ノスタルジーを喚起してくれる。
これも、映画の持つ良さのひとつかなと思います。
例えば、『ニュー・シネマ・パラダイス』の野外上映について。
広場の向こう側に建っているお屋敷の壁をスクリーンにして、
映画館に入れなかった人たちにも映画を楽しんでもらう。
この言わずと知れた名シーンを観ると、
若年層は「キノ・イグルーの野外シネマみたいですね!」と嬉しいことを言ってくれ、
年配の方は「夏休みに学校の校庭でみんなで観たな~」と揃って言われます。
わずか数分ほどのシーンですが、
幅広い年代の人のノスタルジーを喚起し、幸せスイッチをOn。
作品の持つ魅力に、それぞれの思い入れが加わることで、
この映画の持つ輝きは何倍にも増したのだろうなと思います
そして、『鉄塔武蔵野線』を観たときにも
それと同様のノスタルジーを感じました。
思い出したのは、10歳の夏にチャレンジした、あの小さな冒険。
映画『鉄塔武蔵野線』は、このような内容となっています。
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小学校6年の見晴は両親が離婚するため、
東京・保谷から長崎へ引っ越すことになっていた。
東京最後の夏休み、見晴は近所の鉄塔に掲げられた
"武蔵野線71"というプレートを発見する。
そのとなりの鉄塔には"武蔵野線70"という文字。
もうすぐ別居する父も鉄塔が好きだった。
見晴は2年下の暁とともに、鉄塔の番号を逆にたどる旅に出る。
鉄塔を見つけたら、そのすぐ下にビールの王冠を埋めていくのだ。
しかし自転車がパンクし、日も暮れてきたことから、
不安になった暁は家に帰ってしまう…
***
どうです?
いかにも男の子が好きそうな、ロマンを感じる内容ですよね。
子どもの頃って、飛行機で海を渡ることは「ムリ!」でも、
川や電線をたどっていく旅なら「できる!」というリアリティがありました。
道がつながっている安心感が支えになって。
「あの向こう側には何があるんだろう?」
という、まだ見ぬ世界への憧れ。掻き立てられる好奇心。
『鉄塔武蔵野線』は、そんな子ども時代のわくわく感を
肌感覚で呼び起こしてくれるロードムービーとなっています。
ぼくはこの映画を観て、
10歳の頃に友だちと4人でおこなった自転車の旅を思い出しました。
東京都練馬区から埼玉県飯能市までの小さな冒険。
タイヤがパンクしたり、通り雨に見舞われたり、
「もう無理!」と駄々をこねるやつが出てきたりと、
怒涛の展開の連続。映画みたいに!
でも、そもそもあの旅は、
映画『グーニーズ』に影響されて始まっているため、
そんなトラブルさえも楽しかったものと記憶しています。
一方、『鉄塔武蔵野線』の見晴の状況は、もう少しシリアスです。
小学校最後の夏休み+東京最後の夏休み。
どうしてここを離れて長崎へ行かなきゃいけないの?
どうしてお父さんとお母さんは別れて暮らすの?
どうして大好きな友だちと離れ離れにならなきゃいけないの?
そう、彼の心は寂しさでいっぱいなんです。
だから一生懸命なんです。
本作は、ぜひ大切な人と一緒にご覧ください。
そして鑑賞後、出会う前だったそれぞれの子ども時代について、
ゆっくり話し合ってみてください。
一生懸命な見晴の姿を見ていたら、
きっと、忘れていた様々な感情が呼び起こされるはずなので。
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『鉄塔武蔵野線』
DVD 4,180円+税
発売中
発売元:バップ
© 1997 「鉄塔武蔵野線」製作委員会
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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