10年以上も前のこと。
世田谷の奥沢駅からほど近いパン屋さんで、
定期的に映画イベントを開催していました。
今や食べログの百名店にも選ばれる大人気のお店
「アルチザン ブーランジェ クピド!」です。
オーナーの澤口さんが、
パリで出会ったクロワッサンのおいしさに衝撃を受けたことから始まった、
本格的ブーランジェリー。
特徴は、パリのお店のような対面販売。
スタッフの方がパンのおいしさを丁寧に説明してくれるだけでなく、
ハード系のパンは量り売りまでしてくれるこだわりようです(今は違うかも)
もちろん、パイやタルト、クロワッサン、バゲット、
クリームパン、焼きカレーパンなどなど、種類も豊富!
そんな素敵なブーランジェリーで行なっていた映画会。
上映作品は、毎回フランス映画と決めていました。
ジャック・タチのコメディ『のんき大将 脱線の巻』(1949) や、
煌びやかなパリが舞台の『モンテーニュ通りのカフェ』 (2006) なども上映しましたが、
とっておきだったのが、エリック・ロメール監督作『モンソーのパン屋の女の子』(1963)。
パン屋の映画を、パリを感じるパン屋で、焼きたてパンを食べながら鑑賞する。
この最高の組み合わせは、
五感を使って楽しむ意味で"4D上映"と言っていいのかも知れません。
(パンに合う赤ワインも付いてきます!)
そんな思い入れの深かったイベントで、
ぜひ紹介したかった作品が『モロッコ、彼女たちの朝』です。
小さなパン屋が舞台というだけでなく、
元々モロッコはフランスが統治していた国。
都市部では今でもフランス語が通じ、フランス文化も色濃く残る…
そんな話も交えながら上映できたら、
さぞかし楽しかっただろうなぁと思うわけです。
そして本作、ストーリーがまた素敵なんです。
***
臨月のお腹を抱えてカサブランカの路地をさまようサミア。
イスラーム社会では未婚の母はタブー。美容師の仕事も住まいも失った。
ある晩、路上で眠るサミアを家に招き入れたのは、
小さなパン屋を営むアブラだった。
アブラは夫の死後、幼い娘のワルダとの生活を守るために、
心を閉ざして働き続けてきた。
パン作りが得意でおしゃれ好きなサミアの登場は、
孤独だった親子の生活に光をもたらす。
商売は波に乗り、町中が祭りの興奮に包まれたある日、サミアに陣痛が始まった。
生まれ来る子の幸せを願い、養子に出すと覚悟していた彼女だが…
***
いまだ、家父長制の根強いモロッコ社会で、
夫を亡くしパン屋を営むアブラと、
仕事を求めて扉を叩く妊婦のサミアという女性2人が
直面する困難と連帯を描いた作品となっています。
いわゆるシスターフッドなヒューマンドラマ。
でも声高に叫ぶのではなく、あくまで控えめに。
ふたりの女性が少しずつ心を開き、
互いに何かを与えるようになっていくその過程を、
じっくりと時間をかけて描いていきます。
もちろんドラマチックな音楽で盛り上げることはせず、
静かなトーンで、淡々と。
そこに、フェルメールやカラヴァッジョといった
西洋画家に影響を受けたという質感豊かな色彩や光が加わります。
それは文字どおり絵画のように美しく、
映画全般から品の良さが浮かび上がるような作りとなっているのです。
その物語の中心にあるのが、佇まいの可愛い小さなパン屋。
モロッコは、1日3食ならぬ、1日5食もパンを食べるパン文化の国だそう。
午前と午後の2回、おやつの時間があり、そこで食べるパンと言われる、
モロッコ伝統のパンケーキ"ルジザ"と、
モロッコ版クレープ"ムスンメン"も劇中に登場します。
特に、麺のようにも見える紐状のパンケーキ"ルジザ"は、
その作り方を丁寧にレクチャーするシーンも収められているので、
パン好きのみなさん、どうぞお楽しみに。
他にも、ビスコッティに似た"フッカス"や、
三日月の形の"ガゼルホーン"といった焼き菓子も登場するので、
お腹が空くこと間違いなし!
事前においしいパンをいくつも用意しておくことをおすすめします。
孤独な女性たちは、パン作りを通し、心を通わせていく。
この物語が、ぜひ多くの方々に届きますように。
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『モロッコ、彼女たちの朝』
DVD ¥4,180
販売:アルバトロス
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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