雨と映画といえば、真っ先に黒澤明監督を思い出します。
彼は、誰も動かない場面でも背後に雨を降らせて、絵に動きを出したりと、
雨を効果的に使って、観客の心を揺さぶります。
そんな中でも、代表作『七人の侍』のクライマックス、
侍と野武士による雨の合戦シーンは、
いまや伝説として語り継がれています。
なんと監督は
「村全体に豪雨を降らせろ!水の中には"墨"を混ぜろ!」
という驚きの指示をスタッフに出します。
雨は透明なためフィルムで認識しづらい。
そこで雨の色を濃くして決闘に迫力を出したい!
という監督のこだわり、いや、執念です。
ぬかるみだらけでの撮影は、
出演者5人が骨折するなどケガ人続出だったそうですが、
結果、映画史に残る屈指の名シーンとなったのです。
そして今回ご紹介する『言の葉の庭』。
こちらもベクトルこそ違いますが、黒澤監督に負けず劣らず、
雨にこだわり抜いた逸品となっているのです。
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靴職人を目指す高校生タカオは、雨が降ると学校をさぼり、
公園の日本庭園で靴のスケッチを描いていた。
そんなある日、タカオは謎めいた年上の女性ユキノと出会い、
2人は雨の日だけの逢瀬を重ねて心を通わせていく。
居場所を見失ってしまったというユキノのために、
タカオはもっと歩きたくなるような靴を作ろうとするが…
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ふたりの淡いラブストーリーを表現する上で、
雨は必要不可欠と新海誠監督は語っています。
雨そのものを「3人目のキャラクター」とまで言うほどに。
そしてアニメーション史上、前例のない雨のシーンが生まれたのです。
通常、アニメにおいて雨の描写は、ほとんどが同じ雨粒をリピートします。
なぜなら書き分けようとすると、手間がかかりすぎるから。
しかし本作の場合、雨粒の大きさが不揃いなだけでなく、
水たまりの雨の波紋の大きさまで書き分けている。
しかも雨の降らせ方も、土砂降り、小雨、天気雨、横殴りの雨という、
驚きのこだわりよう。
これはもう、黒澤監督に匹敵する、新海監督の執念です。
でも、そこを妥協しなかったおかげで『言の葉の庭』は、
アニメでしか表現し得ない極上のラブストーリーに仕上がったわけです。
ありがとう、新海監督。スタッフのみなさん。
本作を鑑賞したあとは、聖地巡礼もしてみてください。
あの印象的な公園は、新宿御苑です。
雨の日に訪れると、どれだけリアルにこだわったかが、
肌感覚でわかると思うので、梅雨の時期にぜひ。
BGMは、もちろん秦基博の「Rain」で。
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「劇場アニメーション『言の葉の庭』 DVD」
DVD 発売中
3,520 円(税抜価格 3,200 円)
発売元:コミックス・ウェーブ・フィルム
販売元:東宝
©Makoto Shinkai / CoMix Wave Fil
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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