インタビュー
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vol.57 きのね堂・中里萌美さん -めぐる四季を感じながら焼く、日常により添うお菓子

写真 : 千葉亜津子

誰もが持っている、ほっと気持ちが緩む一日のすき間。日常のそのひとときにより添うお菓子を―中里萌美さんが作る「きのね堂」のお菓子はそんな想いで焼かれています。素直な味わいのシンプルな焼き菓子は、不思議と食べる人の心をほどきます。四季を感じながら歩んできた「きのね堂」のこれまでとこれからについて、中里さんに伺ってきました。

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2017年03月24日作成
小麦粉、お砂糖、卵にミルク。
ただの材料だったのものが、泡立てられ、混ぜ合わされ、焼かれることで、美味しいクッキーやマフィンやケーキに生まれ変わる。それはちょっとした魔法のようです。

そんな風に作られたたくさんの焼き菓子の中でも、ときたま「これは」とハッとするものに出合うことがあります。
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「きのね堂」のクッキーは、ひと口かじるとふくよかな小麦の味が広がり、すんなりと「美味しい」に変わります。抵抗なくすっと馴染む素直な味わいは、心をじわり、やさしくほぐしてくれるよう。
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隠し味が知りたくて原材料表示を見てみても、至ってシンプル。「国産小麦粉、素焚和糖、自然塩」……5つほどの材料で作られた、バターを使用しない植物性のお菓子がほとんどです。

だとしたら「美味しさのヒミツ」はどこにあるのでしょうか。きのね堂の中里さんに伺ってきました。

そのときどき、めぐる季節を感じて作るシンプルな焼き菓子

できるだけ国産、無農薬、旬の食材を選び、四季にあわせたシンプルなお菓子を焼く。そんな気持ちを大切に日々、研究しながら作られているきのね堂のお菓子。
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ちょっと困ったようなやさしい表情の男の子「おかっぱちゃん」のクッキーや、塩気が絶妙な一口サイズのサブレ、天然酵母を使ったガレット・スコーンなど、可愛らしくも美味しい焼き菓子は中里さんがひとりで焼き続けてきました。

きのね堂スタート当初は、週に1度の製造で予約販売と委託販売の納品分を作っていましたが、4年かけてじわじわとファンが増え、一時は入手困難になったことも。
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「今では、ここで毎日焼いています」
アトリエとして借りている都内マンションの一室で、焼きたてクッキーの香りとともに出迎えてくれた中里さん。週1回の活動で手が回らなくなった現在は毎日お菓子を焼く日々ですが、それでも時期によっては品薄になってしまうのだとか。
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「こだわりすぎない」という、きのね堂のこだわり

いつもお菓子をつくっているのは、柔らかな光が入るちいさな厨房。窓辺にはご自宅の庭でとれたハーブが飾られていたりと、まるで一般のお宅のキッチンのように空間を楽しむあしらいがあります。
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「ちょっとクッキー作りましょうか」と中里さん。作業台の上に手際よくボウルを用意すると、北海道産の小麦粉を業務用の大きな袋から取り出していきます。

当初、小麦粉は国産か輸入のものか、さまざまな選択肢のなかで迷ったそうですが、選んだのは無農薬ではない日本の小麦粉。
「国内や海外のオーガニック小麦粉を仕入れることも考えましたが、コストや日本の自給率のこと、ポストハーベスト*などの面をみてこれに決めました」
“食材のことから、お菓子を作るときの過程も含め、いかにシンプルにお客様の手にお渡しできるか”というのが、きのね堂の考え。それにもとづいたシンプルな選択でした。
*ポストハーベスト農薬―農産物を収穫した後に使用される防かび剤や殺菌剤のこと。日本では禁止されているが、海外から輸入されている農作物には、輸送中にカビなどを防止するため薬剤が散布されることがある
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「自分が説明できないものは入れたくないので、材料はよく考えて選んでいます。でも、必要以上に“オーガニックであるべき”っていうことにこだわらないようにしているんです。こだわればこだわるほど、コストも高くなってしまうので。特別なお菓子ではなく、日常のお茶のお供にしてもらいたいから」
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きのね堂のブログには覚書と称してこんな言葉があります。

“一言でおやつといっても、捉え方は人の数だけあると思うのです。気のあう友人や恋人、家族と食べる15時だけでなく、デスク仕事をしながらつまむ17時も、子供を寝かしつけた後に食べる22時も、残業後の帰宅2時も、ぐっとこらえて朝一番6時も。
ほっと緩むおやつの時間は存在していて、そんなときのきのね堂のお菓子であれますように”
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日常のすき間により添う気軽なおやつになりたい。きのね堂のお菓子にはそんな願いが込められています。できるならオーガニックで国産のものを。こだわりは大事だけれども、手の届きにくい値段では気軽な日常のおやつにはなれない。そこには悩んだ末に導き出した“こだわりすぎない”という、きのね堂のバランスがあるよう。

