「くすみカラー」が魅力のSUEKIの器
そんな人たちから「こういうものを探していた!」と支持されているのが、2012年に誕生した徳島県の陶磁器メーカー、SUEKI(スエキ)のつくる器たちです。
これらの色は、その落ち着きのある様子から「くすみカラー」と呼ばれています。この絶妙な色は、パンもパスタも、煮物も炒め物も、食べ物をリッチに美しく見せてくれるのです。
「まあとにかく、見ていただきましょうか」と案内いただいたのは、お店と同じ敷地内にあり、「調合室」と矢野さんが呼ぶ、小さな8畳ほどの建物でした。
魔法が生まれる色の調合室
そういって矢野さんは、その部屋にある焼き物のカケラや、焼き具合をみるために半分に割られた器をカチャカチャと触りながら「雑然としててすみません」と笑います。
小さな部屋には道具や器が隅から隅まで並べられ、机にはノートが山積みになり、釉薬の入ったバケツの奥の棚には、しまいきれないファイルが並んでいます。この部屋で、SUEKIの美しい色はつくられていくのです。
釉薬の調合につかう道具や材料
釉薬が施された瞬間。このときの釉薬の色と、窯から出したあとの色は違うため、調合は非常に繊細な作業です
二万回のテストから生み出された、ちょうどいい色
「お皿を揃えるときに、『白ばかりだとつまらない』『ちょっとカラフルなのが欲しい』というときがあるでしょう。けれどもいざ求めてみると、日本の既存のポップカラーや伝統の渋い色合いはライフスタイルにフィットしない。そういう方々に選んでいただける、ちょうどいい色だったんでしょうね」
「一色つくるのに、何百と調合してテストします。ごまつぶくらいの0.何グラムとかの配合で違いを出して、何百通りのその中からひとつの色を選んでいるんです。調合は理科の実験みたいにおこなって、どんな成分をどのくらい入れたかをノートにびっしり書いていきます。この配合は秘密なので、ノートの撮影はNGです(笑)」とお茶目に笑う矢野さん。
色テストピースの一部。例えばピンク色ひとつとっても、わずかな差異を比べていることがわかります
たとえば普段お皿を使っていて、ナイフやフォークがひっかかり、嫌な音をたててしまったことはないでしょうか?そういった使い心地の問題も、釉薬によって起こりうる現象だったのです。「専門的なので」と簡単に説明してくださった矢野さんによると、釉薬というのは見た目の色だけでなく、さわり心地も左右するとのこと。一般的に、光沢のあるパキッとした色合いはツルツルとした触り心地、マットな色合いのものは、ザラッとした触り心地です。
さて、そんななかで落ち着きのあるマットな色と使い心地の両方を大事にしたかった矢野さん。何千回、何万回のトライアンドエラーを繰り返し、ついに納得できるバランスの釉薬を調合します。
釉薬が溶けすぎてツルツルになると、SUEKIの色の魅力であるくすみ感が消えてしまいます。考え抜かれたバランスが、見た目の美しさと使い心地を両立させています
どうやらSUEKIの色の美しさには、矢野さん自身の考え尽くす性格がにじみ出ているようです。
焼き物と音楽
矢野陶苑の登り窯。現在も使われている登り窯として、最大級のものといわれています
幼いころから土で遊び、壷や湯のみをつくるお父様のかたわら、学校から帰っては土をこねて過ごしました。
「父親が、人間国宝も所属する日本工芸会いうところの四国支部の幹部をやらせて頂いて、とても良い立場だったんです。ちょうどバブルと陶芸ブームが後押しして、この田舎で店を構えて売っているだけでも充分に食べていけました。僕も小学生のころは土で人形をつくったりして、陶芸は好きでやっていました。やっぱり、子どものころから何かをつくることは好きでしたね」
甕(かめ)などの大きな焼き物を得意とする大谷焼。矢野陶苑の敷地内には、現在も現役で作陶をされているお父様の作品がところ狭しと置かれています
パズルを組み立てるようなドラム理論は、色の調合に似ている
「このプログレッシブ・ロックというものは、たとえばドラムの場合、右手と左手が違う動きをしても最後には一緒になる、とかを計算するんですよ。ちょっとわかりにくいかもしれないですけど(笑)。でもこれが、とにかくおもしろい。パズルを組み立てるように、気持ちよくはまる瞬間があるんです。これが、“組み立ててものを考える”ことが好きになった最初の転機ですね」
