
リアル店舗は存在しないのに、サイト内を回遊しているうちにそんな錯覚をおこす。たとえるなら一軒家を改装したお店だろうか。一歩足を踏み入れると、床や天井にまで商品がぎっしり。レジ脇や階段のすみっこで見つけた思わぬお宝を手に取っていると、店員さんと目が合う。やたらなセールストークはないけれど、ひとたび商品のこととなると熱く、その小話に心が躍る。
ひとつひとつの品に愛着をもったころには、ずいぶんと時間が経っていた。また寄ってみよう、と鼻歌まじりで店を後にする。……と、ここまでは妄想だが、画面のむこう側に人の顔がみえる稀有なネットショップであることは間違いない。

2019年に逝去したガラスデザイナー、オイバ・トイッカ氏とは、数多くのオリジナルを開発してきた。彼がデザインした代表作のうちのひとつ「バーズ バイ トイッカ」コレクションは、世界中に熱狂的なファンをもつ。写真は1968年に作られたアートピース「Pampula vase」(通称・ポムポム)をもとに、全19種類を2年かけてスコープが復刻したもの

(scope OMKページより)
ホームページやメルマガ限定で開催されるユニークな企画にユーザーは夢中になる。OMK(オーエムケー)は購入金額に応じてレアな“オマケ”がもらえたり、抽選に応募することができるご長寿企画。独特の「シャチョウ語」は、学生時代にラジオではがき職人をしていたことにより鍛えられたものだ
幻の「BAR・スコープ」!?

“シャチョウ”こと代表・平井千里馬さん
「Windows 95」が日本で発売されたころ、大学にインターネット回線が引かれたことで、夢の解像度はもっと高くなった。おしゃれなインテリア雑誌に掲載されているほとんどは、地方では手に入らない。でも、ネットがあれば日本中どこにいても自由に売り買いができる。

2018年に完成した事務所兼スタジオ。バーの夢はほぼ果たされているかも!?

スコープはみんな料理上手。この日はスタッフ・マツヲさん手作りの「mokkapala」(※フィンランドのモカケーキ)で迎えてくれた

平井さんが着ていたのは、オイバ・トイッカ氏の家族から譲り受けたシャツ。テキスタイルは、同じく親交が深いデザイナー・石本藤雄氏が手がけたもの

リアルイベントに出展することも。毎回大盛況でブースは長蛇の列になる。楽しい反面、お客さんが年々増えて対応ができないのが悩みだという。
「参加してくれる人は増える、でも運営スタッフの人数は変わらない。全員に満足してもらえる内容にすることが難しく、終わってみればどこかに不満が出ていて、毎回ごめんなさい!って感じです。去年、名古屋城で開催した『SOCIAL CASTLE MARKET』でも対応できなかったお客さんが沢山いる。スタッフ全員参加のご当地名古屋で限界なんだから、東京開催はいつか!と思いはしても夢のまた夢です」
(写真提供:scope)

創立当時から出店している「楽天市場」。毎年、約4万店の中から選ばれる「Rakuten SHOP OF THE YEAR」でも入賞常連。楽天のショップは、レビュー数約17000件に対し、☆4.81と高評価をキープしている

若かりし平井さん(左)、創立メンバーで現在は専務取締役の平山侑嗣さん(右)
(写真提供:scope)
本当に「価値あるもの」を探して
「僕はバイヤー的な能力はないので、最初にティーマ*なんかを見たときは『普通の皿やん!』って思いましたからね(笑)。でも平山が『取引できたら人気出ると思う』っていうなら、やらないって選択肢はない。当時、イッタラの輸入元の担当者とすごくウマがあって、それをきっかけにフィンランドに行くようにもなって。黙々と掘り下げていった結果、今に至っている」
「僕は影響されやすいので、『この人すごいな』って思うと、とにかくその人の考え方を覚えようとするんです。熊田さんは、『和の神様』みたいな人。彼の話す和食器に関する言葉が、あまりにも意味が分からなくて、それを理解したくて、ものすごく勉強しました。『どんなものに価値があるのか』ってことを深く考えるようになった。今の礎は、このときにできたんじゃないかってくらい、僕の中で東屋との出会いは大きいです」

北欧のものとも相性がよい東屋の器。こちらは「印判 印判豆皿」のスコープ別注品。柄はクリエイティブグループ・ボブファウンデーションが手がけた(写真提供:scope)
その答えを出すために、試行錯誤の日々が始まる。あるとき、お客さんから「この雑貨を買う人が、この家具を買いますか?」と指摘され、家具の取り扱いをすべて終了した。それまでは、前職で付き合いがあったメーカーから手ごろな価格で直送してもらい、「非常に守られた状態で」取引していたという平井さん。売上は激減したけれど、今まで自分でも抱えていた違和感に終止符を打ち、後悔はなかった。
2010年には、「スコープアパートメント」と命名した商品撮影用のマンションを借りた。三か月の審議の末、やっとのことで契約が決まった部屋は、240平米、家賃50万円の大物だ。一大決心のきっかけは、展示会で目にした同業バイヤーたちの発言だった。「いいじゃん!全部いっちゃおう!」と次々と買い付けする彼らを目にし、「何を以てして『いい』といってるんだろう?」という思いが平井さんの頭をよぎる。同時に閃いたのが、この企画だった。

