いまにも泣きそ出しそうな男の子。
純朴な佇まいからだけでも伝わってくる、やさしさと健気さ。
ぼくが『友だちのうちはどこ?』の主人公、
半泣き顔のモハマッドをはじめて観たのは、22年前のことでした。
怯えている表情があまりにも本物で、戸惑う顔は本当に戸惑い、
泣いているときの涙はもはや本物にしか見えない。
そんな映画で初めて観るような類の"まなざし"に
ぼくは完全に心を奪われ、その後3日連続で映画館へ通ってしまいました。
ストーリー自体は、絵本を思わせるシンプルな内容になっています。
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イランの小さな村。
授業中のある小学校。モハマッド少年は、
宿題をノートに書かずに叱られていた。
授業が終わり、モハマッドは駆け出すが、転んで怪我をしてしまう。
隣の席の少年アハマッドはその手当てをしてやるのだが、
その際にモハマッドのノートを間違えて持ち帰ってしまう。
あわてたアハマッドは、モハマッドにノートを返すため、
彼の家を目指して外出するが…
***
小学生の男の子が友だちのノートを返そうと、
家を探し回るだけというシンプルな構成になっているのですが、
そんなシンプルな話をキアロスタミはまるでサスペンス映画かのように
スリリングに描き、見る人を引き込んでいきます。
そのゆったりとハラハラが同居した時間の中から、
少年の友だちを思うまっすぐな想いと不安な気持ちとが、
じんわり静かな画面を通して流れ出てくるのです。
出演者はプロではなく、実際に村に住む人たち。
なので、劇映画でありながら、
半ばドキュメンタリーのようなリアリティさえもあるのですが、
その中にあって、こどもたちの存在感はとにかく圧倒的。
でも、そこにはひとつの秘密がありました。
なんと、あの子たちのまなざしや表情は、
本物っぽいではなく、本物だったのです。
監督は"怒り、悲しみ、よろこび"といった感情を、
カメラの裏側から、あの手この手を駆使して(つまり本当に怒らせるといった)
こどもたちから引き出し、カメラに記録したのだそう。
どうりで心を持っていかれるわけだ。
「そして映画はつづく」という本にそのあたりの演出術が、
こと細かに記されているので、ぜひあわせて読んでもらいたいです。
映画の見方そのものに、激しい影響を及ぼすこと間違いなしだし、
ただでさえかわいいアハマッドが、さらに愛おしくなりますので。
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『友だちのうちはどこ? ニューマスター版』
DVD 3,800円+税
Blu-ray 4,800円+税
発売・販売元:TCエンタテインメント
(C) 1987 KANOON
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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