時々思い出しては「あいついい奴だったよなあ」と
懐かしく振り返る人がいます。
通称Tくん。彼とは部活は別々だったし、
つるむほど仲がよかったわけでもありません。
学力も運動も人並みな彼は、特に目立つわけではなかったけど、
クラスの中心の方にはいる。
みんなが心を許してはいるのだけれど、頼られる存在というわけでもない。
ふわーとした不思議な立ち位置の人でした。
でも、無理に自分を作りがちな高校時代において、
ありのままの自分で存在していた彼のすごさが、
いまならとても理解ができます。
無理をしていないからこその安定感と、人懐っこい笑顔をもって、
どれだけの人に安心感を与えていたことか。
そんなことを理解できたのも、映画『横道世之介』に出会えたから。
最初に観たときは、冗談抜きで、これT君がモデルとなったのでは!?
と思ってしまったほど、
ぼくの知っている彼が映画の世界を生きていたのです…
こんな内容。
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長崎県の港町で生まれた横道世之介(よこみちよのすけ)は、
大学進学のために上京したばかりの18歳。
嫌味のない図々しさを持ち、頼み事を断りきれないお人好しの世之介は、
周囲の人たちを惹きつける。
お嬢様育ちのガールフレンド・与謝野祥子をはじめ、
入学式で出会った倉持一平、パーティガールの片瀬千春、
女性に興味を持てない同級生の加藤雄介など、
世之介と彼に関わった人たちは1987年の青春時代を過ごす。
彼のいなくなった16年後、
愛しい日々と優しい記憶の数々が鮮やかにそれぞれの心に響きだす。
***
横道世之介は特別なことはなにもない、普通の大学生として描かれています。
サンバを踊ったり、真夏に半裸でラーメンをすすったり、
夜の浜辺でデートしたり。
そんなよくあるキャンパスライフを160分かけて描く。
そして、本作が秀逸なのは、その構成にあります。
じつは横道世之介という青年が途中から"不在"となり
観客は彼がどんな想い出を残して去っていったのか、
どれだけ素晴らしい人物だったのかを、
周囲にいた人々の思い出とともに知ることになるのです。
そこに浮かび上がって来るのは、
世之介のお人好しの笑顔と、それを笑顔で語る友人たちの姿。
"愛おしい時間は永遠ではない"
そんな当たり前のことを、喜びや痛みといった様々な感情と、
観ている側の記憶が入り混じった状態で感じさせてくれるのが、
映画『横道世之介』なのです。
きっと、ぼくにとっての友人T君のように、
この映画を観た人は、
それぞれの世之介のことを思い出すことになるのでしょう。
「あいついい奴だったよなあ」と。
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『横道世之介』
DVD 3,800円(税抜)
Blu-ray 4,800円(税抜)
発売・販売元:バンダイナムコアーツ
© 2013『横道世之介』製作委員会
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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