平井さんが所有するバードコレクションを並べて。スコープアパートメントの象徴ともいえる圧巻の景色(写真提供:scope)
クリエイターたちの心を動かす「閃き」

スコープ虎の巻をすこし見せてもらった。常に持ち歩くノートは2冊。撮影や開発のアイデア、自分の考えをしたためる。振り返るのが嫌いな平井さんは、終わった仕事や古い考えを消し、常に自分をアップデートしていく
「もともと僕が一方的に知っていて、『この人とこういうことをしたい』ってアイデアが頭の中にいっぱいあるんです。だから初対面で『こんなことできる?』っていうのをいきなり伝えてしまう。社交辞令的に『今度アトリエに来てよ!』っていわれたら、その場でスケジュールを聞いて本当に足を運ぶ。名古屋に招待するときは、観光も兼ねて全力で長い時間を一緒に過ごすから、そういうところで記憶に残っていくのかもしれないですね」
スコープオリジナルバード「KYHJYU(キューヒュー)」の試作舞台裏。ヌータヤルヴィガラス工場でオイバ氏を囲んで(写真提供:scope)

テキスタイルデザイナー・石本藤雄氏と(写真提供:scope)
「結局、僕は仕事人間で、ずーっと地続きで『どういうことをすればいいか』って考えている。これは石本(藤雄)先生に頼んだらおもしろいかも、とか、これならインゲヤード(・ローマン)に、って閃いたら提案してみる。そのときに彼らに困っていることがあれば、一緒に悩んで解決策を探します」

左は画家のヘルヤ・リウッコ=スンドストロムさんが平井さんに贈ったもの
私腹を肥やすつもりはなく、本人はいたって大真面目だったが、千里馬少年は「完全に干され」てしまった。けれど、もう「千里馬くんと遊んじゃダメ」という大人はいない。「誰も実行しようとしなかったこと」を現実にする平井さんの閃きは、クリエイターの心を動かす力を持っている。
問題解決が仕事!スコープの舞台裏

名古屋市内にある4代目倉庫。現在は岐阜の5代目倉庫にメイン業務は移っているけれど、4代目倉庫も個別撮影スタジオへ変化して活躍中

個別販売のページより

スペース節約のため、出荷する分だけをその日の朝に組み立てる

Artek(アルテック)の名作、スツール60がずらり

この日撮影していたのは、Alvar Aalto (アルヴァ・アアルト)のベース。「ピンク色の濃淡にけっこう差があるから、個別で撮った方がおもしろい」と平井さん
「僕は絶対に会社を作ると決めていたので、とにかく色々な経験がしたかったんです。だから安定していない会社の方が魅力的だった。給料なんていくらでもいいと思っていた。結局、最初に入社した会社は倒産したんだけど、そこでどんな理由で会社は倒産するのか?どうしたらそれを回避できるのか?人はどう変化するのか?多くのことを学んでスコープを作っている。そのときに、身軽にしておかないと会社は潰れると感じたから、リアル店舗はださないことに決めちゃった。『やらないこと』を決めないとなんでも脱線するタイプだから(笑)、スコープではギフト対応もしないし、卸しもしない。ずっと同じメンバーでこのままやっていきたいので、少人数で生き延びていくためのことを常に考えてます」

問題が起こったり行き詰ると、平井さんはチームごとに「合宿」としてリフレッシュするための場を作る。外に出る機会が少ない受注チームの宿泊先は、海外にすることも。
「いつもと違う環境で、問題を洗い出すんです。マニュアルじゃないところからホテルのサービスを学んでみようと、 受注チームとは上海にある超高級ホテルで合宿しました。どうせなら楽しくて気分も上がる方がいいですしね。僕が行きたいってのもあるのですが(笑)」
「いろいろ無茶振りも多いから、ある日社員が一丸となって20人くらい退職するんですよ。みんな何でもできるし、『私たちのネットショップ作ろうよ!』とかいって。そこから残った人たちで奮闘して、売上を伸ばすっていう。今度はそういうストーリーが欲しいなって(笑)」

モノを捨てない未来を目指して

今年の4月に休刊したスコープ会報誌
「道端に捨てられている布団やソファ、僕めっちゃ怖いんですよ。そのまま放置していると、水を吸って地獄のようなものになるじゃないですか。自分の家から外に出て捨てればなんでもいい、みたいな意識がもう、恐怖でしかない。たとえば1枚5000円の毛布が量販店に山積みされていると、これっていつごみになるんだろうって考える。いらない物なのに、それを売り買いしてるんだよなって」

余った会報誌は丸めて緩衝材に。破れにくい紙を使用するなど、研究を続けている。今はどんなことよりも緩衝材のことで頭がいっぱいだという

現在は、美術館や展示会などのポスターを詰めている。「無駄もなくなり、楽しみが増える」と、今のところ一番しっくりきているアイデアだ
スコープの連載「ヘルシンキの台所」より(写真提供:scope)

「ヘルシンキの台所」より(写真提供:scope)
「フィンランドの友人が『これゴミ箱で拾ったんだ、すごいだろ?』ってヴィンテージのスツール60を持ってきたこともある。そういう世界がいいんですよ。今は、時代を超えて認められているヴィンテージ品を買って、どう価値を残しているのかを研究しています」

オークションで落札した1950年代のプレートをチェック中

カタログを眺めるのが趣味だという平井さん

イギリス発のオークション会社「PHILLIPS(フィリップス)」のカタログ
「未来の価値って保証されたものじゃないから、難しいですけどね。僕も『これ使わなくなっちゃった』っていうものはやっぱり出てくる。でも、そういうものは案外フリマでサーッと売れていく。不要になったときに、せめてそれがサイクルできるレベルにあるといいなって思うから、商品はちゃんとしたものを届けたい。そういう目線で選んでいると、本当に人が買うものって減っていく。『それじゃスコープも売れなくなるじゃん!』っていわれるけど、そうなったらこんなに素晴らしいことはない。そのときはスコープは解散!ということで、ぜんぜんオッケーですよ。僕も安心して老後を生きていける(笑)」

(取材・文/長谷川詩織)
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