――日本の遺伝子を、前へ。
この力強いコンセプトを掲げているのは、愛媛県・松山市を拠点としている「株式会社エイトワン」。「使う・食べる・旅する」を切り口に、「砥部(とべ)焼」や「今治タオル」のブランドをはじめ、地元の食材を活かした飲食店や宿など、愛媛に伝わる文化を様々な形で展開している会社です。
こちらも媛ひのきを使用した「湯椅子 水月(みづき)」。なめらかな質感が心地よく、木の香りも楽しめます
デザイナーは「温泉ソムリエ」!?
「温泉に行くと、壁にお湯の成分が書かれた表(※温泉分析書)みたいなのがあるじゃないですか。温泉ソムリエは、あれを見て興奮できるっていう人です(笑)。一応そういう協会があって、ランクはいろいろなんですけど、受講して勉強すれば取得できます。単純に、本当に温泉やお風呂が好きで、より温泉のことについて知りたいっていう人たちの集まりですね」
「YUIRO」ブランドディレクターの渡部真史さん。特に好きな温泉地は奥日光なのだそう
「実は、愛媛にいるときは全然(温泉を)好きじゃなくて。その当時はそんなに温泉施設もなかったので、特に関心はなかったんですよ。でも東京で働くようになって、たまたま関東の温泉に行ったときに『地域によって泉質にこんなにいろいろ違う恵みがあるんだ!』って驚いて、それからはその面白さの虜になりましたね」
道後温泉本館(画像提供:YUIRO)
そんなとき、知人の紹介でエイトワンの代表取締役社長である大籔崇さんと出会います。エイトワンの経営理念は「心からの感動をクリエイトする」こと。人とのかかわり合いを大切にするという信念や、経営に対する新しい考え方。大藪さんの描くヴィジョンは、渡部さんにとってとても共感できるものでした。そこから「ぜひこの人と仕事をしたい」と思うようになったといいます。
ブランド立ち上げ当時の企画書や資料
渡部さんはすぐにブランドの企画書を作り、大藪さんに提案。愛媛の様々な文化の良さを様々な媒介を通して伝えていきたい大藪さんと、湯道具を通して温泉文化をもっと楽しんでもらいたいという渡部さん。必然ともいえる出会いののち、二人はその場で意気投合。ブランドのスタートが決まりました。
最初にぶつかった「産地」の壁
温泉や銭湯に連れていきたくなる「かすり湯かご」(画像提供:YUIRO)
アイテムは、愛媛や四国を中心とした伝統工芸の技術を活かし、各地の職人さんのもとで生産されています。たとえば、「かすり湯かご」や「歯刷子(はぶらし)スタンド」は、愛媛に伝わる「伊予竹工芸品」という竹細工を取り入れたもの。茶の湯の道具や花を生ける道具として、古くから人々に親しまれてきました。
歯ブラシを編み目に立てて使用できる「歯刷子スタンド」。その下は、750年もの歴史がある愛媛の菊間瓦で作られた「瓦トレイ」です(画像提供:YUIRO)
作務衣が様になる「虎竹工房 西川」の西川静廣さん。終始楽しいトークで場を和ませてくださいました
薄く剥いた竹ヒゴで底を編んでいきます。篭によって底の編み方はさまざま
話しながらも、熟練されたその手が止まることはありません。竹ヒゴがみるみるとかごの形に変化
「東京でデザイナーとして働いていたので、ものづくりのことは分かっていたつもりだったんです。でも、地方だと作れる場所が意外と少ないんですよ。東京の場合は下町に、小さな工場がたくさんあるんですよね。それも少なくなってきてはいるんですけど、発注先に困ることはなかったんです。『こういう加工がしたい』っていって、ちょっと探せばみつかる状況だったんですけど、愛媛だとそれが本当にないんです。ブランド立ち上げで、どれくらいの発注数になるかが読めない。だから少量でも対応してくれるところ、となると数が限られてきてしまって」
ぬくもりある製品の向こう側にあるのは、人と人とのかかわり合い
「YUIRO」をプロデュースしている、株式会社インスピリットの代表取締役・植木美夫さん
そう語るのは、エイトワンのグループ会社である「株式会社インスピリット」の代表、植木美夫さん。インスピリットは、YUIROのデビューと同時に2015年2月に設立し、ブランドのマネージメントを受け持っています。「職人さんも含め、YUIROに関わる人たちは穏やかな人が多いですよ。大体いつもカリカリしてんのは僕くらいでね(笑)」とはにかみますが、いいえ、ご本人もとても朗らかなお人柄です。しかし植木さんのおっしゃるとおり、実際にお会いしたみなさんは、厳格な「職人」のイメージを覆してしまうほど、本当に親しみやすい方々ばかり。YUIROのアイテムを眺めていてほっとする理由は、作り手やデザイナー、関わるスタッフの人柄がにじみ出ているからなのだと腑に落ちます。
桶に使用される木材の加工を行うのは、「株式会社LINK WOOD DESIGN」。こちらも愛媛県内にある会社で、主に木材を使用した家具の製造・販売・リメイクなどをおこなっています
写真は代表の井上大輔さん。とてもやさしく工房内を案内してくれました
底面に使用する木材を塗装中
