異国の布文化を巡るvol.2~フランス伝統の「トワル・ド・ジュイ」
「トワル・ド・ジュイ」のテキスタイルはこのように、単色や二色使い。農村の営みなど、自然に寄り添う絵柄が多く見受けられます。絶対王政の象徴であるヴェルサイユ宮殿の、絢爛豪華さとは対照的。どこかほのぼのとした、牧歌的な雰囲気も放ちます。
今回の「異国の布文化を巡るvol.2」では、トワル・ド・ジュイ誕生の背景や、その優美な柄の世界をお伝えしたいと思います。
「トワル・ド・ジュイ」とは
フランスの伝統柄を施したテキスタイル
一般的に、現代のわたしたちが親しんでいる「トワル・ド・ジュイ」は、18世紀フランスで生まれたコットンプリント生地、また、その柄のことを指します。
木版や銅版を用いて捺染した生地のため、「西洋更紗」ともいわれています。
厳密には、18世紀にフランス・ジュイの工場でつくられたものが“本物”
実はこの町には、遡ること18世紀~19世紀、“ジュイの布”生みの親である、クリストフ・フィリップ=オーベルカンフ(1738-1815)が創業した工場があり、一大産業として栄えていました。着心地のよいコットン(木綿)生地で、比較的安価。先にあげた柄も大ブームとなり、類似品が出回るほど。
その工場で製造されたプリント生地こそが、正真正銘の「トワル・ド・ジュイ」。
作品名:Louis-Léopold Boilly「La famille Oberkampf」
http://www.louis-leopold-boilly.fr/
現在その本物は、150年以上の歴史を有し、高値で取引されるヴィンテージの一級品。また正規品と冠した製品をつくるには、当時の原版(木版・銅版)から柄を忠実に再現したり、商品ロゴを生地の端に入れたりと、ライセンス契約において様々な規定があります。
そして、トワル・ド・ジュイ風と称する商品なども登場しており、そのようなレプリカやアレンジが、身近なものとして親しまれているのです。
「トワル・ド・ジュイ」の歴史
ことの発端は、木綿を知らない国にもたらされた「インド更紗」
遡ること15世紀~17世紀にかけての大航海時代。交易品として、世界中に「インド更紗」がもたらされました。
「インド更紗」とはインド発祥の文様染めの布。天然の染料を用いて、手描きや木版捺染で、木綿の生地に柄を施す製造方法。それは庶民の普段着が麻から木綿へと転換する、大きな契機を生み、前回の「Vol.1」記事で触れたように、インドネシアのバティック、また日本にも影響を与えました。
国は木綿の生産禁止令を出し、強制終了に。しかし、ほとぼりは冷めず
フランス国内では、さらに更紗を自らの手でつくろうと、「トワルパント(捺染綿布)」と呼ばれるインド更紗の技法をとりいれた布地の製造方法も生み出されます。
そのように、本格的に普及し始めた頃、シルク(絹)やウールなどの毛織物業者からの弾圧を受けることに。そして彼らの要請を受け、伝統産業の衰退に危機感を覚えたルイ14世が、ついにコットンプリント生地の輸入、製造、使用を一切禁止する法令を施行してしまうのです。この禁止令が出たのは1686年、解かれるのは約70年後となります。
禁止令が解かれた後、国民の願いを叶えるかのように、工場が誕生
そこでフランスは、更紗製造技術の遅れを取り戻すために、外国から捺染技術者を呼び寄せますが、その一人こそ、20歳のオーベルカンフ。これが西洋更紗「トワル・ド・ジュイ」の始まりです。
右下には1806年のナポレオン1世の訪問時、オーベルカンフが勲章を授けられる姿も。
マリー・アントワネットやナポレオンなど、時の権力者にも愛されるほど
