泥(どろ)で描かれる、愛らしいパターン
ピッチャーは、フラワーベースにも。久保田さんの工房兼ご自宅のお庭からのぞむ植物は、すっかり初夏の茂りです
益子という焼き物の町で
3年ほど前に移って来たという工房を案内してくれる久保田さん
右手の少し高くなっている場所が、昔は轆轤(ろくろ)をひいていた場所。今は、土や泥の原料などが並びます
そう言って久保田さんが案内してくれたご自身の工房は、少し声の響く、ひんやりとした6畳ほどの作業場。ガラガラと音を立てる白い引き戸を隔てて、昔はおそらく陶工が3人ほど轆轤(ろくろ)をひいていたという大きさの部屋があります。「僕は物置みたいにして使っています」とおっしゃるそのスペースには、器作りのための袋入りの土や道具、乾燥中の器がところ狭しと並んでいます。
「益子の土が手に入りやすいのも、産地の良いところ」と久保田さん
細かく描く、”イッチン”という技法
「白く焼きあがる泥の原料があるんですけど、それを混ぜて、泥状にして、かけています。泥で模様を描く技法はいろいろあるんですが、僕はイッチンの技法が多いですね。細かく模様を描けるんです」
イッチン用の道具であるスポイト。「手で持つ部分の押し具合で強弱をつけて模様を描きます。例えば唐草模様は、最初をちょっと強めに出してスッスッて伸ばしたり、細く描いたり。押し加減で描けるところが好きです」と久保田さん
スポイトに泥を入れ、注射針のように少し捨て、模様を描き、またスポイトに泥を入れ、描く、という作業を繰り返します。描いている間は息をとめてスポイトを走らせる久保田さん。工房の外の風や鳥の音だけが聞こえる静かな空間で、時々思い出したように「んっ」と息を吐き出します。
ある程度乾かして成型した土に、スポイトで模様を描いていきます
と、一枚のお皿の模様を描き終えてくれたとき、それまでピンと張り詰めていた工房の中の空気が緩んだ気がして、こちらもホッと息を吐きだしました。一枚一枚、全部こんな感じで描くんですかとたずねると、「そうですね、息を止めちゃいます(笑)」と久保田さん。
「焼き物の工程を大きくわけると、土を成型して、細工をして、そのあと釉薬をかけて焼く、となるんですけども、僕の場合はこんなふうに細工の工程の部分が一番特徴です。泥の技法がすごく好きなんです。細かく、時間をかけてやることが性に合ってるんだと思います」
動物モチーフの細かい点も、スポイトを駆使して描きます(画像提供:久保田健司)
「本当に静かなので、音の出る作業、例えば土をこねたり叩いたりする作業は明るいうちにやっちゃうんです」
作業中は小音量でラジオをつけることが多いという久保田さん。夜中の静かな益子の町で、ポツンと明かりとラジオがついている小さな夜の工房の中、静かに、着実に、美しい器の模様は描かれてゆきます。
街灯などは見当たらない、工房周辺の景色。雨巻山(あままきさん)などの益子の山は背丈が低く、空の広い、自然豊かな風景が広がります
「職人になりたかったんです」
「大学は埼玉で、哲学系の文学部で芸術論を学びました。だから、実際にものを作る勉強をしていたわけではなかったんですけど、将来どうしようかなと思ったときに、“工芸の技術を継ぐ作り手が足りない”という東京の江戸のうちわ職人の話をテレビか何かで見て、『ああ、そうなんだ』って思って。職人になりたいと思ったんです。そんな流れの中でたまたま製陶所の募集をみつけたんです」
タイムレスな色使いの釉薬(ゆうやく)が美しいティーポット
「僕は職人になりたかったので独立する気もそんなになかったんです。でも、2011年の震災では益子も被害があって、僕がいた製陶所もなくなっちゃって。今は益子にも大きな製陶所はあまりないんです。それなら自分が勉強したことを活かして独立しようって思いました。で、強みはなんだろなって考えたら、イッチンが好きだし、得意だった。じゃあ、これで柄を描くのをやろうか、と」
「たまたま」みつけた職人募集から12年。自らの名前を背負ってものづくりをおこなう今も、久保田さんは製陶所の職人として培った技術と、ものづくりへの変わらぬ姿勢で器を作り続けています。
久保田さんだから作り出せる器
愛猫・おタンちゃんと一緒に
内側に泥のかかったカップ。次の日には外側にも泥をかけます
「例えばこのカップは、泥を二日に分けてかけてるんですよ。水分を粘土が一気に吸っちゃうんで、一度に全部かけると崩れちゃうんです。それを防ぐために、まず内側にかけて、次の日に外側をかける。これは作家さんによってそれぞれなんですけど、僕はこうやると失敗しないんです。まあその分ちょっと時間かかっちゃうんですけど」
「こういうのもつくります」と見せてくれたのは、また別のスポイトで泥をかけたスリップウェア。「道具によって、無理のないストロークというものがあるんです。その動きでできる柄を模索していきます」
久保田さんが窯を買った会社のカレンダー。窯入れの日や、窯出しのスケジュールがざっと書き込まれています。器のつくりとは違って、このあたりはざっくりしているところが面白いですね
腕を組んでみますか、というカメラマンの問いかけに、あんまりキャラじゃないかも……と笑う久保田さん。終始和やかな取材でした
久保田さんが出してくださったお茶菓子は、パッと明るくシーンを彩ってくれる器に乗っていました。ちょっと特別でゆっくりと過ごしたいときに華を添えてくれる、心ほどける優しい器。細かく丁寧な作業に手を抜くことのない優しい仕事は、久保田さんだからこそ作れる器を可能にしていました。
(取材・文/澤谷映)
(画像提供:久保田健司)