歳を重ねることがポジティブだと、
あらためて感じたのは、2003年のこと。
きっかけは、この年から始まった
怒涛のクリント・イーストウッド監督、傑作群を通してでした。
どうしてもベテラン監督というと、作風がマンネリ化するか、
説教くさいメッセージが目立ち気味なのですが、
御大イーストウッドはそのイメージを見事に一新。
黄金期到来!とでも言いたくなる、フレッシュで、ソリッドな傑作を、
なんと73歳から連発し始めたのです。
作品的には、この6本。
3人の幼馴染みの運命を描いたミステリー『ミスティック・リバー』、
老ボクシングトレーナーと女性ボクサーの絆を描いた『ミリオンダラー・ベイビー』、
日米双方の視点から描いた硫黄島2部作『父親たちの星条旗』&『硫黄島からの手紙』、
アンジェリーナ・ジョリー主演の衝撃サスペンス『チェンジリング』、
そして本人が主演も務めた胸熱ヒューマンドラマ『グラン・トリノ』。
いずれも生涯で1本作れるかどうかという大傑作。
それをイーストウッドは、6年という短期間で作り上げてしまったのだから
開いた口が塞がりません(つまり、1年に1本のペース!)。
伝説の6年と言ってよいでしょう。
一方。
映画に対して硬派一徹なイーストウッドとは真反対に、
どこまでもしなやかに、軽やかに、監督人生を歩んだベテラン女性がいます。
彼女の名前は、アニエス・ヴァルダ。
キナリノ読者のみなさんにも、ぜひ知ってもらいたい素敵な女性監督です。
彼女は、若くして写真家としてのキャリアをスタートさせ、
1950年代からは"ヌーヴェルヴァーグ"の映画作家として世界的な名声を得ます。
さらに75歳からは3つ目の肩書き"ビジュアル・アーティスト"としても活動。
そんな彼女が、いかにキュートで、クリエイティヴな人だったかがわかる
ドキュメンタリー作品を今回はご紹介したいと思います。
映画『顔たち、ところどころ』。
内容はこんな感じとなっています。
***
映画監督アニエス・ヴァルダ(作中で87歳)と、
写真家でアーティストのJR(作中で33歳)は、ある日一緒に映画を作ることにした。
JRのスタジオ付きトラックで人々の顔を撮ることにした二人は、
さっそくフランスの村々をめぐり始めた。
炭鉱労働者の村に一人で住む女性、
ヤギの角を切らずに飼育することを信条とする養牧者、
港湾労働者の妻たち、廃墟の村でピクニック、
アンリ・カルティエ・ブレッソンのお墓…
アニエスのだんだん見えづらくなる目、
そしてサングラスを決して取ろうとしないJR、
時に歌い、険悪になり、笑いながら、でこぼこな二人旅は続く。
「JRは願いを叶えてくれた。人と出会い顔を撮ることだ。これなら皆を忘れない」とアニエスはつぶやく。
願いを叶えてくれたお礼にと、
彼女はJRにあるプレゼントをしようとするが…
***
一瞬の表情を切り取り、大きなポートレートとして貼り出す、
参加型のアートプロジェクト。
そのプロセスを記録しただけでも価値があるのに、加えて本作は、
互いのセンスに惹かれ合うJRとヴァルダの人柄までも楽しむことができます。
「僕らは人生に向き合っているんだ。
この映画は僕らの出会いの物語でもある」と語るJR。
まるで両想いなふたり。
年齢や性別を超え、人がリスペクトし合う姿って、
どうしてこうも美しいのでしょうか。
アニエス・ヴァルダは、2019年、享年90歳と10ヶ月で死去。
しかし、この映画の中で彼女は
「最期をどう迎えるかを考えている」ということを楽しそうに語ります。
終わることは自然なこと。
受け入れて、純粋さを保ったまま、
澄み切った心で生きている姿は、
理想的な歳の重ね方そのものです。
そして何と言っても、彼女はおしゃれ!
ローズピンクと白のツートンカラーの髪型と独創的なファッションは、
もはや彼女のトレードマークで、観ているだけで元気がもらえます。
"好奇心旺盛"でいること。
もしかしたら、これこそがすてきに歳を重ねる秘訣なのかもしれません。
ヴァルダとイーストウッドという両巨匠を見ていると、そう思えてなりません。
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『顔たち、ところどころ』
DVD 4,180円(税込)
販売元:アップリンク
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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