「いつもの景色、いつもの食事、いつもの道、
いつもの夜、そしてまたいつもの朝が来る。
そんな当たり前の日々がかけがえのないものだと教えてくれる映画をご紹介ください。」
担当編集Wさんの言葉が、しみじみ胸に染みた今回のお題。
どうしたって日々の痛ましいニュースを目にすると、
心は激しく掻き乱されてしまいますが、
同時に、そんな自らを客観視し、平静を保とうとする自分もいます。
日常という名の、非日常。
非日常という名の、日常。
どっちなんでしょう。
ぐわんぐわんと心揺れる日々だからこそ、
深呼吸をするように"自分の中心"に戻るための時間が必要ですよね。
映画で言えば、今泉力哉監督の作品がオススメです。
彼の映画は、日常のあるあるネタが散りばめられ、
クスッと笑えたり、じーんとしたりと、
心がチューニングされていく感覚があります。
本連載でも、
"ひょんなことから生まれた、めぐりあいに感謝!"というお題に合わせ、
『アイネクライネナハトムジーク』(2019) を紹介しているので、
ご存知の方もいらっしゃるかと思います。
今回は、2020年の作品『mellow』。
いまをときめく田中圭を主演に迎えた恋愛群像劇です。
まずはストーリーからご確認ください。
***
おしゃれな花屋「mellow」を営む夏目誠一。
独身、彼女無し。好きな花の仕事をして、穏やかに暮らしている。
姪っ子のさほは、転校後、小学校に行けない日がたまにある。
そんな時、姉は夏目のところにさほを預けにやってくる。
さほを連れていくこともある近所のラーメン屋。
代替わりして若い女主・木帆が営んでいる。
亡くなった木帆の父の仏壇に花を届けるのも夏目の仕事だ。
常連客には近くの美容室の娘、中学生の宏美もいる。
彼女はひそかに夏目にあこがれている。
店には様々な客がいて、丁寧に花の仕事を続ける夏目だが、
ある日、常連客の人妻、麻里子に恋心を打ち明けられる。
しかも、その場には彼女の夫も同席していた…。
様々な人の恋模様に巻き込まれていく夏目だが、彼自身の想いは…
***
今泉作品は"日常"を丁寧に描きます。
しかも映画の中の世界というよりも、
現実と地続きな"今"の空気感がきちんと閉じ込められている。
(本作で言えば、おしゃれな花屋と昭和なラーメン屋の繋がりとか)
つまり、僕たちの知っている日常なんですね。
その何でもない日常的瞬間を、
彼はドラマチックな映画体験へと飛躍させることに長けています。
とはいえ、『ノッティングヒルの恋人』みたいな夢のような出来事でなく、
それはだいたい、小さな奇跡とも呼べない些細な出来事です。
にも関わらず、映画として"面白くなる"のだから、ほんと不思議。
今泉マジックなんて呼びたくなる、特別な個性だと思います。
登場人物も、僕たちの隣にいるような普通の人々。
揃いも揃って、みんな不器用で、かわいくて、愛おしくなるような存在です。
そしてここに、彼なりの人間讃歌を感じます。
選ばれた人だけではなく、そもそも"人間みな面白いんだよ!"という。
彼は、その面白さを見つけ出す天才。
そのエッセンスを、見事、エンタメ作品へと昇華してしまうのです。
『mellow』も、笑えて、心温まる作品となっています。
誰かのために花を選びたくなるし、ラーメンが食べたくなる。
観賞後は、ささやかさだけど大切なものに、
思いを馳せることになるでしょう。
週末にぴったり。
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『mellow』
DVD 2枚組 5,390円
発売元:関西テレビ放送
販売元:TCエンタテインメント
©2020「mellow」製作委員会
映画選定・執筆
キノ・イグルー
有坂塁
東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。
さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、
目覚めた瞬間に思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」など、
大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
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