「美味しいもん食べると幸せな気持ちになる自分がいるのでね。それを仕事にできたら、なんて素敵な仕事なんやろかと思って」
そう言いながら、まあるくかわいいおはぎを、ちょっとした魔法のように次から次へと作り上げるのは、「森のおはぎ」の店主、森百合子さんです。
大阪・岡町にある「森のおはぎ」。小さな店舗にはお客さんがひっきりなしに訪れます
「大納言雑穀もち」を一番端に、「深炒きなこ雑穀もち」「ほうじ茶黒米もち」「本醸造みたらし雑穀もち」「くるみ黒米もち」「黒ごま黒米もち」が並びます
季節の素材を使用したおはぎも人気です。一番左側が、季節限定の「焼き栗黒米もち」「密黒豆雑穀もち」
春には「花桜よもぎもち」、「塩うぐいす雑穀もち」や「木の芽味噌雑穀もち」、夏には「焼とうもろこしもち」や「ずんだ黒米もち」、そして秋は「鳴門金時雑穀もち」なども並びます(画像提供:森のおはぎ)
それぞれの素材を活かす、試作を重ねた甘みと塩気
「普通、おはぎって一個食べたらお腹いっぱい。でも女の人って欲張りやから、いろいろ食べたいというか(笑)。うちのおはぎは、3つ4つはペロッと食べていただけると思います」
いくつも食べられる秘密は、大きくもなく、小さくもないかわいいおはぎのサイズもさることながら、どうやらおはぎ全体の“甘み”と“塩気”にあるようです。
上品な甘さの「大納言雑穀もち」用のあんこ。このあと3種類の雑穀を混ぜ込んだ、もっちりプチプチとした雑穀もちをくるみます
例えば、あんこと雑穀もちの美味しさがスッと感じられる“大納言雑穀もち”と、きなこの旨みを大事にしたい“深炒きなこ雑穀もち”では、それぞれに合う甘さであんこを炊き分けています。森のおはぎで扱うきなこは大豆を深く炒っており、普通のきなこよりも苦味や香ばしさがしっかりあって色も濃い。そのため、大納言用のあんこをきなこと合わせると、なんだか甘みが足りないのだそうです。
「きなこに合う甘さであんこを炊いたら、『ああ、ちゃんと美味しいな』となったんです。素材にあわせていくことを大事にしています」
手間を考えたら、それぞれのおはぎ用にあんこを用意せず、一種類のあんこで大納言もきなこも作りたいところ。それをしないのが、それぞれの素材の味を存分に味わうためのこだわりです。
「くるみ黒米もち」などに使う黒米もちは、お赤飯よりもしっかりと濃い色をしたもち米。くるみあんとのグラデーションが美しい
「これはね、くるみアンです。白あんにくるみを練りこんだらこの色になるんですよ。くるみって、布を染めたりもできるみたいですよ。良い色ですよね」
香りが良さそうですね、とつぶやくと、そうなんです、と嬉しそうに話してくれます。
「そうなんですよ。ちょっと荒く刻んだくるみとしっかり潰したくるみを練りこんでいて、たまにコリッとした食感と香ばしさがくる感じです。くるみのほかにも、味に深みと塩気を足すためにちょっと白味噌が入っています。食べたあとに塩味がちょっと残る方が、つい『もう一個』と食べたくなるという味になる。通常、保存を良くするためもち米にも砂糖を入れたおはぎが多いんですけど、うちはもち米にも塩気があるようにしています。あんこも甘い、もち米も甘いという、逃げ場がないのがどうも苦手なんですよね」
最後にくるみを乗せる作業。「森のおはぎ」のおはぎは、すべての工程が食感と美味しさ、そして見た目の美しさに繋がります
けれどもその甘みと塩気は、決してごちゃっとせずに、それぞれがすんなりと口のなかで役目を果たして、喧嘩をしません。甘さとしょっぱさが滑らかで、柔らかくて、混乱をまねかない味。ああ、いいんですよ、"美味しい"は私がやっときますからね、任せてよ。とおはぎに言われているような安心を感じます。
「ものづくり」をするときの、お客さんとの「距離」を大切にしたいと思った
「布団の柄、ベビー布団の絵などのデザインをしていたんですよ。そこで働いているときは、自分がおはぎ屋さんをやるなんて想像もしていなくて」
取材中も、森さんは常連さんから次々と話しかけられていました
「会社に入っていると、どうしてもお客様の顔が見えにくい仕事になりますよね。でも、自分が作ったもんは自分の手で売るっていうのが、やっぱり一番、伝わりやすいじゃないですか。自分の中でそういう違和感がずっとあったので、“ものづくり”にも“お客さん”にも近いことを自分でやりたいなと思うようになったんです」
食べたら幸せな気持ちになる、日常のお菓子
「大学時代にも喫茶店の厨房でお菓子を作るアルバイトをしていたんです。昔から、何かお菓子を作って、美味しいもんを食べると幸せな気持ちになる自分がいるのでね。それを仕事にできたら、すごい、なんて素敵な仕事なんやろなと思って。じゃあ何をやりましょう、と考えてたら、『あ、私、おはぎめっちゃ好きやん』って気が付いて」
一番人気は、やはり一番スタンダードな「大納言雑穀もち」。おはぎの身近さを残しつつも、新しい何かに出会った味がします
「ずっと食べたい」と思ってもらえるもの、と考えたときに、いったい自分は何を好きで食べているかということに思いをめぐらせ行き着いたのが『おはぎ』だったのだそう。