「YUIROは一般の製造メーカーより主観が強いというか、個人の思いが強いものが上がってきますね。会社の方向性というよりは、デザイナーの色がかなり出る作り方だと思います。反対に、お客さんの手元に届くところまでの管理がわれわれ運営側の仕事。もっというと地方の職人や産地の弱点は、そこに手が回らないところなのかなって。そういう意味ではこちらが持っているノウハウをすこしでも産地を更新していくことに活かしたいな、と思っているところです」
植木さんと、「YUIRO」ブランドマネージャーの田上真由美さん。PR、受注管理、営業となんでもこなします。明るく、てきぱき、心配りができる気持ちのよい方でした
インスピリットの社員は現在7人。ほかのブランドも手がける中、かなり大変なのでは……と思いきや、みなさんそれすらも楽しそう。販売側と作り手側では、どうしても気持ちや向かうところにズレが生まれがちですが、誰かが誰かの気持ちに寄りそうことを、全員が自然に実行している。東京・愛媛の両方でYUIROチームのみなさんにお会いして、そんな印象を受けました。そして、「モノ」を作り出し、それに魂を込め動かしてていくのは、やはり「人」であるのだと、再確認させられるのでした。
これからの「ものづくり」には、新しい風も必要
「国際ホテル・レストラン・ショー」でのブース(画像提供:YUIRO)
「インテリアや雑貨の展示会と、まったくお客さんの層が違うので面白かったですね。温泉施設のおじちゃんが、いきなり『これ50個でいくら!?もうちょっと安くならんのぉ?』って、その場で交渉が始まったり(笑)。逆にショップのバイヤーさんだと『とりあえず会議にかけてみます』、とか時間がかかったりするので、ありがたいですよね(笑)」
こちらは「湯桶 四季折々」。お湯を注ぐと底面の絵柄が浮かび上がり、自宅のお風呂でも温泉にいるような風情を感じることができます
「どうしても今の日本の住宅のお風呂だと、テイスト的に合わないんじゃないかって思う人もいるかもしれないんですけど、今は普通の住宅でもお風呂に凝り始めてる人が増えてきているんですよ。ひのきの浴槽とか、石のタイルを貼るだけで簡単に施工できるものも出てきたり、だんだん住宅のお風呂スタイルも変わりつつあるみたいで。そんな人たちにYUIROのアイテムを使ってもらって、すこしでも『日本のお風呂』を感じてもらえたらな、と思います」
こちらはパイルとガーゼを組み合わせて織られた「霞タオル」。ピンクとブルーの2色展開で、いずれも瀬戸内海をイメージして作られた今治タオルです。薄く速乾性があり、繊細で心地良い肌触り
「今、IoT*とか増えてきているじゃないですか。そういうものをどこかに入れ込もうかって考えが、ちょっとだけ頭の片隅にあるんですよ。自然素材のものなのに、実はチップが埋め込まれている、とか。ちょっとしたテクノロジーを入れたアイテムを、今後作るかもしれないな、と。残念ながら時代の流れっていう部分もあるんですが、ものづくりにおいて何か新しいことに取り組んでいくのであれば、そういった技術も切り離せない感じになってきていると思うので。逆にそこがないと、新しい差っていうのは生まれていかないんじゃないかな」
様々な「場所」と一緒に温泉文化を伝えていきたい
「すごくありがたくて、こちらとしても非常にやりがいがあることだと思っています。ショップさんからお話をいただくことは多いんですけど、旅館や温泉施設との接点がまだまだ少ないので、そこは今後の課題でもありますね。旅館の人の話を聞いていると、『本当はアメニティや設備にもっとこだわりたいんだけど、以前から決まった卸し問屋さんに発注しているからなかなかできない』っていう葛藤もあるみたいです」
「今、すごい勢いで銭湯が潰れているらしくて。『東京銭湯』では、銭湯っていう文化を継承していきたい若い人たちが集まって、実際に喜楽湯を運営したり、自分たちのメディアで魅力を発信していくってことをされているんです。えらいなあ……と思って。ここも面白いんですよ。オープン15分前くらいから近所のおじいちゃんおばあちゃんが入り口の前に集まって世間話してたり(笑)。『ALWAYS 三丁目の夕日』みたいな世界観で、ほんとコミュニティができ上がってて」
施設内の冷蔵庫には、なつかしいドリンクが並びます
「喜楽湯」の番頭さんと、看板猫のタタミ
「東京銭湯」の取締役番頭(!)後藤大輔さんと渡部さん。喜楽湯の入り口にて
そして、「ゆ」という音にも3つの意味が込められています。
人に「優」しく、「愉」しく、人を「癒」す存在でありたい――
古くから「湯治」という言葉があるように、湯に浸かることで身体が癒されたり、気持ちをリセットできる温泉は、日本独特の文化です。
いまや住宅のお風呂はとても便利になり、いつしか湯に浸かることは日常に埋もれた「作業」のようになりました。それでも、私たちが温泉に惹かれるのは、単に身体を清潔にするだけでなく、それを取り囲む「情景」で、心をきよらかにすることができるから。
「YUIRO」の湯道具たちは、そんな「あたりまえ」で「特別」なしあわせを、私たちに思い出させてくれるのです。
(取材・文/長谷川詩織)
撮影協力 喜楽湯
埼玉県川口市川口5-21-6
【営業時間】15:00 〜 23:00 無休
富士山をモチーフにしたYUIROの「富士桶」。媛ひのきを使ったボディの美しい木目と、かわいらしいフォルムが特徴です