話をしている間にも、塩が入れられ、なたね油とメープルシロップが加わり、あれよあれよという間に材料がひとつの固まりになりました。
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小麦粉、塩、なたね油、メープルシロップ。材料はこれだけ。これ以上ないくらいのシンプルなクッキーです。
「特にこの生地はすごくシンプルなんですが、喜ばれるみたいで。都内の納品先の中には定番で置かせていただいてるお店もあるんです」

飾り気のない味は、“シンプルなのに美味しい”のか、“シンプルだから美味しい”のか、都会で出合えるとうれしくなる味なのかも知れません。
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のばされた生地が小鳥のクッキー型でぬかれていきます。作り始めてからわずか5分ほど。あっというまのでき事に驚いていると「目をつけます」と取り出したのは、フォークと箸!
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まずは、ちょんちょんっとリズムカルにまゆげを。そのあと箸で目をつけると……つぎつぎと小鳥に豊かな表情が生まれていきます。そう、きのね堂のクッキーの顔は「フォークの柄」で描かれていたのです。「シュールですかね」と笑いながらも、まゆげのカーブがちょうどよいのだそう。

業務用オーブンにいれて待つこと数十分、焼き上がりの音とともに良い香りが。
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厚い扉を開けるとちょっぴり困ったような、勇ましいような、さっきよりもすこしふっくらとした小鳥たちがひしめきあってこちらを見ていました。

季節のうつりをお菓子で表現したい

四季を感じて、そのときどき旬のものをいただくことを大事にしている中里さん。きのね堂のお菓子にも季節の香りを焼きこみたいと話します。
「今の活動では季節の味を作ることができていませんが、季節感を取り入れたお菓子も焼いていけるように長い目でシフトしていきたいと思っています」
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きのね堂のブログを覗くと、そこには移りゆく季節の小さな変化を逃さず汲み取る日々がつづられています。

丸まった猫のようにみえるネコヤナギのつぼみ、咲くのを待ちわびているアジサイ、どこからともなく気まぐれに香る金木犀。それは日常の中のほんの些細なものですが、中里さんの暮らしには、いつも真ん中に「四季」があるようにみえます。
「せっかく四季のある日本にいるのなら、それを楽しみたいと思うんです」と、そう穏やかに話す中里さん。
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とはいえ、ただでさえ自然のリズムを感じにくい都会。忙しいとなおさら、わずかな季節の変化を見逃してしまうものですが、東京にいながら鮮やかにそれを感じる心の余裕をもっている中里さんのことが不思議でした。最近まできのね堂とほかの仕事のかけもちだったと伺っていたから。

「忙しいから季節が見えないとは、私は思いません。場所や環境によってたしかに気持ちや視点も変わりますが、本当に大切なのは、場所や環境ではなくとらえ方だと思うんです。今もひとりでやっているので、アクシデントがあれば徹夜になったりということもありますが、私は東京で忙しくしていても、季節のうつりを楽しみたいんです」

ゆったり暮らしてるように見られるという中里さんですが、お菓子作りはハード。なんと16時間作り続けることもあるそう。それでも「楽しい」といいます。
もともと器用なタイプなのかと思いきや「本当は不器用で、習い事ひとつとっても長く続けることができない性格」と謙虚に笑う中里さん。

では、きのね堂はなぜ4年も続けることができたのでしょうか。

お菓子だけは続けられて、そこにやりがいも感じた

中里さんは高校卒業後、長野県安曇野市にあるペンション「シャロムシュッテ」にあるレストランでお菓子担当兼料理アシスタントとして働いていました。シャロムシュッテは、パーマカルチャーや自然農法、循環する暮らしを提案する宿。自然菜園をベースに宿泊棟やレストラン、ショップ、イベントスペース、森の幼稚園などがあります。そこで、店頭で売る分の焼き菓子とカフェのケーキ、ディナーで提供するスイーツを焼いていました。
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シャロムヒュッテで働いていたときに印象的だったのは、農家さんと調理する人のつながりや、お客さまの手に届くまでの距離の短さだったといいます。
「知り合いの農家さんが作った野菜だと思うと、無駄なく使いきりたいって思う。“作り手がみえると、大切にする”っていうのが当たり前のようにあったんです」
きのね堂の看板クッキー「おかっぱちゃん」は、長野にいた頃に震災のチャリティーで焼いたスマイルクッキーをアレンジしたもの。いじらしい笑顔につられて思わずにっこり、顔がほころびます