マリー・アントワネットはトワル・ド・ジュイを好み、晩年においても、オーベルカンフの工場でつくった服を愛用していたことが分かっています。
彼女の夫であるルイ16世からは「王位マニュファクチャ」の称号を与えられ、特権的な王立工場に。ナポレオンからは「レジオン ド ヌール勲章」を授与されます。ナポレオンの妻もジュイの布を愛用しており、当時の栄華が伺えますね。
キナリノ読者の皆さんにも好きな方が多い、デザイナーのウィリアム・モリスにも影響を与え、また、画家のレオナール・フジタの作品にも、ジュイの布が描かれています。
「トワル・ド・ジュイ」の優美な柄の世界
ジュイの柄は3万点。大半はインド更紗の影響を強く受けたオリエンタルな植物柄と、そこから発展したヨーロッパ好みの植物柄ですが、現代ではノスタルジックな人物柄こそが、トワル・ド・ジュイの代表柄と考える人が多いようです。
人物、田園風景、美しい草花、天使、鳩などが描かれたジュイ。当時の農村のお祭りの様子といった、暮らしぶりがわかるプリントも。どのようなものがあるのか、見ていきましょう。
◆ 自然に寄り添う人々の、美しい暮らし
そんな単色プリントの魅力を昇華させたのが、先に挙げたジャン=バティスト・ユエ(J.B.Huet)。田園の風景といった、自然に寄り添う人の暮らしを美しく描きました。どこか牧歌的な世界観を放ち、当時の人気の思想家、ジャン=ジャック・ルソーが説いた「自然回帰」の影響を感じ取れる作品も。
こちらは、1785年、ユエ初期の作品となる「四季の喜び」。柄を左右非対称に描く「浮雲スタイル」の代表例でもあります。
大きいサイズの生地に、その名の通り、春夏秋冬、それぞれの四季の訪れを愉しむ人々の姿が描かれています。こちらは、春の到来を、音楽とダンスで祝う人々の姿。一色ですが濃淡があるためどこか臨場感も感じられます。
こちらは「田園の楽しみ」。鹿やロバ、牛、犬、鴨の姿も出てきて、眺めていると、田園暮らしって楽しそう!とワクワクした気持ちになれますよ。
デザインの細かさ、メリハリが効かせたバランスのとれた構図など見事な美しさ。オーベルカンフがユエに絶対的な信頼を寄せていたというのも、うなずけますね。
◆ 当時の世相を反映したデザイン
こちらは、マリー・アントワネットの姿が描かれている、人気のデザイン「お城の庭」。「ベルサイユ宮殿の庭で、マリー・アントワネットが熱気球を見ている」という柄なのですが、実は、実際の出来事がもとになっています。
1783年9月19日、ベルサイユ宮殿の庭で、ルイ16世やロイヤルファミリーなど多くの人々が見守る中、熱気球の飛行実験が行われた時の様子を描いたものなんです。当時は一大気球ブームとなり、気球柄の生地もたくさん作られました。
そこで、疑問が浮かぶのが「この生地のどこに、気球の絵が描かれているの?」ということ。
実はこの柄の中のキツネ(画像中央あたり)が、もともと気球の絵。オーベルカンフが数年後に絵(版)の修正を命じて、キツネに変えたそうなんです。オーベルカンフは、気球柄がすぐに飽きられることが分かっていたんですね。
こちらは、18世紀~19世紀のヨーロッパで流行した、中国趣味の美術様式「シノワズリ」を楽しめるデザインです。
ヨーロッパの人の解釈で描かれているため、当時の中国をリアルにうかがい知れるというよりは、ヨーロッパの人々の、遠いエキゾチックな国=中国への憧れの気持ちを感じ取れるのが、大きな魅力。“ジャポニズム”のように、ちょっと目のつけ所が独特で、面白いですよ。
◆ 物語の世界
神話や文学など、物語の世界も、デザインのモチーフに。想像が膨らみますね。
