キノ・イグルーの週末シネマ​ no.158
鉄塔武蔵野線|どこか懐かしい、あの風景郷愁を呼び起こす世界のカバー画像

鉄塔武蔵野線|どこか懐かしい、あの風景郷愁を呼び起こす世界へ

文:キノ・イグルー 有坂塁

鉄塔武蔵野線|監督:長尾直樹(1997年・日本)

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2020年06月26日作成



ノスタルジーを喚起してくれる。

これも、映画の持つ良さのひとつかなと思います。


例えば、『ニュー・シネマ・パラダイス』の野外上映について。

広場の向こう側に建っているお屋敷の壁をスクリーンにして、

映画館に入れなかった人たちにも映画を楽しんでもらう。


この言わずと知れた名シーンを観ると、

若年層は「キノ・イグルーの野外シネマみたいですね!」と嬉しいことを言ってくれ、

年配の方は「夏休みに学校の校庭でみんなで観たな~」と揃って言われます。


わずか数分ほどのシーンですが、

幅広い年代の人のノスタルジーを喚起し、幸せスイッチをOn。

作品の持つ魅力に、それぞれの思い入れが加わることで、

この映画の持つ輝きは何倍にも増したのだろうなと思います


そして、『鉄塔武蔵野線』を観たときにも

それと同様のノスタルジーを感じました。

思い出したのは、10歳の夏にチャレンジした、あの小さな冒険。

映画『鉄塔武蔵野線』は、このような内容となっています。


***


小学校6年の見晴は両親が離婚するため、

東京・保谷から長崎へ引っ越すことになっていた。

東京最後の夏休み、見晴は近所の鉄塔に掲げられた

"武蔵野線71"というプレートを発見する。

そのとなりの鉄塔には"武蔵野線70"という文字。

もうすぐ別居する父も鉄塔が好きだった。

見晴は2年下の暁とともに、鉄塔の番号を逆にたどる旅に出る。

鉄塔を見つけたら、そのすぐ下にビールの王冠を埋めていくのだ。

しかし自転車がパンクし、日も暮れてきたことから、

不安になった暁は家に帰ってしまう…


***


どうです?

いかにも男の子が好きそうな、ロマンを感じる内容ですよね。


子どもの頃って、飛行機で海を渡ることは「ムリ!」でも、

川や電線をたどっていく旅なら「できる!」というリアリティがありました。

道がつながっている安心感が支えになって。


「あの向こう側には何があるんだろう?」

という、まだ見ぬ世界への憧れ。掻き立てられる好奇心。

『鉄塔武蔵野線』は、そんな子ども時代のわくわく感を

肌感覚で呼び起こしてくれるロードムービーとなっています。


ぼくはこの映画を観て、

10歳の頃に友だちと4人でおこなった自転車の旅を思い出しました。

東京都練馬区から埼玉県飯能市までの小さな冒険。

タイヤがパンクしたり、通り雨に見舞われたり、

「もう無理!」と駄々をこねるやつが出てきたりと、

怒涛の展開の連続。映画みたいに!

でも、そもそもあの旅は、

映画『グーニーズ』に影響されて始まっているため、

そんなトラブルさえも楽しかったものと記憶しています。


一方、『鉄塔武蔵野線』の見晴の状況は、もう少しシリアスです。
小学校最後の夏休み+東京最後の夏休み。

どうしてここを離れて長崎へ行かなきゃいけないの?

どうしてお父さんとお母さんは別れて暮らすの?

どうして大好きな友だちと離れ離れにならなきゃいけないの?

そう、彼の心は寂しさでいっぱいなんです。

だから一生懸命なんです。


本作は、ぜひ大切な人と一緒にご覧ください。

そして鑑賞後、出会う前だったそれぞれの子ども時代について、

ゆっくり話し合ってみてください。


一生懸命な見晴の姿を見ていたら、

きっと、忘れていた様々な感情が呼び起こされるはずなので。


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『鉄塔武蔵野線』
DVD 4,180円+税
発売中
発売元:バップ
© 1997 「鉄塔武蔵野線」製作委員会

映画選定・執筆

有坂塁
キノ・イグルー 
有坂塁
キノ・イグルーは、2003年に有坂塁が渡辺順也とともに設立した移動映画館。
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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