インタビュー
vol.109 scope・平井千里馬さん 
スコープと考える、未来の生のカバー画像

vol.109 scope・平井千里馬さん 
スコープと考える、未来の生活

写真:岸本絢

ネットショップ「scope(スコープ)」は、今年20周年を迎えた。北欧雑貨や家具を中心に扱う同店には、長年のファンが多い。ついつい品物を迎えたくなる、スコープならではの魅力はどんなところにあるのか。今回は、モノを通して長年「生活」に向き合い続けてきた代表・平井千里馬さんのロングインタビューを公開。豊かな生活って、なんだろう。これから先、私たちはどんなふうに暮らしていきたいのか。スコープと一緒に、少し先の未来を考えてみたい。

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2020年06月12日作成
「scope(スコープ)」トップページより

「scope(スコープ)」トップページより

ネットショップ「scope(スコープ)」は、“居心地”がよい。
リアル店舗は存在しないのに、サイト内を回遊しているうちにそんな錯覚をおこす。たとえるなら一軒家を改装したお店だろうか。一歩足を踏み入れると、床や天井にまで商品がぎっしり。レジ脇や階段のすみっこで見つけた思わぬお宝を手に取っていると、店員さんと目が合う。やたらなセールストークはないけれど、ひとたび商品のこととなると熱く、その小話に心が躍る。

ひとつひとつの品に愛着をもったころには、ずいぶんと時間が経っていた。また寄ってみよう、と鼻歌まじりで店を後にする。……と、ここまでは妄想だが、画面のむこう側に人の顔がみえる稀有なネットショップであることは間違いない。
iittala(イッタラ)、ARABIA(アラビア)など、フィンランドを代表する陶器ブランドを扱う。スコープのみの別注品や復刻アイテムも数多く販売してきた
出典:

iittala(イッタラ)、ARABIA(アラビア)など、フィンランドを代表する陶器ブランドを扱う。スコープのみの別注品や復刻アイテムも数多く販売してきた

北欧雑貨や家具を中心に扱うスコープは、今年の1月で20周年を迎えた。“シャチョウ”という愛称をもつ代表・平井千里馬(ちりま)さんの独特のキャラクターは、そのまま店の“顔”だ。クセになるユニークな文章と並々ならぬ商品愛に溢れた企画でじわじわとファンを増やしてきた。名古屋発の小さなネットショップは、今では北欧ファンなら知らない人はいないほどの人気店となった。
2019年に逝去したガラスデザイナー、オイバ・トイッカ氏とは、数多くのオリジナルを開発してきた。彼がデザインした代表作のうちのひとつ「バーズ バイ トイッカ」コレクションは、世界中に熱狂的なファンをもつ。写真は1968年に作られたアートピース「Pampula vase」(通称・ポムポム)をもとに、全19種類を2年かけてスコープが復刻したもの

2019年に逝去したガラスデザイナー、オイバ・トイッカ氏とは、数多くのオリジナルを開発してきた。彼がデザインした代表作のうちのひとつ「バーズ バイ トイッカ」コレクションは、世界中に熱狂的なファンをもつ。写真は1968年に作られたアートピース「Pampula vase」(通称・ポムポム)をもとに、全19種類を2年かけてスコープが復刻したもの

(scope OMKページより)
ホームページやメルマガ限定で開催されるユニークな企画にユーザーは夢中になる。OMK(オーエムケー)は購入金額に応じてレアな“オマケ”がもらえたり、抽選に応募することができるご長寿企画。独特の「シャチョウ語」は、学生時代にラジオではがき職人をしていたことにより鍛えられたものだ

(scope OMKページより)
ホームページやメルマガ限定で開催されるユニークな企画にユーザーは夢中になる。OMK(オーエムケー)は購入金額に応じてレアな“オマケ”がもらえたり、抽選に応募することができるご長寿企画。独特の「シャチョウ語」は、学生時代にラジオではがき職人をしていたことにより鍛えられたものだ

オンラインで買い物をすることが当たり前となって久しい。いつの間にか私たちは、いかに便利な条件で買えるかを基準にしてモノを選ぶようになった気がする。それに応えるようにして、多くのショップが「翌日配送」や「他店より安値な商品」を売りにするなか、スコープの運営は、そのどれにも当てはまらない。それでもユーザーは「買うならここで」と口を揃える。価値は、どんなところに生まれるのだろうか。

幻の「BAR・スコープ」!?

