「年はとりたくない」という心理はどこからくるの?
“年をとる=失う物が増える”という思い込み
“老いは克服すべき試練”だと思っている
年を重ねることへのそうした不安は、「なるべく長く若さを保っていたい」という心の焦りを生むことがあります。
心身の健康を気遣うことは確かに大切ですが、加齢を否定的に捉えるあまり憂鬱になってしまう人にとって、老化現象のすべてはまるで克服すべき大きな試練のようです。
しかし、実際に高齢者と呼ばれる年齢の方々に今の生活について尋ねてみると、決して不満の多い人ばかりではありません。
むしろ、「若い頃より楽しい」と答える人も多いのです。
これは一体どういうことなのでしょう?
高齢になるほど幸福感が増す【加齢のパラドックス】
若い頃より多くのものを失うはずの高齢者が、実は幸福感の低下どころか向上を感じている現象は、世界各国の心理学的調査で明らかになっており、「加齢のパラドックス」「高齢化パラドックス」あるいは「幸福感のパラドックス」などと呼ばれています。
パラドックスとは、「逆説」のこと。つまりこの場合、客観的に見れば老いるほど減退するはずの幸福感が、当人にとっては逆に増しているという矛盾した状態をさします。
では、なぜ高齢者の方がより幸せを感じると言われるのか、その詳しい理由を見てみましょう。
高齢期に幸福感が向上する理由とは?
人と比較される場面が減ることで心が平穏になる
仕事を引退したり、それまで参加していたコミュニティから身を引く年齢になると、少し淋しさを感じる一方、無理な人付き合いから解放されて気が楽になることがあります。他人と自分との能力差や境遇を比べてストレスを感じる必要もなく、自分の価値観に従ってマイペースに過ごすことができる毎日は、心に平穏な幸福感をもたらしてくれると言えます。
自分らしい新たな居場所を見つけられる
今の自分に最適な目標を立て、じっくりと向き合うことができる
年をとっても努力によって若者に負けない体力や知力を磨き続ける人もいますが、多くの人はある程度の時点で「年相応」という現実に上手に対応していきます。今の自分にふさわしい目標を立て、焦らずじっくりと歩んでいく楽しみを見つけた高齢者は、例え結果が思ったように出なくても自己否定することなく、挑戦することそのものに幸福を感じると言われています。
自分の経験を若い世代に引き継ぐ充実感を得られる
高齢者の豊かな人生経験は、後に続く若い世代の大きな助けとなります。異なる世代がお互いの知識や考え方を分かち合うことは新しい刺激をもたらしますし、人生の先輩としての役割を与えられ頼られていると実感することは、高齢者の心身を元気にしてくれます。
現実を受け入れることで、人生への焦りや不安から解放される
年齢による自身の衰えを実感するのは誰にとってもつらいものですが、いつまでも若さや理想にこだわっていると、年を重ねるほど自分に対して否定的な気持ちが生まれてしまいます。年齢と上手に折り合いをつけながら今の生活を楽しめている高齢者は、「人は生きていれば誰でも老いる」という現実を穏やかに受け止め、人生につきまとう焦りや不安からも解放されていると言えるでしょう。
他者との関わりに深い価値を見つけることができる
人生の終わりを意識すると、多くの人は生と死に関する観念が変わると言われています。今まで当たり前に過ごしていた日常や季節の移ろいに心を動かされたり、家族・友人との絆に改めて感謝の念を抱いたりしながら、そこに幸福感を見出だします。
また、自己中心的な考え方から抜け出して、残りの人生を社会や他人のために役立てることに歓びを感じる高齢者が多いのも、こうした他者との関わりにこれまで以上の深い価値を見ているからかもしれません。
年をとることを楽しむ人の考え方
高齢者と呼ばれるほどの年齢にはまだほど遠いのに、いつからか年をひとつ重ねるたびにちょっと憂鬱になってしまう人が増えてくるのはなぜなのでしょう。特に女性の場合、結婚・出産の適齢期というリミットも影響するため、若さが損なわれることに大きな不安を抱える人が多いと言われています。
描いていた人生設計が思ったようにいかなかったり、将来に関わる選択に迷って落ち込むような時は、なおさら未来への不安が膨らみがちです。このまま年を重ねていって私は大丈夫なのかな?ちゃんと幸せになれるのかな?なんて思い悩むこともありますよね。
一方で、加齢を自然なことと受け止め、人生の選択に納得しながら、その年齢に合わせた暮らしをポジティブに楽しんでいる人もたくさんいます。若い頃ではできなかった物事の捉え方や価値観に徐々にシフトしていくことで自分らしさを発見し、かえって若々しく輝いて見えるのです。そんな人たちの考え方には、どんな特徴があるのでしょうか?
