インタビュー
vol.60 川地あや香さん -道具とお菓子とお皿と。
暮らしから生まれた「わたしが作りたいもののカバー画像

vol.60 川地あや香さん -道具とお菓子とお皿と。
暮らしから生まれた「わたしが作りたいもの」

写真:千葉亜津子

金属工芸作家・川地あや香さんのいう作業の合間の「一服」とは、自作のお皿とカトラリーで楽しむおやつタイム。くまや小鳥の形をした真鍮のお皿に載せられるのは、川地さんが作る「カワチ製菓」のお菓子です。金属のお皿やカトラリーは、可愛らしくも甘すぎないバランスで心地良く日常の暮らしに馴染みます。暮らしの道具とおやつの時間をこよなく愛する川地さんの作品作りについてお話を伺ってきました。

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2017年05月05日作成

カーン!カーン!カーン……
わずかに雪が残る山形県ののどかな風景に、金属をたたく音が響きます。
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暮らしから生まれた「わたしが作りたいもの」
音の主は、金属工芸作家の川地あや香さん。真鍮やアルミ、銅、ステンレスの素材から、カトラリー、お皿、お菓子の道具など食まわりのものを生み出しています。
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暮らしから生まれた「わたしが作りたいもの」
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暮らしから生まれた「わたしが作りたいもの」
川地さんの手を通して作られるのは、暮らしに馴染む柔らかなフォルムの作品たち。くまの絵柄のお皿や小鳥をかたどった豆皿、様々な形のスプーン……やさしいフォルムのなかに遊び心を感じる川地さんの作品は、ひと目で心惹かれるものばかりです。
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金属というとシャープな印象ですが、その質感のおかげで可愛らしいモチーフのデザインも甘すぎず心地よいバランスにしてくれるのだそう。
「これはビスケット柄なんですけど、ドライな質感と合わせたくてアルミで作りました。これがほかの素材だったら甘すぎになってしまうかもしれません。真鍮にしろアルミにしろ、金属は可愛らしさを中和してくれるのがいいところです」
「金属のお皿」というと普段使いが難しそうと思いきや、甘すぎず、ひかえめな存在感を放つ川地さんの作品は、食卓にならべてもほかの器と馴染みます。
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「金属で作品を作るとき、使える色は少ないですが、色が豊富に使えると自由になりすぎて、私の世界観だともっと甘いデザインになってしまうことも。それに、色がないからこそ、いろいろなモチーフを使ってもまとまりやすいんです」
川地さんは、そういってやさしくお皿をみつめます。
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陶器の街、岐阜県多治見市の出身なこともあり、もともとは器や染色など身近なものに興味をもっていたという川地さん。それがなぜ「金属」を扱うようになったのか、伺うと面白い答えが返ってきました。

最初は「興味がないから、やってみよう」と思った


東京芸術大学出身の川地さん。金属工芸との出会いは大学に入ってすぐでした。
「工芸科にはいって最初にまず、自分の扱いたい素材を選ぶんですが、金属は力仕事のイメージだったしあまり興味がなくて。『もう一生やることはないだろうから、それなら在学中にやっておこう』って思ったんです。でも実際に手に取って扱ってみると、そのイメージは変わりました。硬いものを力づくでっていうイメージだったんですが、熱して叩くとものすごく柔らかくて。形が思うように変わるのをライブ感をもって楽しめたんです。永遠に”素材”で、最後まで形を変えられるのも魅力的だと思いました」
火にあぶって柔らかくなった金属は、叩き締めることでまた固くなる。それを繰り返して成形していきます。「ぐーるぐーると、3周くらい叩いて少しずつ深さをだしていくかなり地道な作業です」と川地さん

火にあぶって柔らかくなった金属は、叩き締めることでまた固くなる。それを繰り返して成形していきます。「ぐーるぐーると、3周くらい叩いて少しずつ深さをだしていくかなり地道な作業です」と川地さん

使い込まれた表情が素敵な真鍮のお皿は、ご主人がパンを載せて愛用しているもの。「もうちょっと深さを出したいと思ったら、また金づちで叩けばいいんです」と、少しずつ縁を立ち上げていく作業をみせてくれました。愛用品になってからもこうして手を加えることができるのが、まさに川地さんのいう“永遠の素材”を表しているようです。