きのね堂の看板クッキー「おかっぱちゃん」は、長野にいた頃に震災のチャリティーで焼いたスマイルクッキーをアレンジしたもの。いじらしい笑顔につられて思わずにっこり、顔がほころびます

緑あふれる静かな土地で1年ほど働いたのち、中里さんは東京に戻ることに。
「なにかをするのに、場所も大事だけど、それだけじゃないって思ったんです。『ここだからできる』っていうよりは、どこにいようと“自分がどう考えるか”が重要だって」

さて次はなにをしよう、と考える小休止の日々。実家でのんびりと過ごしながら植物性の焼き菓子を作っては、それとはなしに会う人会う人にプレゼントしていました。すると、知人から「うちに来るお客さんが好きそうだから販売してみたら?」と声をかけられ、思いがけず友人以外の人にクッキーを作ることになったのだそう。
「作ったものをラッピングしてもっていってたら、その場で買って食べてくれた人がすごく喜んでくれたんです」
そういって目をキラキラさせる中里さん。
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「あたりまえというか、ただそれだけのことなんですけど。こんなに作ってて楽しくて、こんなに喜んでもらって、お金までもらえる。こんなに、自分に合う仕事はないなって思いました」と、声に力がこもります。

そうして、きのね堂が生まれることになりました。
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なにか新しいことを始めるとき、最初の一歩は「えいっ」ととても勇気がいるものです。
「今思えば無知がよかったのかなと思います。経営者としての視点よりもさきに、『コレしかない』って気持ちが強かったんです。私が作ったお菓子を喜んでくれる人がいるっていうのがうれしくて」
きのね堂のちいさな歩みの始まりでした。

なんでも“根っこ”が大事だから

きのね堂の名前の由来をたずねると、
「木の根っこです。なんでも根っこが大事だなと思って。気持ちの根っこはもちろんだけど、食べることが生きる根っこにつながっていたり……そんな意味の“根っこ”です」と、やわらかくも力強く答える中里さん。
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中里さんの“根っこ”は、シャロムヒュッテで働いていたころの経験がもとになったといいます。
「都会では食べ物も自分でチョイスする感覚がありますよね。でも長野では、畑からその朝とれた野菜を中心にメニューを決めるという感じだったんです。需要と供給が合わないこともあるけれど、そういうときには買って手に入れればいい」

都会にいると、「動物性のものは食べない」「オーガニックなものをチョイスしたい」といった食へのこだわりが、ときに不自然になってしまうこともあります。
「食について考えてこだわったこともあったけれど、誰かとごはんを食べているときに、動物性のものを食べないとか、残しちゃうっていうほうが不自然な気がしたんです」
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「だから、『与えられたものを食べる』っていうシャロムシュッテでの経験が、すごくシンプルで無駄がないと感じました」

自然のものをいただきたい、とこだわりすぎて不自然になるくらいなら、あるものをいただく。きのね堂の「こだわりすぎない」という根っこは、たしかにここから繋がっていました。

自分の歩幅で、季節を感じながら進んでゆく

都会にいても田舎でも、自分だけの歩幅をもっている中里さん。それはきっと、たくさん考え、実践してきた人だけが導き出せるもの。
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お菓子を作るのが楽しくて、喜んでもらえるのがうれしくて。お散歩するように道草しながら進んでいたら、新しい景色がみえてきた。きのね堂の歩みは、そんな風にもみえます。

「この先も、規模を大きくすることは今のところ考えていません。自然のあるところで知り合いの農家さんや自分で作った食材でお菓子作りをして、作り手とお客さまが短い距離で繋がるよう続けていけたらいいですね」
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これからも景色をながめ、めぐる季節を感じながらてくてくと。
きのね堂は今日も、ちいさな歩幅で進みます。

冴え返る日々に春がまじりゆく、季節の歩みのように。


(取材・文/西岡真実)
きのね堂・中里 萌美 | kinonedo・なかざと もみ きのね堂・中里 萌美 | kinonedo・なかざと もみ

きのね堂・中里 萌美 | kinonedo・なかざと もみ

2012年スタートのお菓子屋。都内と地方の店舗数か所に置かれている。コンセプトは「出来る限り国産、無農薬の素材を選び、シンプルな日常のお菓子をつくる」。日本の四季を大切にし、子どもも安心して食べられる素材を使用すること、そして過剰包装をしない環境に優しいお菓子づくりを日々研究している。

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