“シャチョウ”こと代表・平井千里馬さん

“シャチョウ”こと代表・平井千里馬さん

平井さんの将来の夢は、セレクトショップではなくバーを開くことだったという。通っていた大学がある豊橋はバー天国で、「一人で酒を嗜むシブい男」に憧れた。週3で酒場に足を運べば、自然と「理想のバー」がどんなものか見えてくる。自分が店を作るなら……と椅子や照明について仲間と話せば、夢は膨らむばかり。このころ、すでに平井さんの中には「インテリアメーカーとして独立する」という柱が立っていた。卸先にあれこれ注文をつけられるのは嫌だったから、まずは規模の大きい売り場を作る。最終的には、自分たちのインテリアを使ってバーを開きたい――。

「Windows 95」が日本で発売されたころ、大学にインターネット回線が引かれたことで、夢の解像度はもっと高くなった。おしゃれなインテリア雑誌に掲載されているほとんどは、地方では手に入らない。でも、ネットがあれば日本中どこにいても自由に売り買いができる。
2018年に完成した事務所兼スタジオ。バーの夢はほぼ果たされているかも!?

2018年に完成した事務所兼スタジオ。バーの夢はほぼ果たされているかも!?

スコープはみんな料理上手。この日はスタッフ・マツヲさん手作りの「mokkapala」(※フィンランドのモカケーキ)で迎えてくれた

スコープはみんな料理上手。この日はスタッフ・マツヲさん手作りの「mokkapala」(※フィンランドのモカケーキ)で迎えてくれた

平井さんが着ていたのは、オイバ・トイッカ氏の家族から譲り受けたシャツ。テキスタイルは、同じく親交が深いデザイナー・石本藤雄氏が手がけたもの

平井さんが着ていたのは、オイバ・トイッカ氏の家族から譲り受けたシャツ。テキスタイルは、同じく親交が深いデザイナー・石本藤雄氏が手がけたもの

「住んでいるところの垣根がないのが、ネットショップの一番の強みですよね。ロンドンのヴィンテージショップで通販したときには『スコープから連絡がきてびっくりした!いつも見てるぜ』っていう連絡があって逆に驚かされた。これが、名古屋のいち店舗だったら絶対にないことですもん。コネなんかなくても、やっていることに価値があれば見てくれる。僕はそこが面白いと思います」
リアルイベントに出展することも。毎回大盛況でブースは長蛇の列になる。楽しい反面、お客さんが年々増えて対応ができないのが悩みだという。

「参加してくれる人は増える、でも運営スタッフの人数は変わらない。全員に満足してもらえる内容にすることが難しく、終わってみればどこかに不満が出ていて、毎回ごめんなさい!って感じです。去年、名古屋城で開催した『SOCIAL CASTLE MARKET』でも対応できなかったお客さんが沢山いる。スタッフ全員参加のご当地名古屋で限界なんだから、東京開催はいつか!と思いはしても夢のまた夢です」

(写真提供:scope)
出典:www.instagram.com(@scope_japan)

リアルイベントに出展することも。毎回大盛況でブースは長蛇の列になる。楽しい反面、お客さんが年々増えて対応ができないのが悩みだという。

「参加してくれる人は増える、でも運営スタッフの人数は変わらない。全員に満足してもらえる内容にすることが難しく、終わってみればどこかに不満が出ていて、毎回ごめんなさい!って感じです。去年、名古屋城で開催した『SOCIAL CASTLE MARKET』でも対応できなかったお客さんが沢山いる。スタッフ全員参加のご当地名古屋で限界なんだから、東京開催はいつか!と思いはしても夢のまた夢です」

(写真提供:scope)

創立当時から出店している「楽天市場」。毎年、約4万店の中から選ばれる「Rakuten SHOP OF THE YEAR」でも入賞常連。楽天のショップは、レビュー数約17000件に対し、☆4.81と高評価をキープしている

創立当時から出店している「楽天市場」。毎年、約4万店の中から選ばれる「Rakuten SHOP OF THE YEAR」でも入賞常連。楽天のショップは、レビュー数約17000件に対し、☆4.81と高評価をキープしている