自己を確立しているため、物事への判断基準が明確
仕事の上でも、また私生活に於いても、若いうちは未経験のことに多く挑戦するためさまざまな場面で迷います。しかしそこで悩みながら選択を続けて来たことが自己の確立に繋がり、ある程度の年齢に達する頃には、自分にとって後悔の少ない決定がどれなのか、判断するための基準が明確になってきます。そのぶん無駄に悩まなくても良いので、時間を有意義に使う事ができ、精神的なストレスも軽減できます。
物欲が減り、必要なものだけがあればいいと思える
流行の服や雑貨に目移りしたり、子どもたちのために必要なあれこれを買い揃えたり。家の中に物が増えすぎて、整理整頓に苦労する時期は誰でも一度は経験していると思います。でも、次第に年齢を経て仕事や生活環境が変化し、子どもたちにも手がかからなくなってくると、物欲に対する向き合い方も少し変わってくるようです。
一定の人生経験を経た人ほど、これからの生活に本当に必要なものとそうでないものをはっきりさせたい、と考える傾向が強くなります。最近ではミニマリストという言葉もよく聞くようになりました。使い勝手の良い厳選したものだけを手元に残し、できるだけ身軽ですっきりとした暮らしを選びたいという人は、今後もさらに増えていくかもしれません。
経験を積んだ分、若い頃のような漠然とした不安が減る
就職、結婚など決断しなければならない節目が続く年齢には、不確定な将来への期待や不安に心が大きく揺れ動きます。
それに対し、一通りの人生経験を積んだ大人は、自分が選び取った結果である今をどう充実させるかという点に重きを置きます。若い頃よりは自分の感情を扱うことにも長け、精神的に安定しやすいと言えるでしょう。
背伸びすることなく、今の自分を受け入れることができる
若い頃に様々なチャレンジを続けてきた人は、その経験によって自分の得意なことがわかると同時に、どうしても受け入れられなこと、向いていないことも自覚しています。可能性を求めてあらゆることを頑張る時期も必要ですが、自分という人間がだいたいわかってきたら、等身大の自己を受け入れることも大切。背伸びせず、飾りすぎずに生きていこうと決めると、人生をもっと楽しむ余裕が生まれてきます。
終わりがあると意識することで今を大切にできる
体力にも気力にも自信がある若い頃には、時間の使い方や自分の健康についてもあまり深く気に留めることはありません。
でも少しずつ体力が衰えてきたり、同世代の健康問題が話題にのぼる年齢になると、やがて自分にも老いが近付いてくるのだと気付き始め、少し不安になる方も多いのではないでしょうか。
ですが、何事にも限りがあると気付くからこそ、有限である時間の使い方や健康な身体の有り難さ、周囲の人々との繋がりの大切さについて改めて見直すことにも繋がります。自分が今持っているものの価値をわかっている人ほど、何気ない毎日を丁寧に暮らすことができるのかもしれません。
否定的な感情が少なくなる
自分の価値観を中心に物事を判断しやすい若い頃は、違う意見にぶつかると「なぜわかってもらえないのか」と苛立ったり悲しくなったりしがちです。でもやがて多くの他者と出会い、交流を重ねるうちに、相手にも相手の言い分があること、正解はいつもひとつとは限らないことがわかってきます。否定的な感情を一旦置いて、まずは理解を深めようとする姿勢は、長い社会経験の中で育まれた大人ならではの余裕と言えます。
ある一定の年齢を越えると、私たちはつい年を重ねることをネガティブに考えがちです。高齢になるほど体力は落ちますし、退職を迎える頃には収入が減ると同時に、社会との関わりそのものが薄れてしまったような心細い気持ちになることもあるかもしれません。“年をとる=多くのものを失う”というイメージは、加齢に対する不安の大きな一因と言えるでしょう。