一方で、相手から投げかけられたたったひと言にひどく傷ついた、という経験がある方もいるのではないでしょうか。たったひと言にも関わらず、その記憶はいつまでもつきまとうものですよね。
どうして「言葉」で傷つくんだろう
例えば、職場の同期Aさんと Bさんで話しているとしましょう。
AさんがBさんに対して、「Bさんの部署はいいな。いつも早く帰れるし。私もそっちで働きたい。」と言ったとします。
Aさんのその言葉に対して、 Bさんが「そんな事ないよ。大変なんだよ私のとこだって。私こそ変わってほしい」と返せば、笑い話で済むのかもしれません。
ところが、 Bさんがそう返せない場合はどうでしょうか。
私のとこだって同じくらい忙しいのに…ひいては、私の部署ってそんなに軽くみられてるのかな、私の仕事は誰にでもすぐに変わることのできるものなんだ、私の仕事ってなんなんだろう…などと沸々と悩んでしまうこともあるでしょう。
「言葉」は受け手によって変わるもの
これは、同じ言葉でもBさんの受け取りかたによって、笑い話になるかもしれないし傷つく事になるかもしれないということです。
ここで考えたいのは、Aさんの言葉に含まれた意図よりも、Bさんの『負の連想』が重なることによって傷ついているという事。
もしBさんに確固たる自信があって、携わっている仕事にプライドがあれば、「何言ってるの」と一笑に付し、傷つくことはないでしょう。ここで沸々と悩んでしまうのは、Bさん自身が、自分の仕事や役割に不安を抱いているからではないでしょうか。
想像が行き過ぎると、言われていないことまでまるで言われたかのような気持ちになったり、言葉とはまるで関係ないところで思い悩むことも…これでは自分自身で自らを傷つけているようなもの、ですよね。
例としてもうひとつ、「ありがとう」という言葉。言われて素直に嬉しいと感じる人もいれば、かえって嫌味に感じたり馬鹿にされたように思い込み、傷つく人もいるでしょう。
でも、言葉だけを見れば「ありがとう」は良い言葉です。言葉自体には傷つけるという意味づけが出来るはずもなく、それを受け取った側の状況や心理状態によって傷つけるものになり得てしまいます。
「言葉」で深く傷つかないために
だからといって、どんな時でも前向きに言葉を捉えるというのはとても難しいことです。どんなにポジティブであろうとしても、時にはマイナス思考に陥ることや落ち込む事もあると思います。
ですが、落ち込んだままだと相手の放った「たったひと言」から負の連想に苛まれ、自分で自分のことをますます傷つけてしまいかねません。それはまるで、ようやく治ってきた傷のかさぶたを剥がすのに似ています。
まずは言葉を「言葉」として捉えること
もし傷つきそうになったなら、言葉を「言葉」として捉えることを意識しましょう。それ以上でもそれ以下でもなく、単に言葉のまま受け取るべきだと自分に言い聞かせます。
相手の意図を想像しない
「あの人はどうして私にこんなことを言ったのだろう、どういう意味だろう」など、気にかかる言葉については後から思い返したくなるものですよね。でも、会話の中で「どういう意味?」と聞くのでなければ敢えて思い返す必要があるでしょうか。
相手に本当に伝えたいという意図があるならば、きちんと伝えるはず。それが曖昧であるなら、気にする必要はなく、気になったとしても全てをはっきりさせる必要はありません。さらりと流してしまうことも時には必要です。
自分に自信を持って、大切にすること
自分が負の連想をいつまでも続けるということは、傷つけ続けるまたは、傷口を何度も開くのと同じことです。今の自分をしっかりと認め、大切にすることで、そんな連想は止めにしましょう。
仕事をしたり家事をしたり、それぞれのもつ役割を全うしていることは、とても素晴らしいことです。今の自分に自信を持ちましょう。誰かと比べることなんてありません。
おわりに
受け手側がそうであるように、言葉を発する方にも気持ちの浮き沈みがあります。時には攻撃的であったり、意味深な言い方をしてしまうことがあるかもしれません。
もしそんな言葉に出会ったら、相手の状況を思いやる気持ちの強さと優しさで、聞き流しましょう。人として互いに尊重しながら、誰も傷つくことのないような言葉のやり取りをしたいものですね。
同僚や友達、家族など、気心の知れた相手とたわいもない会話をすることは、楽しくて気持ちのリフレッシュにもなりますね。悩み事や心配事があっても、会話をすることによって解決した経験がある方もいるでしょう。