そして作品作りについて話す川地さんが、何度も口にしたのは「道具」という言葉でした。
金属ならではの
「道具」を扱う面白さ
「金工をやってみて、すごい発見だったのは『道具がものを作らせてくれる』という感覚です。粘土のように手で自由自在に作れるものとは違い、逆に金づちを通してでしかできないものがあるっていうのが面白かった」
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お皿の絵柄は細長い「たがね」とよばれる道具に金づちをあて、打つことで模様を作っていきます。
「以前は、直接模様を彫ったりもしていましたが、今ある作品は基本的にはこの方法です。道具を一回通すことで、そのときの思いつきや感情、手グセもでない。そのほうが出来上がったとき『私のお絵かき』のような自我の強いものよりも、日用品として居心地がいいんです」
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たがねの先端をみるとさまざまな形をしています。これは川地さんが作品のために作ったオリジナル。
「これは鳥の羽根の部分を打つために作った形で、これはくまの指のために作った形。まずこのたがねという道具を作るところからが作品作りなんです」
これがあると組み合わせ次第で無限にいろいろなお皿の模様が作れるのだとか。
歯医者さんのような機械で削りながら細かい形に。このほかに金づちなどの道具も作品に合わせてオリジナルで作るというから驚きです

歯医者さんのような機械で削りながら細かい形に。このほかに金づちなどの道具も作品に合わせてオリジナルで作るというから驚きです

日々の食卓で使われるものを作りたい

作家でもあり母でもある川地さんの1日は、夜明け前の午前4時半、目覚ましの音からはじまります。
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朝でもできるパソコンでの作業をこなし、食事の準備のためキッチンへ。お子さんを起こして一緒に朝ごはんを食べ保育園へ送り出すと、夕方5時半のお迎えまではあっという間。その間に作品づくりをする日々です。「でも息子が熱を出してしまって作業が中断することも、昨年はよくありました」と川地さんは母の顔で笑います。

作家と母、そして暮らしと創作、川地さんの1日のなかにその区切りはなく、ごく自然につながっているようにみえます。日々キッチンに立つなかで「こんなお皿にマフィンを載せたい」「こんなものがあったらいいな」と思い描いたものを作品にすることが多いそう。できた作品は、使い心地を試しては改良を重ねていきます。
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暮らしから生まれた「わたしが作りたいもの」

「実際に使ってみて『日常にはどうかな』というのでボツになるものもたくさんあります。作りたいのは、日々の食卓に登場できるようなもの。『なにを使おう』と食器棚をのぞいたときに、少なくても週に1回は、もちろん毎日でも、選んでもらえるものにしたいんです。使うのがもったいないと言われることもあるのですが、特別なものではなく日用品として使ってほしい」と語ります。

「金属の食器は、拭き残しがシミや色むらになったりもしますが、洗って拭いてを繰り返すことで色も深みがでてくるんです。なので、ちょっと変色しても諦めずにたくさん使ってほしいです」

川地さんのお宅では、食卓でごはんを食べる息子さんの小さな手に握られているのも、真鍮と銀でできたスプーン。まだ不器用な子どもの手にも握りやすく使いやすいよう、考えて作られています。
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暮らしから生まれた「わたしが作りたいもの」
以前からスプーンを集めるのが好きだったという川地さん。ご自身の作品のなかでもスプーンの種類は豊富です。子ども用スプーンのほかにも、デザートスプーン、サーバースプーンに小さな小さな豆さじ、なかには枝豆の形のものも。
「私の作品は『ユーモアのあるデザイン』と表現していただくこともありますが、変わったものを作っているという意識はあまりないんです。どこまでも日常がベースにあって『こんなものあったらいいな』という暮らしの延長のデザインが多いです」

そういいつつも「あ、でも、スプーンマニアの私としては『見て楽しい』デザインのものも残しておきたいですけど(笑)」と、遊び心ものぞかせます。
並べてみると、まさに「みんなちがって、みんないい」。スプーンコレクターだという川地さんが作るスプーンは、ひとつひとつに個性がちらり。枝豆モチーフの長いスプーンはマドラー

並べてみると、まさに「みんなちがって、みんないい」。スプーンコレクターだという川地さんが作るスプーンは、ひとつひとつに個性がちらり。枝豆モチーフの長いスプーンはマドラー

川地さんのお話を伺っていると、日常と作品との距離が近い印象をうけますが、以前は少し違ったといいます。


見て楽しむデザインから “暮らしのデザイン”へ

「東京にいたころは"見て楽しむデザイン”という視点での作品が多かったんです。使えないオブジェみたいなスプーンとか」
川地さんは快活に笑いながら当時をふり返ります。
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暮らしから生まれた「わたしが作りたいもの」
在学中は、周りに大きな作品制作や難しい技法を研究する仲間が多く、川地さんも造形としての制作を志していました。そのため、なかなかお皿などの暮らしに関わるものを作る視点にならなかったといいます。卒業後、会社員をしながら作家としてスプーンや焼印をメインに制作していましたが、そのころも「暮らしに馴染むもの」というより「見るため」のデザインが多かったのだそう。

