苦手意識のあったワインに開眼したのは、
2002年1月12日のことでした。
その日は、楽しみにしていた
オタール・イオセリアーニ監督作『素敵な歌と舟は行く』(1999) の公開初日で、
僕はこの映画を通してワインの魅力に目覚めたのです。
パリを舞台にした群像劇。
華麗なカメラワークによって描かれる
"人生メリーゴーランド"的なハッピー感あふれるこの映画の中で、
大のワイン好きとして立派な御屋敷に住む父親が登場します。
彼は部屋にこもっては、
愛犬のラブラドールと一緒にお気に入りの鉄道模型を眺めているような自由人。
そのピースフルな空間で、
知り合ったばかりのおじさんとワイン片手に飲んで、歌うシーンが、とにかく最高で。
仲間とお酒と歌があれば、もうなんにもいらない!
そんな多幸感あふれるシーンに、いてもたってもいられなくなった僕は、
レイトショー終了後、表参道「AUX BACCHANALES」まで移動し、
夜な夜なワインを楽しんだのです。
この映画のおかげで、ワインが好きになった。
そんな僕にとって"恩師"と呼んでもいいワイン好きの父親を演じた人物こそが、
監督でもあるオタール・イオセリアーニです。
彼の映画では、毎回お決まりのようにワインを楽しむシーンが登場します。
初期作『落葉』(1966)のときは、ワイン工場で働く若者を通して、
ジョージアの伝統産業でもあるワイン作りをじっくりと描いたほど、
ワインへの思いは強いようです。
今回は、そんな彼の現時点での最新作『皆さま、ごきげんよう』(2015) を
紹介したいと思います。
まずは内容からご確認ください。
***
現代のパリ。
アパートの管理人にして武器商人の男。骸骨集めが大好きな人類学者。
ふたりは切っても切れない縁で結ばれた悪友同士。
そんな彼らを取り巻くちょっとユニークな住人たち──
覗きが趣味の警察署長、ローラースケート強盗団、黙々と家を建てる男、
没落貴族、気ままに暮らすホームレス、
そして、お構いなしに街を闊歩する野良犬たち。
そんな中、大掛かりな取り締まりがはじまり、
ホームレスたちが追いやられてしまうことに。緊急事態発生!
街の住人たちは立ち上がるが…
***
時代や場所が違っても、人と人は繋がり、
日々の営みは変わることなく繰り返される。
この物語は、フランス革命期、どこかの戦場、現代のパリという
三つの時代をシームレスに繋ぐ構成となっています。
争いや略奪、犯罪は決してなくなることはないけど、
溢れるほどの愛や友情、希望がある。
寒い冬の後には、必ず、花咲く春がやって来ます。
81歳のイオセリアーニ監督は、
そんな混沌とする社会の不条理を、
反骨精神たっぷりのセンスの良いユーモアで、
ノンシャランと笑い飛ばしてくれます。
そしてこの内容は、
いまだ混迷が続く2022年の今の方が響くものがあるかもしれません。
さて。
ワインについてです。
本作のキーヴィジュアルには、ワインを飲むシーンが使われています。
これ、仲の良さそうなおじいちゃん同士が、
おいしいワインを飲んでいるように見えますが、じつは……
そう来ましたか!と、みんなが騙されるワンシーン。
これまでのイオセリアーニ作品を逆手に取ろうとしたのかな。
ぜひともご鑑賞の際は、
劇中の2人と同じようなボトルの白ワインをお忘れなく。
「冬が来た。空は曇り、花はしおれる。
それでも歌を歌ったっていいじゃないか」
本作の原題『冬の歌』は、
イオセリアーニの故郷ジョージアに伝わる民謡のこと。
過酷な冬の時代も、陽気に歌って生きていきましょう、
僕たちも。
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『皆さま、ごきげんよう』
DVD 5,280円
発売元:ビターズ・エンド、ミッドシップ
販売元:紀伊國屋書店
© Pastorale Productions- Studio 99
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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