大学卒業後、家具メーカーで2年間勤務したのち、平井さんは「有限会社スコープ」を設立。スタッフは4人、のどかな住宅街の3DKアパートからのスタート。押入れを倉庫代わりに、部屋を照らすのはペンダントライトならぬ裸電球だ。数か月は注文がほとんど入らず、定例チャットやオフ会でお客さんと遊ぶ日々が続いたという。オープン当時の2000年は、「Google」や「Amazon」の日本語版サイトが開設され、量販店も自社ECを展開するなど、ITビジネスが急激に成長していた時期。多くのベンチャー企業が誕生し、業界は玉石混淆状態だった。
若かりし平井さん(左)、創立メンバーで現在は専務取締役の平山侑嗣さん(右)
(写真提供:scope)

若かりし平井さん(左)、創立メンバーで現在は専務取締役の平山侑嗣さん(右)
(写真提供:scope)

「そのころのネットショップなんてもっともあやしい商売だから(笑)、展示会でカタログももらえないし、仕入れができない。まず『ラクしよう』って発想に見られるんですよね。メーカー直送なら在庫のリスクを抱えなくていいし、美味しい商売だって考えの人がいっぱいいたんですよ。じゃあ、それをやめればいいんだって思って『自分たちで仕入れて在庫持ちます!』って交渉したら、何社か付き合ってくれた。そのころから在庫を積み上げて売ることがクセになってます。そうしないと、取引してもらえなかったから」

本当に「価値あるもの」を探して

アイノ・アアルトのタンブラー(写真提供:scope)
出典:

アイノ・アアルトのタンブラー(写真提供:scope)

一貫した世界観をもつスコープだが、当初はリーズナブルな家具からクールな印象の雑貨まで、扱うジャンルに“色”はなかった。きっかけを作ったのは、専務取締役の平山侑嗣さん。前職で家具のデザインを担当していた平山さんは、インテリアの情報に高いアンテナを張っていた。彼が推す「イッタラ」の名作、アイノ・アアルトを入荷したところ、これが伸びた。

「僕はバイヤー的な能力はないので、最初にティーマ*なんかを見たときは『普通の皿やん!』って思いましたからね(笑)。でも平山が『取引できたら人気出ると思う』っていうなら、やらないって選択肢はない。当時、イッタラの輸入元の担当者とすごくウマがあって、それをきっかけにフィンランドに行くようにもなって。黙々と掘り下げていった結果、今に至っている」
*「TEEMA(ティーマ)」は、デザイナーのカイ・フランクが生んだイッタラ社のロングセラーシリーズ。クラシカルな佇まいで、日常の食卓にも馴染む
出典:

*「TEEMA(ティーマ)」は、デザイナーのカイ・フランクが生んだイッタラ社のロングセラーシリーズ。クラシカルな佇まいで、日常の食卓にも馴染む

ショップには、自然と相性のよい北欧雑貨がすこしずつ増えていく。しかし、取引先は思うように広がらない。そんなとき、日本の生活道具を扱うブランド「東屋(あづまや)」の代表・熊田剛祐氏と出会った。これが、平井さんの人生観を大きく変えることになる。

「僕は影響されやすいので、『この人すごいな』って思うと、とにかくその人の考え方を覚えようとするんです。熊田さんは、『和の神様』みたいな人。彼の話す和食器に関する言葉が、あまりにも意味が分からなくて、それを理解したくて、ものすごく勉強しました。『どんなものに価値があるのか』ってことを深く考えるようになった。今の礎は、このときにできたんじゃないかってくらい、僕の中で東屋との出会いは大きいです」
東屋に揃う日本の道具は、静かな佇まいが美しい。スコープと創立した年が近く、同じく少人数でスタートしたことから意気投合し、親交を深めてきた(写真提供:scope)
出典:

東屋に揃う日本の道具は、静かな佇まいが美しい。スコープと創立した年が近く、同じく少人数でスタートしたことから意気投合し、親交を深めてきた(写真提供:scope)

北欧のものとも相性がよい東屋の器。こちらは「印判 印判豆皿」のスコープ別注品。柄はクリエイティブグループ・ボブファウンデーションが手がけた(写真提供:scope)

北欧のものとも相性がよい東屋の器。こちらは「印判 印判豆皿」のスコープ別注品。柄はクリエイティブグループ・ボブファウンデーションが手がけた(写真提供:scope)