こちらは、狩りをする月の女神・ディアンヌ(ダイアナ)が活躍する、ギリシア神話がモチーフとなっています。ライオンや白鳥やフクロウ、ウサギなど、様々な動物と描かれるのが特徴的で、美しい紋章のデザインに落とし込まれています。
今も私たちの生活に息づく「トワル・ド・ジュイ」
取り入れやすいアイテムをご紹介しますので、ぜひあなたのライフスタイルに取り入れてみてはいかがでしょう。
ファッションとして
キッチン&ダイニングで
テーブルクロスは、取り入れやすいアイテム。ジュイの柄に心が癒されて、自然と食事をいただく所作も、美しくなりそうですね。
季節に合わせて柄を変えて楽しんでみてもよさそう。
トワル・ド・ジュイのエプロン。水辺で遊ぶ子どもたちの様子が描かれていて、きっと毎日お料理するのが楽しくなります
よ。
空間を彩るインテリアアイテムとして
ジュイ柄のカーテンは、空間が品よく華やぎますね。光があたると、薄い色味の柄だけ際立って、美しいコントラストに。朝起きるときに、幸せ気分で1日のスタートを切れますね。
こちらは、カルトナージュで制作できるフォトフレーム。思い出の写真のまわりを、ジュイの伝統柄で彩ってみてはいかがでしょう。
生活感を出さず、お部屋をおしゃれに演出してくれます。
クリスマスの飾りにも!
もうすぐクリスマスですね♪
トワル・ド・ジュイの美しい柄を、クリスマスツリーのオーナメントとして楽しむのも素敵ですよ。
伝統柄の絵がそのまま飾りとなって、おしゃれな存在感を発揮してくれます。
ジュイに興味を持ったあなたへ。おすすめのお店をご紹介
ジュイ黄金期の柄がそろうオンラインストア「フロリレージュ」
「フロリレージュ」は、日本国内でオンラインショップを展開しているトワル・ド・ジュイの専門店。トワル・ド・ジュイ博物館とのつながりも深く、美術館公式グッズの取り扱いも。
フロリレージュ主宰の永島聡美さんは、トワル・ド・ジュイのセミナーで講師や、本の出版に携わるほか、2016年に開催されたBunkamuraでの「西洋更紗 トワル・ド・ジュイ展」の運営にも参加。16年のフランス滞在経験を活かして、日仏間の、トワル・ド・ジュイを通した文化交流にも努めていらっしゃる方です。
生地に加え、ジュイを使ったオリジナルグッズも充実。また、フランスから輸入したカルトナージュの道具・材料などの販売も手がけています。
こちらはオリジナルカレンダー。トワル・ド・ジュイの使い方が上品で、どんなお部屋にも合いそうですね。
フランス旅行の機会があれば、「トワル・ド・ジュイ美術館」へ
ぜひ本場・フランスに行く機会があれば、トワル・ド・ジュイが生まれたジュイ=アン=ジョザスにある「トワル・ド・ジュイ博物館」へ行ってみてください。
ジュイの伝統の魅力が詰まった場所。マリー・アントワネットが魅了された美しさを、本物を通して堪能してみてください。
最後に。
いかがでしたでしょうか。知れば知るほど、トワル・ド・ジュイの魅力は深まります。お気に入りのジュイの布を見つけたら手にとって、絵画を鑑賞するようにその美しさを堪能してみましょう。そしてぜひ、あなたのライフスタイルに取り入れてみてください。200年以上も人々に愛されてきた布ですから、そのシックな美しさは永遠であり、そして格別なものなのです。
波乱に富んだ時代を生きたフランス王妃、マリー・アントワネット。
浪費家でもあったことでも知られていますが、彼女の美意識や審美眼は、確かなもの。その道においては類い稀な才能を発揮し、ファッションリーダー、また、工芸品のコレクターとして、当時王侯貴族から一目置かれる存在でした。
そんな彼女が愛したものの一つが、今回ご紹介するコットンプリントの生地「トワル・ド・ジュイ」。