東北スタンダードマーケット ディレクター
岩井巽
「伝統工芸品だけではなく、新たに生まれた東北のモノもいつか伝統になるように」という想いを原動力に、商品開発・デザイン・取材執筆・WEB制作など、百姓のように幅広く東北のものづくりに携わっています。ひっそりした喫茶店や古道具店が好きです。
霜月、朝起きると寒い。夜にエアコンをつけて寝ると、喉が乾く。寝起き真っ先に水を飲むことが習慣になっている自分であっても、この季節に冷たい水を飲むのは気が進まない。しかし、「南部鉄瓶 紅蓮堂」の鉄瓶を手に入れてからは、起きたらとりあえずお湯を沸かすことが新たな習慣になった。
この鉄瓶には1リットルほどの水が入るのだが、それが沸くまではだいたい5分かかる。その5分で歯磨きをして、キッチンに戻り、一杯の白湯をコップに取り分けてから、余ったお湯をその日の気分にあわせて珈琲かお茶につかう。
「鉄瓶は一生もの」などとよく言われるし、買い手にすれば「いつかは欲しいが、どれを買えばいいか一生悩む」ものでもあるだろう。僕自身、一時期は2つの鉄瓶を所有していたが、今は紅蓮堂のものだけが手元に残った。鉄瓶は値段もピンキリだし、フォルムも様々だけど、個人的にはどれを買ってもいいと思う。ただ、毎朝一番に触れるものであるから、毎日触りたくなるほど愛着がわく鉄瓶が良いだろう。
紅蓮堂の鉄瓶の良いところを強いてあげるならば、悪いところがないところだ。日本民藝館展で受賞を重ねている鉄瓶であり、日常の道具としてノーマルな鉄瓶。重すぎることなく、取っ手が熱くなりすぎず、薄いので沸ききるまで待たされすぎず、ガスだけでなくIHにも使える。水のカルキを取り除いて美味しくなり、鉄分も摂れる。どれかひとつの機能に特化した鉄瓶(たとえば、珈琲ドリップに特化したものとか)も市場にはあるが、このノーマルな注ぎ口の鉄瓶でも気を使いすぎなければ珈琲くらい淹れられる。
とはいえ、この時代に便利な電気ケトルではなく、あえて鉄瓶をおすすめするのは工芸バイヤーとしても勇気が要ることだ。だから、全員に「鉄瓶買ってください」とは言えない。ただ、僕の生活では電気ケトルもヤカンも出番がなくなって、この鉄瓶に毎日触れている。そんな無責任な商品紹介をするのには、この連載はちょうどいいのかもしれない。