「仕事帰りに、疲れたらおはぎを買って食べるということをしていたんです。でも、自分がおはぎ好きっていうことに、最初は気が付かなかったんですよ(笑)。何が一番好きで食べてるかなって考えたら、そういえば私、めっちゃおはぎ食べてるなって思い出したんです。最初、『おはぎ』は地味すぎて思い浮かばへんかったんですよ(笑)」
森さんにとっておはぎは、気付かないうちに手が伸びる、食べたら幸せな気持ちになる日常のお菓子でした。
おはぎに負けず劣らず人気のわらびもちと、かわいらしい最中。取材中訪れた常連さんが、「今、わらび餅ありますよ」という森さんの声に「じゃあそれいただくわ」と即決されていました
そうしみじみ話す森さんの手の中では、とってもかわいらしい(お話を伺ってもっと愛着のわいた)おはぎが、またひとつ、出来上がっていきます。
かわいい手提げ袋や、弟さんの作った看板
金属工芸作家の戸田泰輔さんによる看板。戸田さんは、森さんの弟さん
お店の雰囲気に合ったお品書きは、森さんのお母さんの書
鹿児島睦さんには、「できれば動物ではなく、花柄で、森のおはぎのイメージに合う絵を描いてもらえないか」と相談したんだそうです。「それから、なんだかちょうちょを飛ばしたいような気がしたので、そういうことだけお伝えして原画を描いてもらったんです」
そうして鹿児島睦さんから届いた原画を自分たちでレイアウト。オープン当時から変わらない、人気の手提げ袋が出来上がりました。
鹿児島睦さんが原画を描いた手提げ袋
テキスタイルをやったあとに、なんで突然おはぎ?と聞かれるけれど
「巾着包みは、ギフトじゃないけど、おもたせのシーンで。トトロの包みじゃないですけど、ちょっとした、気軽なお土産用として喜んでいただけます。本当にちょっとしたことなんですけど。同じ中身でも袋がちょっと凝ってるだけで嬉しいというか。『手土産なんて 、そんなんいつもいいよ』って遠慮する方にも気軽に渡していただけるみたいで、巾着包みで、と希望されるお客さんも多いんです」
そういうアイディアは森さんが考えられるんですか?と聞くと、なんでもない感じで森さんは答えてくれます。
「あ、そうですね。できるだけ自分たちでやろうと思って。ショップカードだったり、紙類のデザインとか、シールとかも。おはぎ自体が今までにない感じのおはぎで、異質なもんというか、新しいもんなんで受け入れてもらいにくいかもしれないじゃないですか。だから、こういう下町みたいなところで販売するときに、親しみのある雰囲気のほうが『寄ってみたい』っていう空気が作れるのかなと。はじめて自分が持つ店やのにきどってるのもなんか違うし。なんかこう、あたたかみのある感じ、寄りやすい雰囲気がいいな、って」
気の利いた包みとして人気の紙袋での茶巾包み
「例えば販売台も、昔から使われてる水屋たんすを使いたいなあって思ったんです。扉のガラスも、手づくりのガラスなんですよ。今はもう機械でガラスを作っているから珍しいものなんです。そうしたら、『え、これゆらゆらガラスやん』とか言っておじさんとかも興味示してくれたりとか。『こんな良いもん、今なかなかないで』みたいな感じで。若い子で、水屋たんすのことを知らなかった方も『このたんすが良い感じやから私も探しました』とか言ってくれるんです」
水屋たんすなど、昔からの良いものを配した店舗
「芸術系の大学に行っていたことで、見るものだったり見せ方だったりを学んだことがあったので、そういうものが活きているなと思います。結構、『テキスタイルをやったあとに、なんで突然おはぎ?』『全然違う方向!』って思われる方が多いみたいなんですけど、やってみたら、全てに繋がってくるぐらい役立っていることが多いんです。デザインの会社に入ったことも、ショップカードだったり、なにかしらに使う紙類のデザインに繋がってきていたりして、これやってなかったらできなかったなってことがすごく多くて。おはぎ屋をやるために色々やってきたんかなというぐらい、繋がってるなあ、と思います」
いつか、森の中で「森のおはぎ」を
「北新地のお店もおはぎをメインにやってるんですけど、そっちではまた違う展開ができたらな、と今思っているんです。おはぎじゃないもの、とか!今はちょっと、スタッフの子と考え中なんです。何か楽しいことができたらなと思って。計画中です!」
「最初は、一人でのんびりやろうと思ってたんですけど。でも、なんせ手づくりなんでね。はじめたら、『あ、これ一人は無理や』ってなって。それですぐ人に助けてもらおうってなりました(笑)」と、森さん。
「ゆくゆくは、森の中でお店をやるのが夢なんです。 『森のおはぎ』なんで(笑)。でも全くお客さんが来られないところでやってもしょうがないので、“都会に近い田舎”のようなところで。 ちょっと行くと木々がいきなりすごく生えてるとかね。近いのに、同じ街にいるような感じがしない、そういうほっこりするような場所が作れたらなと思って」
おはぎにとどまらない「森のおはぎ」の次の一手が楽しみ
取材日に出勤されていたスタッフさんたちと
懐かしいのに瑞々しい感性で作られ、ブレがなく、素直で嘘のないおはぎの味。そんな味のおはぎは、こういうお店のもとで生まれるのだなあ、と、そう感じることのできる「森のおはぎ」でした。
(取材・文/澤谷映)
おはぎを作るのは朝とお昼の二回。店舗の隣の建物で作っています