この言葉を聞くだけでほっこりとあたたかい気持ちになり、思わず頬が緩んでしまうのは、きっと私だけではないでしょう。ほかほかと湯気の立つあたたかい「ごはん」を思い浮かべる時、人はその美味しさだけでなく、どこか”心も満たされる”ような心地よい感覚を覚えます。それはきっと「ごはん」が、幼いころの“優しくあたたかい食卓”の記憶を、自然と呼び起こす存在だからではないでしょうか。
ふわりと揺らぐあたたかな湯気。鼻をくすぐる豊かな香り。飾り気はないけれど、ほっとするような美味しさ。
家族で囲む毎日の食卓に感じていた、何気ない日々の幸せな記憶…。
こうしたお腹も心も満たす家庭料理が、少しでも増えてほしい。そんな願いから運営されているのが、和食専門のレシピサイト「白ごはん.com」です。
「体にしみ込むような料理を作りたいし、忙しいいまの家庭環境でも、少しでもそんな料理が増えてほしいと思っている」
素朴だけど記憶に残る、体にしみこむような料理を伝えていきたい。
男性の料理研究家で、こうした家庭目線の素朴な料理を伝えていきたいと考える方は、少ないような気がします。冨田さんはなぜこうした思いを持つようになったのでしょうか、そしてどのようにして「白ごはん.com」は始まったのでしょうか。
愛知県にある作業場で、冨田さんが料理研究家になるまでのお話と料理を通して伝えたい思い、そして「これから」のことについて伺ってきました。
原動力は探究心。「学びたい」という気持に突き動かされていた若かりしころ
お話を伺った料理研究科の冨田ただすけさん。優しくあたたかなお人柄は、まるで冨田さんが作られるお料理そのまま。お話していると、こちらまでほっこりとした気持ちになれる方でした
「その当時は自分で調味料を組み合わせてソースを作ったりして、いろんな味を試すのが楽しかったんですよね。それに、実家で作ってくれるごはんが「和食」ばっかりだったんですよ。煮魚とか野菜の煮物とか、今思えば美味しかったって思うんですけど、当時は子供だから「地味だな」って思っていて(笑)。でも自分たちで料理を作る場合には食材も自由に決めていいよって言われていたから、兄と2人で「やっぱステーキ食べたいよな」なんて言って、肉を買ってきて焼いたりしていました」
小さな頃から自然と料理に慣れ親しんでいた冨田さん。ごはんを作るのも食べるのも好きということで、大学卒業後は「好きな食べ物関係の道に進もう」と決意。デパ地下などのお惣菜を製造している大手食品メーカーへと就職し、自ら工場勤務を志願します。
作業場に置かれたアンティークのガラス棚。中には、大小さまざま、色とりどりの器が収められています
こうして、専門学校で料理の基本をあらためて学ぶことに。しかし卒業後、すぐに食品メーカーへと戻るのではなく「料理の基本は分かったけど、せっかくなら自分が一番好きな和食をもっと極めたい」と考え、茶懐石や昔ながらの日本食を作っている日本料理店での修行を始めます。そこで3年学び、日本料理への造詣をさらに深めた冨田さん。料理の基礎知識と和食の技術を吸収した上で、「もう一度、加工食品を作る仕事をしてみよう」と考え、あらためて食品メーカーへと務めることにしました。
「子供にも食べさせたい」と思ってもらえるものを作りたくて
そしてそれと同時に、最初に食品メーカーで勤務していた時には感じていなかった、食品づくりでの新たな視点を持ち始めます。
学生の頃から器好きだったという冨田さん。料理研究家になる前から、食器やカトラリーは趣味でたくさん集めていらっしゃったそう
”料理人”として成長していくだけでなく、同時に家族を持ったことで”家庭人”としての意識も芽生えた冨田さん。美味しいということは基本にありながらも、料理を作る人や食べる人の気持ちに寄り添うごはん作りを自然と考えるようになりました。
そして、”家庭”でのごはんの在り方について意識が向くようになったことで、ふと「自分が料理屋さんで学んだことを多くの人に知ってもらえたら、みんなの役に立つんじゃないか」と思いつきます。
和食の「基本」を知ることで、お家ごはんはもっと美味しくなる
「白ごはん.com」のホームページ。基本からおもてなし料理まで、幅広いレシピが丁寧に紹介されています。サイト名に「白ごはん」とつけたのは、ごはんこそ“和食の中心”だと考えたからなんだとか
食品メーカーでの勤務を続けながら独学でサイト制作を学び、htmlのタグ打ちからレシピの作成、写真の撮影なども全て一人でこなし、こつこつと手作りでサイトを作りあげていきました。
またそこには、単に役立つ情報を知ってほしいというだけでなく、和食をちゃんと学んだ冨田さんだからこそ伝えたい、ある思いも同時にあったそうです。
「和食の味付け自体は元々シンプルで控えめ。素材そのものの味を活かす料理なんですよね。だから、味付け前の下ごしらえや出汁の段階で、美味しさが7〜8割は決まってしまう。本当に美味しい和食を作るためには、やっぱり基本が大事なんです。だからこそ、下ごしらえや出汁とりといった基礎の部分を丁寧に伝えていきたいんですよ」
その言葉どおり「白ごはん.com」には、他のレシピサイトには載っていないような「食材の下ごしらえ」や「出汁のとり方」、「ごはんの炊き方」などといった、料理の基本中の基本とも言える情報がとても丁寧に解説されています。つまり逆に言えば、美味しさの「基本」となる部分さえしっかりと押さえておけば、誰にでも美味しい日本食が作れるということでもあるのです。
