キノ・イグルーの週末シネマ​ no.89
小説家を見つけたら|感謝の気持ちを込めて忘れられない恩のカバー画像

小説家を見つけたら|感謝の気持ちを込めて忘れられない恩師

文:キノ・イグルー 有坂塁

小説家を見つけたら|監督:ガス・ヴァン・サント(2000年・アメリカ)

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2019年03月01日作成



あのときがあって、いまがある。

ぼくの一期一会といえば、中学校のときに出会った吉田先生になります。

"文治"と書いてフミハルという名を持つ先生は、

当時27歳、影ではみんなからブンジと呼ばれていました。


ぼくの担任であり、サッカー部の顧問でもあったブンジ。

ドラマ「スクールウォーズ」に影響されて教師になった人と言うだけで、

その人柄は理解してもらえるかと思います(つまり熱血漢ということ)


はっきり言ってしまえば、怖いし、むかついた。

練習中に殴ってくるし、理不尽なこともいっぱいありました。

だけど、父親のいないぼくら兄弟のことを誰よりも気にして、

母親に電話をくれたりする人でもありました。


そんなブンジにとって、有坂塁という人間は悩みの種でした。

双子の兄の影に隠れ、まったく自分を出そうとしない。

彼はそんなぼくに学級委員や学年委員長を半強制的にやらせてみたり、

彼なりのやり方でいろいろアクションを起こしてくれるのですが、

まったく響かない。そもそも変わろうという意識さえもなかったのです。


そして受験シーズンに。

ぼくはサッカーでプロを目指していたため、

強豪の公立校へ行きたかったものの、

学力がギリギリすぎたため、ブンジは校長推薦を取ってくれました。

それにも関わらずぼくは

落ちたときのリスク(プロを目指せないレベルの学校になってしまう)を考えて

その高校を受験しませんでした。最低です。


「お前!吉田先生がどれだけ苦労して、校長推薦をとってくれたかわかってんのか!!」

他の先生から、大層なお叱りを受けました。

(わかってます、わかってはいるんだけど…)

心がモヤモヤして、気持ちが落ち着きませんでした。


その放課後、覚悟を決めてブンジと向き合おうと思いました。

人気のない教室に来てもらいました。

でも緊張のあまり、まったく言葉が出ない。

5分間の沈黙。

なんとか勇気を振り絞って、文字どおり震える声で先生に

「受験のこと、すみませんでした…」と伝えると、

帰ってきた言葉は、たったひと言。


「お前が決めたなら、それでいい。」


頭が真っ白になりました。

同時に、心が解放されていることもわかりました。


さらに去り際に、もうひと言。


「お前のことを信用してるからな。」


涙が止まらなかったです。

そしてこの言葉で、ぼくは本気で生きようと心に決めました。


まだ自分自身のことを何者かわかっていない不安定な時期に、

親ではない誰かが、本気で向き合ってくれて、まっすぐに信用してくれる。

これがどれだけ、大事なことか。

もしブンジに出会ってなかったら、いまのキノ・イグルーはないどころか、

自分の人生を歩めていたのかどうかも正直わかりません…



それから10年後の春。

ぼくは新宿の映画館で『小説家を見つけたら』を観て、

ブンジのことを思い出していました。


***


ニューヨーク、ブロンクス。

16歳の黒人少年ジャマールはプロのバスケットボール選手を夢見ているが、

実は大変な文学少年だった。

そんな彼がある日、アパートに引きこもる謎の老人と知り合う。

なんとその老人は40年前にピューリッツァー賞を受賞した処女作を残し、

文壇から姿を消した幻の小説家ウィリアム・フォレスターだった。

気難しいフォレスターだったが、

次第にジャマールとの間に師弟関係にも似た友情が生まれ…


***


彼にはショーン・コネリー演じるフォレスターのような知性や品の良さはなかったけど、

こどもに向き合う気持ちはフォレスターと同レベル、またはそれ以上。


ぼくにとって本作は、あの出会いが一期一会だったことに

あらためて気づかさせてくれた貴重な作品です。

と同時に、映画の主人公ジャマールにとってもフォレスターとの出会いは

一期一会だったわけですね。

みなさんにも、忘れられない恩師はいるのでしょうか。


最後にこの場を借りて、

いまは亡きブンジに感謝の気持ちを伝えさせてください。

「本気で生きることの素晴らしさを、

人間の可能性を引き出すことの尊さを教えてくれて、

本当にありがとうございました。あなたに出会えてよかったです。」


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『小説家を見つけたら』
DVD 1,410円(税抜)
発売中
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

映画選定・執筆

有坂塁
キノ・イグルー 
有坂塁
キノ・イグルーは、2003年に有坂塁が渡辺順也とともに設立した移動映画館。
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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