90年代後半に通っていたカフェ「drole」。
渋谷の外れ、ファイヤー通りの少し先。
にもかかわらず、森の中にあるような佇まいで、
光あふれるログハウスといった感じの素敵なお店でした。
当時、僕はレンタルビデオ店のバイト前にここへ通い、
一生懸命に難解なゴダール本を読んだり、
スタジオボイスやrelaxといった雑誌からリアルタイムの"感覚"を吸収したり、
90年代カルチャーを存分に謳歌していました。
と同時に、あったら楽しい"妄想イベント"を
ノートに書き留めるというプロジェクトも行なってて…
キノ・イグルーを始めるよりも遥かに前なので、
もちろん、ただの趣味としてですが。
見返したページには、こんな言葉がありました。
① 1本の映画を観たあと、みんなでその作品を褒めまくる。
② コース料理×映画上映。シーンに合わせた料理を食べながら。
③ 生DJ×映画上映。あえて生演奏ではなく。
んー、これは普通に恥ずかしい(笑)
そしていま気が付きましたが、
②のイベントは、10年後に実現してました!笑
きっと当時も、ノートに書いたことは覚えていなかったと思うので、
無意識化から引き出されたのでしょう。
そのアイデアは、「あの時あの場所」のおかげで思いつけた。
あらためて、渋谷droleのみなさんありがとうございました!
今回は、そんな誰しも経験のある「あの時あの場所」についての映画として、
『わたしは光をにぎっている』を選んでみました。
意識高すぎ!高杉くんのCMでおなじみ、
松本穂香が主演を務めた2019年の日本映画。上映時間は96分。
まずはストーリーの方からご確認ください。
***
亡き両親に代わって育ててくれた祖母・久仁子の入院を機に
東京へ出てくることになった澪。
都会の空気に馴染めないでいたが
「目の前のできることから、ひとつずつ」という久仁子の言葉をきっかけに、
居候先の銭湯を手伝うようになる。
昔ながらの商店街の人たちとの交流も生まれ、
都会の暮らしの中に喜びを見出し始めたある日、
その場所が区画整理によりもうすぐなくなることを聞かされる。
その事実に戸惑いながらも澪は、「しゃんと終わらせる」決意をするー。
***
この紹介文でお分かりかと思いますが、
本作は「あの時あの場所に、私たちはいた」という
"時間"そのものを真空パックしたような作品となっています。
大切な場所。大切な時間。大切な人。
いつか失われてしまうと分かっているからこそ、
心に刻んで、生きていこうとする。
そんな失われていくものに対する慈しみを、
中川龍太郎監督はゆったりとした時間の流れと美しい映像をもって、
丁寧に描写していきます。
ひと言で言うなら、繊細な映像詩。
じつは中川監督、元々は、詩人として頭角を表した方なんです。
17歳にして詩集を出版し、
やなせたかし主催の『詩とファンタジー』誌の年間優秀賞に最年少で輝きながらも、
大学から独学で映画制作をスタート。
異例のキャリアと称されたりもしていますが、
ペンをカメラに置き換えただけで、その表現は一貫しています。
まるで一編の詩を編むように行間ある映画を作ることのできる、
日本人としては稀有な才能を持った監督なのです。
劇中、松本穂香演じる澪は、こう言います。
「どう終わるかって、たぶん大事だから」
たぶん。
大事と言い切るのではなく、"たぶん"大事。
この一言に、いったいどんな意味が込められているのか。
中川監督の表現したかった本質は、
再開発で大きく変わる街"立石"の映像とともに、
あなた自身の心でご確認ください。
醒めない夢を漂うように。
************************************************
『わたしは光をにぎっている』
DVD 4,180円(税込)
発売・販売元:ギャガ
©Marianna Films
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
Instagram Web Site