「美味しさの基本がちゃんとわかっていれば、あとは自由にアレンジしていいと思うんです。その方が料理を作る上での選択肢も増えますしね。その選択肢をたくさん作ることが僕の役目だと思っているんです」
冨田さんお気に入りの料理道具たち。使用する道具によって出来上がりの味や食感も変わってくるそう。道具をちゃんと使いこなすことも美味しい料理の基本だといえるかもしれません
日本料理店で使用されているプロ仕様の雪平鍋。スタッキングできて収納に便利な上、慣れると意外に使いやすいことから一般の方にもオススメだと仰っていました
家庭料理の美味しさやあたたかさを未来にも残していきたい
「読んでくださる人が増えてきていろんな声をいただくうちに、「もっと丁寧に伝えなくちゃいけないな」とか、「もっと工程を削ぎ落としたほうが作りやすいだろうな」と日々感じるようになって。皆さん忙しいから、料理を作る時間がないって方も多いと思うんです。でもそんな忙しい中でも、少しでも料理を手作りしてもらえたらいいなと思っているので、”手軽”にできるってことが大事なんですよね。だから、レシピを考えるときは僕自身が美味しいと思えるところをキープしつつも、簡単にできて特別な材料を使わずに作れるってことを大切にしています」
忙しくて料理を作る余裕がないという人にも、「これなら家にある材料ですぐ作れる」と思ってもらえるものを伝えていきたい。冨田さんのレシピはそんな優しい気持ちで生み出されているからこそ、どれも抜群に美味しいのに作り方も材料も至ってシンプルなんですね。
そしてそれは、冨田さんが優れた料理人であると同時に優れた家庭人であるからこその発想なのでしょう。またそうした気持ちが自然と生まれた背景には、冨田さん自身が幼いころ、家族で囲んだ食卓のあたたかさも大きく影響しているようです。
サイトの代名詞でもある「白ごはん」を南部鉄器の鍋で炊いてくださいました。木蓋の上に載せている石は、お出かけした際にご近所で拾ってこられたものだそう
そのためにもまずは「作ってもらえる」ことが大切だと考え、できるだけ手軽な材料とレシピにし、作業工程も読者が分かりやすいようにと細かな部分まで丁寧に解説をされているのだとか。
サイトでの解説の一例。「ブロッコリーの茹で方」一つでもこの丁寧さ。写真を多用してできるだけわかりやすくし、更にポイントになる大事な部分は赤字で見やすく表現されています
炊き上がったごはんは、思わず「きれい!」と歓声をあげてしまうほどふっくらツヤツヤ。美味しそうな香りが部屋いっぱいに広がります
鉄鍋で炊いたごはんはもっちり感はあるのにあっさりとしていて、思わず何杯もおかわりしてしまいそうな美味しさでした
もっと丁寧にもっとわかりやすく。たくさんの人にごはんを作ってほしいから
「僕自身、レシピを見ていて「わからなくて困った」という経験があったので、自分のレシピではできるだけ詳しく丁寧に伝えたいと思っているんです。そのために文章でもたくさん説明して、写真もいっぱい載せているつもりなんですが、それでも伝わりきらないところもやっぱりあって。もっと分かりやすくするために、今後は動画の掲載にも挑戦してみようかなと思っているんですよ」
聞けばちょうど今、動画の編集方法を勉強しているところなのだとか。
調理の勉強に始まり、日本料理店での修行、加工食品の研究開発、独学でのサイト制作、そしてさらに動画編集の勉強と、冨田さんの探究心はまだまだ尽きないようです。
思わず、何もかも一人でこなすのは大変なのでは? と尋ねたところ、「大変だけど自分でやったほうが納得のいくものが作れますからね」となんだか楽しそうでさえありました。冨田さんにとって新しい知識や技術を学ぶことは、苦労や手間ではなくむしろ喜びなのかもしれませんね。
著書のイラストやサイト内のアイコンとして使用している冨田さん作の「消しゴムはんこ」たち。こんなものまでご自身で作ってしまうなんて、本当に多才ですね
そう朗らかな笑顔で話す冨田さん。
強い探究心を持ちながらも理想や知識に固執せず、その時々の状況を柔軟に受け入れ変化を続ける。そんな、しっかりとした「基礎」と変わることを楽しむ「柔らかな心」を持つ冨田さんだからこそ、”基本はしっかり。だけど省けるところはできるだけ簡単に”という、美味しく易しい料理たちが生み出せるのでしょう。そんな冨田さんと「白ごはん.com」が、この先どんな変化を遂げていくのか楽しみでなりません。
作業場の前で愛犬の「ちゃこ」ちゃんと一緒に。冨田さんに似てか、彼女もとっても食いしん坊さんなんだそうです
もしまだの方がいれば、ぜひ「白ごはん.com」を覗いてみてください。
そこにはきっと「これなら、今あるものですぐに作れる」と思えるレシピが載っているはずです。
時間がなければ、なにも全部のメニューを作らなくたっていいんです。例えば、買ってきたお惣菜に手作りのお味噌汁を一品添えるだけだってかまいません。
ほんのちょっとだけでも、ちゃんと”手をかけて”作ったごはんの美味しさは、きっとあなたや一緒に食卓を囲む人たちの体にすっとしみ込み、心を優しくほどいてくれることでしょう。
そしてその何気ない食卓の記憶こそが、あなたの、そして家族にとっての、かけがえのない大切な思い出になっていくはずです。
愛知県にある冨田さんの作業場。ここで心と体にやさしく美味しいお料理が日々生み出されています