ひと昔前までラブストーリーといえば、
見ず知らずの男女がふとした瞬間に出会い、
すれ違いを経たのちハッピーエンド、と相場が決まっていました。
いわゆる王道のラブストーリーです。
大スター2人を主役に据え、
"心の機微"をロマンチックな音楽とともに描く。
昔でいえば、「君の瞳に乾杯」のセリフで有名な『カサブランカ』(1942)や、
オードリー・ヘップバーン不朽の名作『ローマの休日』(1953)。
ぼくの世代なら、『ゴースト』(1990)、『プリティ・ウーマン』(1990)、
『めぐり逢えたら』(1993)、『ノッティングヒルの恋人』(1999)など、
数年に1本のペースで上質なラブストーリーが公開されていた気がします。
しかし2000年を超えたあたりから、そういった王道のものが減り、
変化球なラブストーリーが増えてきました。
例えば。
『ラブ・アクチュアリー』(2003)は19人のアンサンブルキャストによる群像劇、
『アバウト・タイム~愛おしい時間について~』(2013)はタイムトラベルもの、
『ラ・ラ・ランド』(2016)はミュージカル、
『シェイプ・オブ・ウォーター』(2016)はモンスター要素のあるファンタジーなどなど、
"ラブストーリー+◯◯"のようなひとクセある作品が目に付くようになってきました。
その中にあって、2003年に公開された『キャロル』は、
比較的オーソドックスなラブストーリーとなっています。
ある要素を除いては。
内容はこんな感じになっています。
***
1952年、ニューヨーク。
高級百貨店でアルバイトをするテレーズは、
クリスマスで賑わう売り場で、そのひとを見た。
鮮やかな金髪、艶めいた赤い唇、真っ白な肌、ゆったりした毛皮のコート。
そのひともすぐにテレーズを見た。
彼女の名はキャロル。
このうえなく美しいそのひとにテレーズは憧れた。
しかし、美しさに隠されたキャロルの本当の姿とは…。
不幸な結婚、偽りの人生、何より大切な娘を夫に奪われようとしていた。
それを知ったとき、
テレーズの憧れは思いもよらなかった感情へと変わってゆく…
***
そう、本作は、女性同士のラブストーリーとなっています。
ルーニー・マーラ演じるテレーズと、ケイト・ブランシェット演じるキャロル。
偶然出会ったふたりは、それがまるで必然であったかのような恋に落ちます。
しかし、時は1950年代。
同性愛はタブー視され、ましてや女性同士の恋愛はまったく認められてなく、
精神病のような扱いを受けていた時代です。
でも男女間であろうが女性同士であろうが、
人に惹かれるのは理屈ではありません。
本作は、そんな時代の裏側にひっそりと咲いていた
ロマンティックな物語を可視化してくれているのです。
ふたりは、無言で見つめ合い、愛を語る。
そこにはミュージカル的な演出や、タイムトラベルは起こらず、
繊細な恋の駆け引きを楽しむのみ。
その往年のクラシック映画を思わせるような堂々とした佇まいが、
一周回って、とても新鮮なのです。
そして内容がシンプルな分、
"役者の魅力"と"世界観"がキーポイントとなるのですが、
ルーニー・マーラとケイト・ブランシェットは、
長いキャリアの中でもベストアクトと言っていいほど素晴らしいし、
1950年代を再現したような美しい画面設計と
エレガントなニューヨーク・ファッションなど、
視覚的にも満足できる仕上がりになっているのだから、
もう何も言うことはありません。
心の機微を描くラブストーリーを、
LGBT映画としてメジャーのフィールドで製作する。
その意味で、『ブロークバック・マウンテン』(2005) とともに、
新時代を象徴する一作と言ってもいいのかもしれません。
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『キャロル』
DVD 3,800円+税
発売・販売元:KADOKAWA
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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