『ユリシーズの瞳』(1995)という映画があります。
説明的なセリフは一切なし。
映像はロングショットの連続+鬼のような長回し、
という個性的なスタイルを持った2時間49分の壮大なる叙事詩。
監督は、ギリシャの巨匠テオ・アンゲロプロスです。
この作品をぼくは20歳のときに日比谷シャンテシネで観たのですが、
当時はまだ、トム・ハンクスやメグ・ライアンなどの
エンターテインメント作品しか観ていなかったため、
物語の意味からメッセージ性まで何ひとつ理解ができませんでした。
でも。
心で何かを感じたのです。
思考停止状態なのに、心はざわついてる。
その答えが知りたくなり、続けてもう一回観てみることに
(当時の映画館は、入替制ではなかった)
そこでわかった、光の美しさ。
物語以上に、寒々しい風景をつつみこむ"光"そのものに
心を奪われていたことに気づきました。
その光を、いつまでも観ていたかった。
そこで「撮影監督」という職業について調べていくと、
"キャメラの魔術師"の異名を持つ
ネストール・アルメンドロスという人にたどり着きました。
彼はスペイン人ながら、1960年代フランスで名を挙げたキャメラマン。
トリュフォーやロメールなど眩いばかりのフィルモグラフィーの中、
誰もが「マスターピース」と絶賛した作品こそが、
アメリカで制作した『天国の日々』だったのです。
こんな内容。
***
1910年代、青年ビリーと妹リンダ、
そしてビリーの恋人アビーはテキサスの農場に流れ着き、そこで働き始める。
やがてビリーの妹と偽っていたアビーに惹かれる農場主のチャックが
病気で余命幾ばくもないことが発覚。
ビリーはアビーをチャックと結婚させ、そのお陰で厚遇を受けることに。
しかしチャックは妻とビリーの関係を疑い…
***
本作は、驚異的としか言いようのない美しい映像で伝説化しました。
最大のポイントは、三谷幸喜作品でお馴染みのワードとなった
"マジックアワー"。
みなさん、この言葉の意味ってご存知でしょうか?
これは、太陽が地平線に沈んだあと20分ほど光が残る時間帯を指す撮影用語。
光がどこからどういうふうに当たっているかわからなくなるため、
昼なのか夜なのかわからない独特の光になる。
このときに撮れば、何もかもが最も美しい状態で
映像に収められると言われています。
驚くことに『天国の日々』のほとんどのシーンは、
このマジックアワーを使って撮影されているのです。
すごくないですか?
だって一日の大半を準備に費やして、
残りの20分だけで撮影するんですよ。
それを何日も。
非効率きわまりないし、普通に考えたら狂気の沙汰です。
でもその結果、本作は神話的な存在となりました。
映像はソフトで暖かく、黄金色に輝いてみえる。
まるでミレーが描いた風景画のような、
うっとりする美しい映像がフィルムに焼きつけられているのです。
さらにそこに寄り添う音楽が、
『ニュー・シネマ・パラダイス』のエンニオ・モリコーネなのだから文句なし。
テレンス・マリックとネストール・アルメンドロス、
その他のスタッフのみなさん、本当にありがとうございます。
彼らが一途に追い求めた最高の"光"を、
ぜひ、あなたも堪能してみてくださいね。
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『天国の日々』
DVD 1,429円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
※2019年12月の情報です。
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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