「本当に価値のあるものってなんだろう?」
その答えを出すために、試行錯誤の日々が始まる。あるとき、お客さんから「この雑貨を買う人が、この家具を買いますか?」と指摘され、家具の取り扱いをすべて終了した。それまでは、前職で付き合いがあったメーカーから手ごろな価格で直送してもらい、「非常に守られた状態で」取引していたという平井さん。売上は激減したけれど、今まで自分でも抱えていた違和感に終止符を打ち、後悔はなかった。

2010年には、「スコープアパートメント」と命名した商品撮影用のマンションを借りた。三か月の審議の末、やっとのことで契約が決まった部屋は、240平米、家賃50万円の大物だ。一大決心のきっかけは、展示会で目にした同業バイヤーたちの発言だった。「いいじゃん!全部いっちゃおう!」と次々と買い付けする彼らを目にし、「何を以てして『いい』といってるんだろう?」という思いが平井さんの頭をよぎる。同時に閃いたのが、この企画だった。
平井さんが所有するバードコレクションを並べて。スコープアパートメントの象徴ともいえる圧巻の景色(写真提供:scope)

平井さんが所有するバードコレクションを並べて。スコープアパートメントの象徴ともいえる圧巻の景色(写真提供:scope)

「あのときに『ものを選ぶ』ってことが大きく変わった気がします。展示会に行って、有名デザイナーに名刺なんかもらった日には『やります!』ってなっちゃうじゃないですか。そうじゃなくて、部屋にサンプルを入れて、実際にちゃんと使ってから判断しようって。一時期は、そのマンションに通ってただ生活するのが仕事だったスタッフもいました。近所のスーパーでは『あいつら毎朝、酒と食べ物買っていくな』って思われてたんじゃないかな(笑)。けっこう背筋が凍る金額だったけど、借りちゃえば楽しいし、『活用しなかったらアホじゃない!』っていろいろ思いつくから、生な写真を撮る実験ができました」
vol.109 scope・平井千里馬さん 
スコープと考える、未来の生活
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スコープと考える、未来の生活
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撮影するだけならば、もっと小規模な場所でも事足りる。けれど、平井さんはここで、数々の商品と寝食を共にすることを決めたのだ。どれも生活するための道具だから、作られた背景や美しいライティングの写真はいらない。起き抜けの寝具に、食べかけの料理が並ぶ食卓、シンクの横で裏返しになった皿。どの家庭にもあるワンシーンを切り取りながら、使い勝手やものの価値を見極めていった。
モノを迎えた後の生活を想像(もとい、妄想)できるこの企画で、スコープファンになった人も少なくないだろう。2014年、建物取り壊しのため「スコープアパートメント」は惜しまれながら幕を下ろしたが、今年の5月に「スコープアパートメントシーズン2」と題しインスタグラムで大復活。初代アパートメントから10年。今度はどんな暮らしを見せてくれるのか、今から楽しみで仕方がない。

クリエイターたちの心を動かす「閃き」

スコープ虎の巻をすこし見せてもらった。常に持ち歩くノートは2冊。撮影や開発のアイデア、自分の考えをしたためる。振り返るのが嫌いな平井さんは、終わった仕事や古い考えを消し、常に自分をアップデートしていく

スコープ虎の巻をすこし見せてもらった。常に持ち歩くノートは2冊。撮影や開発のアイデア、自分の考えをしたためる。振り返るのが嫌いな平井さんは、終わった仕事や古い考えを消し、常に自分をアップデートしていく

スコープの魅力を語るうえでもうひとつ欠かせないのは、ブランドやデザイナーと共同開発する「別注」や「復刻」のアイテムだ。スコープと結びつきの強い名だたる面々とは、伝手があったわけではない。平井さんにとっては憧れの人たちだった。しかし、記念撮影をねだるようなただのファンでは終わらない。

「もともと僕が一方的に知っていて、『この人とこういうことをしたい』ってアイデアが頭の中にいっぱいあるんです。だから初対面で『こんなことできる?』っていうのをいきなり伝えてしまう。社交辞令的に『今度アトリエに来てよ!』っていわれたら、その場でスケジュールを聞いて本当に足を運ぶ。名古屋に招待するときは、観光も兼ねて全力で長い時間を一緒に過ごすから、そういうところで記憶に残っていくのかもしれないですね」
スコープオリジナルバード「KYHJYU(キューヒュー)」の試作舞台裏。ヌータヤルヴィガラス工場でオイバ氏を囲んで(写真提供:scope)
出典:bbs.scope.ne.jp

