担当編集のKさんが、いかに映画好きかがわかる今回のお題。
そこには、こんな一文が添えられていました。
「主人公が不在?と思えるほど、
物語のキーパーソンがいないまま進む名作映画があります。
人の不在を丁寧に描くからこそ、
その人の存在感があぶりだされてくる映画をお願いします」
映画には、観客の想像力を掻き立てるためのテクニックがあり、
その代表的とも言えるひとつが、「観せない」という手法になります。
コメディの天才と言われたエルンスト・ルビッチの作品では
大事なことほど"扉の向こう側"で起こり、
スピルバーグの『ジョーズ』では
肝心要のサメがなかなか登場しなくて観客をヤキモキさせます。
ルビッチは洗練を極め、スピルバーグは恐怖を煽る。
見えないからこそ見たくなるし、見えないからこそより怖い。
想像力を利用すると、映画の世界は主観的になり、
没入感もより一層増すようになるわけです。
(TVドラマはチャンネルを変えられるリスクがあるため、わかりやすさ重視)
近年、この手法を極めた日本映画があります。
朝井リョウ原作、吉田大八監督作『桐島、部活やめるってよ』。
日本アカデミー賞の作品賞、監督賞、編集賞、脚本賞の4部門を受賞した、
テン年代を代表する傑作のひとつです。
まずはストーリーからご確認ください。
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ありふれた時間が校舎に流れる「金曜日」の放課後。
1つだけ昨日までと違ったのは、
学校内の誰もが認める"スター"桐島の退部のニュースが校内を駆け巡ったこと。
彼女さえも連絡がとれずその理由を知らされぬまま、
退部に大きな影響を受けるバレーボール部の部員たちはもちろんのこと、
桐島と同様に学校内ヒエラルキーの"上"に属する生徒たち、
そして直接的には桐島と関係のない"下"に属する生徒まで、
あらゆる部活、クラスの人間関係が静かに変化していく。
校内の人間関係に緊張感が張りつめる中、
桐島に一番遠い存在だった"下"に属する映画部前田が動きだし、
物語は思わぬ方向へ展開していく…
***
この映画の中で"不在"なのは、タイトルにもなっている「桐島」です。
彼の顔も声も、下の名前も分からないままに物語は進み、
一回たりとも姿を現すことはありません(正確には一瞬だけ現れます)
作品の中心自体を"不在"にしてしまう大胆すぎる構成。
ということで、この物語は「桐島」の周辺の人々を描いた
群像劇というスタイルになるのです。
それぞれの視点から、学校の事件を見つめて、
思春期の少年少女が持つ心の闇をあぶり出す。
翻弄される生徒たち。"不在"がゆえの存在感。
気がつくと、観客であるぼくたちも「桐島」を中心とした物語に巻き込まれ、
驚きと感動の103分を過ごすこととなるのです。
そして演じる役者陣は、まるで若手俳優のショーケース!
神木隆之介、橋本愛、東出昌大、山本美月、浅香航大、前野朋哉、
落合モトキ、仲野太賀と、今となってはブレイクした人ばかり。
中でも、映画部のイケてない部長役を演じた神木くんは、
その天才っぷりを遺憾なく発揮しているので、お楽しみに。
桐島が姿を消したことで、桐島のいた日常のバランスが崩れる…
そんな5日間にわたる青春群像劇。
ラストが異なる、朝井リョウの原作も合わせて読んでみてくださいね。
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『桐島、部活やめるってよ』
Blu-ray 4,800円+税
DVD 3,500円+税
発売中
発売元:バップ
©2012「桐島」映画部 ©朝井リョウ/集英社
※画像はBlu-ray版です
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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