バンドを解散し音楽に一区切りをつけた矢野さんは、人気のネットショップを経営する会社にはいります。
「デザイナー志望だったんですが、結局オペレーションにまわされたんですよ。多いときには一日に200通くらいメールがくる仕事でした。それを一人でさばいていたので、回転率がすごく重要なわけですよね。これをこうしたら発注して、そのあとはこれに対応して、みたいなのをずーっと続けた結果、ついに、完全に“考える人”になってしまったんですね(笑)」
「全て、パズルを組み立てていくような感覚です。完全に構築してからものごとを進めるのが好きで得意になったきっかけだったので、今考えると、これらの経験は大きかったですね」と、矢野さんはいいます。
どれとどれを組み合わせれば、どんな色ができるのか。そして、どのようにブランドの舵取りをすれば、どんな未来図が描けるのか。それらをパズルのように多方面から考え尽くす現在の矢野さん。過去の経験は、対象は違えど自分が好きで得意なやりかたを明確にし、SUEKIにしっかりと活きているのです。
自由で、ちょっとラフな陶磁器メーカーをつくりたい
「手はふたつしかないから、作家としてつくれるものの数は限られていました。でも、たくさんの人に使ってもらって、多くの人に影響を与えられるだけの数をつくりたいと思ったんです」
同じものを同じようにいくつも生み出すことができる技術をもってして、多くの人々にSUEKIを届けている作り手たち
少し声のトーンを上げ、いっそう明るい口調で矢野さんは続けます。
「なんというか……自由で、アート性があって、ちょっとラフ。単純に、そういうかっこいい陶磁器メーカーをつくってみたかったんです。だから、自由な色合いをつくり出すディレクションをやってみてもいいんじゃないかなって。そういう陶磁器メーカーをやりたいと思いました」
SUEKIは、器ブランドである「SUEKI CERAMICS」のほか、「SUEKI YARD」という植木鉢のブランドも展開。用途こそ違いますが、どちらもぽってりと柔らかいフォルムに、吸い付くような手触り、生活に馴染む色展開がSUEKIらしさをかたちづくっています(画像提供:SUEKI)
より自由に、より日常へ
こちらは、SUEKIのあたらしい挑戦となるブランドの試作品
ずらしていく、という言葉の真意をあらためて確かめるように、矢野さんは未来の設計図をこんな風に説明してくれます。
「まだ販売前なんですが、新しく『SUEKI ALCHEMY(スエキ アルケミー)』という器ブランドを発表しようと思っています。このブランドでは、定番を持たずにやっていこうと思ってるんですよ。いい色をつくって、つくったぶんだけ売り切る、というように、釉薬を常に変えていこうと思ってるんです。『今年の春はこういうの。来年の冬はこういうの』って、毎回違うものに出合ってもらえるようにします」
焼き上げる前の試作品。ALCHEMYとは「錬金術」を意味します。「科学の焼成反応みたいな感じ。釉薬のおもしろさを押したブランドにしたくて名付けました」と矢野さん
「そうすると、たとえばアーティストっぽいゴツゴツしたものがいいっていう人はそれを買ってくれるだろうし、次はどんなものが出るかなと楽しみにもしてもらえるかもしれない。そういうスタイルにSUEKIを変えていく時期がやっときたと思います」
自分がいいと思うものを、自分がいいと思う値段で売っていきたい、と矢野さんは続けます。
「スタンダードはスタンダードとしてしっかりやって、アルケミーではちょっとはずれたことも自由にやっていく。自分が本当にいいと思えるものをつくり、おもしろいと思えることをやるんだと念頭におけば、結局すごくいいものがつくれるし、いい仕事ができるかなって」
そういって矢野さんは、はにかみながらも前を見据えました。
さまざまな日々を重ねるように、いくつもの色の器を重ねていく。そんな素敵な体験を、SUEKIはこれからもわたしたちに提供してくれるはずです。
(取材・文/澤谷映)
SUEKIはフォルムと使い心地のよさも魅力。ぽってりとした印象の厚めの器を持ち上げれば、サラリ・しっとりとマットな手触り。カップに口をつければ、驚くほど柔らかな口当たりです