スコープオリジナルバード「KYHJYU(キューヒュー)」の試作舞台裏。ヌータヤルヴィガラス工場でオイバ氏を囲んで(写真提供:scope)

テキスタイルデザイナー・石本藤雄氏と(写真提供:scope)

テキスタイルデザイナー・石本藤雄氏と(写真提供:scope)

だんだんと友人がそのまた友人を連れてくるようになり、輪が広がっていく。とはいえ、なれ合いでプロジェクトが進むわけではない。海外では、仕事の分別をはっきりつける。定規で引いたように役割が決まっているし、契約書にないことはすっぱり切り捨てる。いくら関係性があっても、ビジネスに情は持ち出さない。それでも多くの不可能なプロジェクトを成し遂げてきたのは、平井さんが目の前の相手に常に真剣だから。

「結局、僕は仕事人間で、ずーっと地続きで『どういうことをすればいいか』って考えている。これは石本(藤雄)先生に頼んだらおもしろいかも、とか、これならインゲヤード(・ローマン)に、って閃いたら提案してみる。そのときに彼らに困っていることがあれば、一緒に悩んで解決策を探します」
左は画家のヘルヤ・リウッコ=スンドストロムさんが平井さんに贈ったもの

左は画家のヘルヤ・リウッコ=スンドストロムさんが平井さんに贈ったもの

思い返せば、子どものときから閃いたら行動せずにはいられない性分だった。ある日、テレビで「洪水で世界が沈没する」という番組を目にし、いてもたってもいられなくなった。近所中の友達から集めた軍資金で買ったのは大量のガムテープ。みんなで生き延びるために空き缶を繋げて巨大な船を完成させた。またあるときは、遠足を毎月開催するために「勝手に」企画し、カンパでしおりを自作。何か閃くたび、形にするために現金を集めるものだから、大人の目には不審に映ったのだろう。そのうち友人の親から問題視されるようになる。

私腹を肥やすつもりはなく、本人はいたって大真面目だったが、千里馬少年は「完全に干され」てしまった。けれど、もう「千里馬くんと遊んじゃダメ」という大人はいない。「誰も実行しようとしなかったこと」を現実にする平井さんの閃きは、クリエイターの心を動かす力を持っている。

問題解決が仕事!スコープの舞台裏

名古屋市内にある4代目倉庫。現在は岐阜の5代目倉庫にメイン業務は移っているけれど、4代目倉庫も個別撮影スタジオへ変化して活躍中

名古屋市内にある4代目倉庫。現在は岐阜の5代目倉庫にメイン業務は移っているけれど、4代目倉庫も個別撮影スタジオへ変化して活躍中

口癖は「問題解決が仕事」だという平井さんは、ネットショップの短所をなくすためにさまざまな仕組みを作ってきた。たとえば短所のひとつとして、商品の実物を手に取って見られないことがある。特に、ガラスや陶器、木製品などのハンドメイド品は、そもそも少しずつ個体差があるもの。スコープでは、同じアイテムをひとつずつ撮影して売る「個別販売」を始めた。
個別販売のページより

個別販売のページより

スペース節約のため、出荷する分だけをその日の朝に組み立てる

スペース節約のため、出荷する分だけをその日の朝に組み立てる

Artek(アルテック)の名作、スツール60がずらり

Artek(アルテック)の名作、スツール60がずらり

これは、検品中に「訳アリ」を選ぶ基準が人によって違うところから生まれた企画。もちろん手間はかかるし、普通のショップではまず実践したがらないだろう。非効率的に思える取り組みに、当初は反対の声がないわけではなかった。けれど、外部のエンジニアと共同開発した専用アプリや機材を揃えることで、できるだけ負担のない方法をスタッフで模索してきた。
この日撮影していたのは、Alvar Aalto (アルヴァ・アアルト)のベース。「ピンク色の濃淡にけっこう差があるから、個別で撮った方がおもしろい」と平井さん

