物」というヴィンテージで、
「ブリニのデミドフ風」というパンケーキには山盛りキャビアが。
「ウズラとフォアグラのパイ詰め石棺風」にいたっては
ソースがなんと黒トリュフです。
そんな贅の限りを尽くしたフルコースのアペリティフとして出てくるのが、
グルメを自称する人でも、ほとんど食べたことがないと言われる
「ウミガメのスープ」なのです。
もちろんぼくも食べたことがないので味のイメージは湧かないのですが、
とにかくおいしそうなんです!
こればっかりは映像を観てもらうしかありませんので、ぜひ。
このスープを、いつか彼女に作ってもらいたかった。
スープの天才が作る、ウミガメのスープ。
想像するだけでワクワクしますが、その夢はもう叶わないのです。
ぼくにとって彼女は、
親友のような、戦友のような、良きライバルのような関係で、
スープというものの奥深さと、食べることのおもしろさを
教えてくれた師匠でもあるのです。
わと、お疲れさま。ほんとうにありがとう。
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『バベットの晩餐会 HDニューマスター版』
Blu-ray 4,800円+税
DVD 3,500円+税
発売元:是空/TCエンタテインメント
販売元:TCエンタテインメント
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映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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