愛想の良さの裏に本当の気持ちが隠れていたら…
でも、愛想が良い人の全てが、ストレスが無いわけではありません。周りに気を使いにこやかな笑顔の裏で、もしかしたらため息をついているかもしれませんよね。
自分の意見を前面に出さず、何かを我慢する事が、周りに対しては優しさや好感と受け取られているのかもしれません。でも、いつもいつも自分を出さずにいると「あの人は何を頼んでも断らない」とか、「あの人は無理も聞いてくれる」と思われることに繋がってしまうのではないでしょうか。
そもそも愛想が良いとは何だろう。
1 人に接するときの態度。また、人当たりのいい態度。「店員の愛想のいい店」「愛想のない返事」
2 人に対する好意・信頼感。「愛想を尽かす」
愛想が良いとは、人が好感を持てるような態度や表情をしているさま、という意味です。相手に思いを馳せ、相手のことをしっかり考えているからこそ生まれる態度や表情であるならば良いのです。
でももし、相手に嫌われまいとしているだけだったらどうでしょうか…。他の人から見たらどうだろう、周りから自分はどう思われているのかなど、他人基準になってしまっているのかもしれません。
愛想が良いと言われる人の中には、「愛想が良い」に「お人好し」という言葉を重ね、そんな自分に対して嫌気がさしている方もいるでしょう。そして、もっと自分らしく生きたい、自分を出したいと思うのではないでしょうか。
「自分のための無愛想」とは
でも、無愛想って印象悪いよね…。
無愛想とは、「愛想がある」の対義語で、つっけんどんで愛想がないこと、という意味です。無愛想である事は、多くの人と関わりながら生きていく上で大きなマイナスになるものですね。
無愛想という言葉のとおり、ぶすっとした表情でいることや、ぶっきらぼうであれば、確かに印象が悪くなるだけです。でも、「自分のための無愛想」とは、いつも笑顔でありながら「必要以上に愛想よく振る舞うのをやめ、決して自分を下げない」ということです。
「自分のための無愛想」の在り方
たとえば、自分の意見をはっきり伝える、遠慮なくやりたかったことをする、の2つ。たったこれだけでも、どうでしょうか。愛想笑いとともに引っ込めていた自分の意見と行動を前面に出してみてください。
根拠のある言動は、誰からも受け入れられるはずです。そして、「言いたいことを言ってもいいんだ、やりたいことをやっても大丈夫だ」という自信と、自分の気持ちが尊重されたという充足感が生まれるはずです。
自分の心に正直であろう。
さらに、お世辞を言ったり相手に悪いからという理由でやっていた事など、あとで思い返すと苦い思いが胸に広がる類のことは、行動に移す前に自分の心をよく探りましょう。
また、必要以上に頭を下げることや下手に出ることも考え直したいところです。いくら自分を下げても期待したほど相手に響かず、本心からの言葉でないことが伝わってしまうもの、ではないでしょうか。
YESまたはNOはハッキリ伝えよう。
相手のことよりもまずは自分の気持ちを大事にしてみてください。たとえそれが、誰かの意見に反するものであったり、断りを入れなくてはいけない場合でも、です。
なんでも引き受けたり受け入れることが相手にとっても自分にとっても100パーセント良いとは言い切れません。ですが、なんでもYESだった時と比べれば、反対意見を述べたりNOとはっきり言うことは無愛想と思われるかもしれません。
でも、それは悪いことではなく、当然のことですよね。
もちろん、断り方や言い方には気を配りたいところです。しっかりと自分の意見を持ち、言えることは「自分のための無愛想」において大切なことです。
おわりに
「愛想が良くていい人」と言われても、実は大きなストレスを抱えている人が少なくありません。挨拶を交わしたり、一声かける場合の雰囲気の良さを表す“愛想の良さ”と、人間としてお人好しとイコールのように使われる“愛想の良さ”は全く別物ですね。
お人好しであることに疲れたならば、まずは自分を守り、大切にするために「自分のための無愛想」を試してみてください。そして、「素の自分を出しても大丈夫、やれる」という自信を手に入れて、自分らしく輝きませんか?
誰に対してもにこやかで、話しかけやすい雰囲気のある人はとても素敵ですよね。そういう人が、職場や集まりに1人いるだけで全体の雰囲気が和やかになるものです。