この日撮影していたのは、Alvar Aalto (アルヴァ・アアルト)のベース。「ピンク色の濃淡にけっこう差があるから、個別で撮った方がおもしろい」と平井さん

もちろんラクな作業ではないけれど、今では職人に喜ばれている。お客さんも選ぶ楽しみが増え、欲しいものが欲しい人のもとへ届く健全な仕組みだ。スコープは、企画、撮影、試作と、よいものを届けるための時間は惜しまない。けれど、日常業務はとことん効率化にこだわる。それは、平井さんが家具メーカーに勤務していたときの経験が関係していた。大学生時代、就活の末に内定をもらったのは、上場も近いといわれる大手企業と、不安定そうな中小企業。周囲が止めるのも聞かず、平井さんは迷わず後者を選ぶ。

「僕は絶対に会社を作ると決めていたので、とにかく色々な経験がしたかったんです。だから安定していない会社の方が魅力的だった。給料なんていくらでもいいと思っていた。結局、最初に入社した会社は倒産したんだけど、そこでどんな理由で会社は倒産するのか?どうしたらそれを回避できるのか?人はどう変化するのか?多くのことを学んでスコープを作っている。そのときに、身軽にしておかないと会社は潰れると感じたから、リアル店舗はださないことに決めちゃった。『やらないこと』を決めないとなんでも脱線するタイプだから(笑)、スコープではギフト対応もしないし、卸しもしない。ずっと同じメンバーでこのままやっていきたいので、少人数で生き延びていくためのことを常に考えてます」
問題が起こったり行き詰ると、平井さんはチームごとに「合宿」としてリフレッシュするための場を作る。外に出る機会が少ない受注チームの宿泊先は、海外にすることも。

「いつもと違う環境で、問題を洗い出すんです。マニュアルじゃないところからホテルのサービスを学んでみようと、 受注チームとは上海にある超高級ホテルで合宿しました。どうせなら楽しくて気分も上がる方がいいですしね。僕が行きたいってのもあるのですが(笑)」

問題が起こったり行き詰ると、平井さんはチームごとに「合宿」としてリフレッシュするための場を作る。外に出る機会が少ない受注チームの宿泊先は、海外にすることも。

「いつもと違う環境で、問題を洗い出すんです。マニュアルじゃないところからホテルのサービスを学んでみようと、 受注チームとは上海にある超高級ホテルで合宿しました。どうせなら楽しくて気分も上がる方がいいですしね。僕が行きたいってのもあるのですが(笑)」

20年間、数々のピンチを乗り越えてきた。東日本大震災のときにはメルマガも広告も出せず最悪のケースを考えた。メインブランドの入荷が一年間ストップしたこともあった。そのつど逆転の発想で乗り越えてきたが、障害があるほど燃えるタイプだという平井さんは、最近ひそかに想像しているシナリオがある。

「いろいろ無茶振りも多いから、ある日社員が一丸となって20人くらい退職するんですよ。みんな何でもできるし、『私たちのネットショップ作ろうよ!』とかいって。そこから残った人たちで奮闘して、売上を伸ばすっていう。今度はそういうストーリーが欲しいなって(笑)」
vol.109 scope・平井千里馬さん 
スコープと考える、未来の生活
スコープは離職率が低く、求人もめったに出さない。勤続10年以上の人も少なくない。取材中、平井さんがスタッフに「何度辞めようと思ったかわからないんじゃない?(笑)」と声を掛けると、「自分で考えて動けるので面白いですよ」と頼もしい答え。平井さんのシナリオが実現する日は、まだまだ遠そうだ。

モノを捨てない未来を目指して

今年の4月に休刊したスコープ会報誌

今年の4月に休刊したスコープ会報誌

スコープが解決に至っていないネットショップの短所がもうひとつある。発送時に出る「ごみ」だ。これは目下の課題で、封筒代わりのクリアファイルや緩衝材を布にするなど、もう2年以上考え続けている。とはいえ、平井さんはエコロジーやミニマストなどの崇高な思想を押しつけているわけではない。とにかくごみが“怖い”のだ。

「道端に捨てられている布団やソファ、僕めっちゃ怖いんですよ。そのまま放置していると、水を吸って地獄のようなものになるじゃないですか。自分の家から外に出て捨てればなんでもいい、みたいな意識がもう、恐怖でしかない。たとえば1枚5000円の毛布が量販店に山積みされていると、これっていつごみになるんだろうって考える。いらない物なのに、それを売り買いしてるんだよなって」
余った会報誌は丸めて緩衝材に。破れにくい紙を使用するなど、研究を続けている。今はどんなことよりも緩衝材のことで頭がいっぱいだという

