僕が日本人で最も敬愛する監督、小津安二郎。
みなさんは、ご覧になったことあるでしょうか?
黒澤明、溝口健二とともに国際的な評価が高く、
アキ・カウリスマキやヴィム・ヴェンダース、
ジム・ジャームッシュといった名だたる映画人からリスペクトを受ける世界的な大監督です。
なんて書くと、敷居が高くなっちゃいますね。
確かにアカデミックな文脈で語られがちですし、
それも彼の魅力であることは間違いありません。
一方、それだけにはとどまらず、作品はもっと奥深く、多面的で、
何といっても、監督ご本人がとても魅力に溢れた方なのです。
グルメで、おしゃれで、趣味人。
まるで、"粋"を極めたかのような人物です。
おまけに大の酒豪と来たものだから、もはや文句のつけようがありません。
彼自身が愛したお酒は、長野県の諏訪で作られている日本酒・ダイヤ菊。
脚本執筆のために長期滞在した旅館では、
脚本家の野田高梧とともに、毎日晩酌をしていたのだとか。
酔い心地を楽しむために、熱燗で。
そんな映画界きっての酒豪は、
劇中でも酒の場面を幾度となく描いてきましたが、
中でもとっておきの1本と言えるのが、遺作でもある『秋刀魚の味』です。
これはぜひ、ひとり酒のお供として観ていただきたい
必見の酒映画となっています。
まずは内容からご確認ください。
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サラリーマンの平山周平は妻に先立たれ、
長女・路子に家事の一切を任せて暮らしている。
友人に路子の縁談を持ちかけられても、結婚はまだ早いと聞き流してしまう。
そんなある日、中学の同窓会に出席した平山は、
酔い潰れた元恩師・佐久間を自宅に送り届ける。
そこで彼らを迎えたのは、
父の世話に追われて婚期を逃した佐久間の娘・伴子だった。
それ以来、平山は路子の結婚を真剣に考えるようになり…
***
父と娘。結婚というテーマ性。
これぞ王道の小津映画という内容ですが、
これをマンネリと呼んではなりません。
「私は豆腐屋のような映画監督なのだから、
トンカツを作れといわれても無理で、せいぜいガンモドキぐらいだよ」
かつて小津は、こんな名言を残しています。
謙遜のように響く言葉ですが、その中に滲み出る強烈な自負心。
豆腐屋は旨い豆腐にこだわるという信条で、
永遠の映画を作り続けた世界の小津。
その小さな違いを楽しむことこそ、
"粋"というものなのではないでしょうか。
遺作『秋刀魚の味』では、心置きなく大好きなお酒を登場させました。
ハモには熱燗を。とんかつにはビールを。
赤いネオンのトリスバーではショットグラスのウイスキーを。
サラリーマンでありながら平気で昼間からビールを呑むし、
休日には縁側で碁を打ちながらウイスキーを呑む。
宴会のシーンでは本物のお酒が用意されたらしく、
旧友を演じた中村伸郎は、
カメラの前で本当にビールや日本酒を呑んでいたと後に語っています。
「酒代は、出演料から引いておくからね」と
呑んべえの役者たちをからかった、という微笑ましいエピソードも。
知れば知るほど、観れば観るほど、愛おしさが増す巨匠の遺作。
フランス公開時のタイトルは、
『LE GOUT DU SAKE(酒の味)』だったそう。
この週末は、『秋刀魚の味』で決まり。
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『<ニューデジタルリマスター>秋刀魚の味』
Blu-ray 5,170円(税込)
好評発売中
発売・販売元:松竹
©1962/2013松竹株式会社
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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