転機は、結婚を機にご主人の故郷である山形に移り住んだことでした。
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「東京を離れて、家族ができて……”暮らし”が自分のベースになったんです」
東京にいたころは美術作品として販売できるものを作る感覚だったといいますが、美術館に行く機会も減りそういった感覚が抜けていったといいます。そして、気軽な気持ちでシンプルな真鍮皿を作ったところ、それを「欲しい」という人が現れました。
「『あ、それでいいんだ』って思ったんです。珍しい技法や難しい技法を使うことにこだわらず、求めている人がいるものを作ればいいんだって」

それからは「見るためのデザイン」から「使うためのデザイン」を意識するように。もともと暮らしの道具や器が好きだったこともあり「暮らしのなかの必要なものを研究していきたい」という気持ちで作品を作るようになったといいます。
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大好きなお菓子からつながった、道具を作る楽しさ

「そろそろ、おやつの時間にしませんか」
取材の合間に、お菓子を用意してくださる川地さん。ころころ丸い形のクッキーにスコーン、マフィン……テーブルいっぱいに並ぶ美味しそうなお手製の焼き菓子に思わず歓声があがります。
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「おやつがなければ仕事はできない」というほどお菓子をこよなく愛する川地さんは、ご自身のクッキー型や焼印で作ったお菓子を扱うカワチ製菓の活動もしています。
「おやつの”一服”があるからやっていける。おやつがないともう、どう休憩していいか分からなくて途方にくれるんです」と笑います。

昔から変わらず、お菓子は食べるのも作るのも大好き。金属工芸をやろうと思ったのは、お菓子作りの道具が作れるというのも理由のひとつでした。
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「学生のころはお菓子作りがライフワークというくらい、友人の誕生パーティーで造形的なケーキを作ったりしていました。だから、金属でケーキやクッキーの型が作れるというのも魅力を感じたんです」

スプーンや調理器具など、食にまつわるものも好きだったので「ほしいものを作ろう」と、お菓子の道具を作りはじめました。
“おやつ”という焼印が押されたカワチ製菓のクッキーは、その名も「おやつチケット」。チケットのように切り離すのが楽しいお菓子です。

“おやつ”という焼印が押されたカワチ製菓のクッキーは、その名も「おやつチケット」。チケットのように切り離すのが楽しいお菓子です。

「私がいなくても勝手に生み出されていく」
それが、焼印を作る面白さ
川地さんは大学卒業後、食のセレクトショップで働くかたわら、カトラリーや焼印の制作をしていました。焼印の面白さを感じたのは、その職場から「オリジナルのものを作ってほしい」と頼まれオーダーメイドの焼印を作ったときのこと。
「私がいなくても、私の作った焼印という道具を使ってほかの誰かが作品を生み出していく……それを目の当たりにして、すごいなって思ったんです」
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暮らしから生まれた「わたしが作りたいもの」
「ほかにも、焼印を購入してくださったお客さまが『バナナにも押せたよ』『卵焼きに押してみたよ』なんて、使い方を開発して報告してくださったり。食べ物だけではなく革なんかにも押せるので、タグとして使ってくださる帽子作家さんもいます。道具のなかでも特に焼印は、ただ”ものを売る”のではなくて、“生みだす感じ”が強いですね」

自分の手から離れたあとも、自分の代わりに誰かが焼印を押すことで作品が作られる。つながり、広がっていくような感覚。それが焼印を作る面白さだといいます。
[現在、焼印のオーダー制作の受付けはしばらくお休み中です]

暮らしから生まれる、道具とお菓子とお皿と。

お菓子作りの道具を作る。その道具を使ってお菓子を作る。
そして、できたお菓子は川地さんが作った金属のお皿に載せられて、作業の合間のおやつタイムに。すべては川地さんの暮らしのなかで当たり前のようにそこにあり、ごくごく自然につながっています。
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暮らしから生まれた「わたしが作りたいもの」
「私自身も“使い手”としてもっとこの金属のお皿と仲良くなりたいんです」そういいながら、真鍮のお皿の上にスコーンを並べる川地さん。

川地さんの作品が日常の食卓に並べたときにすんなり馴染んでくれる理由は、すでに川地さんの生活の中で日々、愛用されているデザインだからのようです。

「さあ!おやつの時間にしましょう」
うれしそうに川地さんが笑います。


(取材・文/西岡真実)
川地あや香|かわちあやか川地あや香|かわちあやか

川地あや香|かわちあやか

山形の金属工芸作家。真鍮やアルミ、ステンレスなどの素材で器やカトラリーを制作しているほか、自作の焼印などの道具を使い「カワチ製菓」としてお菓子の制作活動も。主に食まわりのものについて、生活実験しながら、日々発信している。

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