余った会報誌は丸めて緩衝材に。破れにくい紙を使用するなど、研究を続けている。今はどんなことよりも緩衝材のことで頭がいっぱいだという

現在は、美術館や展示会などのポスターを詰めている。「無駄もなくなり、楽しみが増える」と、今のところ一番しっくりきているアイデアだ

現在は、美術館や展示会などのポスターを詰めている。「無駄もなくなり、楽しみが増える」と、今のところ一番しっくりきているアイデアだ

スコープ初期の平井さんのプロフィールには「ごみの分別にかなりうるさい」とある。ごみ嫌い・無駄嫌いは昔からのものだけれど、さらに物を買うときの考え方は変わった。それは、フィンランドやデンマークで出会った人々の暮らしを見てきたことも大きい。
スコープの連載「ヘルシンキの台所」より(写真提供:scope)
出典:www.facebook.com

スコープの連載「ヘルシンキの台所」より(写真提供:scope)

「ヘルシンキの台所」より(写真提供:scope)

「ヘルシンキの台所」より(写真提供:scope)

「豊かだなあって思うのは、彼らみたいな生活。友人が家を建てたときに遊びにいったら、フィン・ユールのソファが置いてあって。『これ100万くらいするでしょ?』っていったら『まあそうだけど、これはずっと使えるじゃん』って。そんな感覚でみんな物を買うから、無駄がない。食器とかも高いけどずっといいものを持っているし、両親や祖父母から受け継いだものを蓄積していくから、そんなに買う必要がないんですよね」

「フィンランドの友人が『これゴミ箱で拾ったんだ、すごいだろ?』ってヴィンテージのスツール60を持ってきたこともある。そういう世界がいいんですよ。今は、時代を超えて認められているヴィンテージ品を買って、どう価値を残しているのかを研究しています」
オークションで落札した1950年代のプレートをチェック中

オークションで落札した1950年代のプレートをチェック中

カタログを眺めるのが趣味だという平井さん

カタログを眺めるのが趣味だという平井さん

イギリス発のオークション会社「PHILLIPS(フィリップス)」のカタログ

イギリス発のオークション会社「PHILLIPS(フィリップス)」のカタログ

すでに成果は形になりつつある。お客さんから「スコープと関わるようになってから、捨てるものが激減した」という声を聞くことも増えた。引越しで回収業者を呼んだスタッフは、スコープで買った椅子を「料金の代わりに買い取らせてほしい」と交渉されたことも。ものに本当の価値があれば、次の必要としている人の元へめぐっていく。

「未来の価値って保証されたものじゃないから、難しいですけどね。僕も『これ使わなくなっちゃった』っていうものはやっぱり出てくる。でも、そういうものは案外フリマでサーッと売れていく。不要になったときに、せめてそれがサイクルできるレベルにあるといいなって思うから、商品はちゃんとしたものを届けたい。そういう目線で選んでいると、本当に人が買うものって減っていく。『それじゃスコープも売れなくなるじゃん!』っていわれるけど、そうなったらこんなに素晴らしいことはない。そのときはスコープは解散!ということで、ぜんぜんオッケーですよ。僕も安心して老後を生きていける(笑)」
vol.109 scope・平井千里馬さん 
スコープと考える、未来の生活
いつか、スコープが「老舗ネットショップ」なんて呼ばれるようになる日。家の中が、世界が、手放したくないものと、手渡したいものだけになっていたら。そのときは、この店で買い物をした過去の自分を、ちょっと誇らしげに思うのだ。今からでも、そんな未来に参加したい。

(取材・文/長谷川詩織)

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ドライフラワーとフローラで、長く花を愛でる生活―scope×キナリノモールオープン記念特別企画―
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豊かな暮らしに繋がる北欧デザインの家具や食器など独自のセレクトで届けてくれるオンラインショップscope(スコープ)。そのスコープがキナリノモールオープン記念で、デンマーク王室御用達ブランドの花瓶「Flora(フローラ)」を用意してくれました。初心者さんでもサマになってしまう不思議な花瓶フローラは生花だけではなく実はドライフラワーにも最適です。長く楽しめるドライフラワーをフローラで気軽に飾ってみませんか。

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