シャツに、ニットに、仕上げにアウター。どんなに一生懸命着込んでも、からだにじわじわと響く冷え込み。それは、足元のケアがおろそかになっているからかもしれません。
温かく包み込んでくれる、とびきりお気に入りの靴下があれば、冬の暮らしがもっと心地いいものになるはず。
ブランドを手掛ける板井美紀さんと玉井綾子さんが、素材や編みの組み合わせを考え抜き、足がきれいに見えるように丈感までこだわってデザインしています。同じシリーズでも、さまざまなカラーバリエーションを展開するなど、飽きずに楽しんでもらえる工夫がいっぱい。
足元から湧き上がってくる喜びは、おしゃれをもっと楽しみたくなる気持ちにしてくれます。本来の使われ方とは異なりますが、「おしゃれは足元から」というフレーズがぴったり。愛用する人の中には、こう嬉しそうに口にする人も。
履き口が重ならないように、靴下はそれぞれ異なる長さに。段違いに重なることで、足首を締め付けず、すっきりと見えます
まだ冷えとり靴下を販売するメーカーが少ない時代。冷えとり健康法を知った板井さんは、シルクの5本指靴下を履き始めると、小さな変化を実感したといいます。
工場の人と冗談をいいながら楽しそうに話す板井さんと玉井さん
「KARMAN LINE」の製品は、奈良県のいくつかの工場で製造されています。「工場があってこそのブランド」と話すふたりにとって、工場はチームの一員のような存在。
ひと続きになっている袋状の冷えとり靴下(3足目/シルク)
「ときおり、裏面のシルクが表面に入り込んでしまったり、指を入れる部分に傷が入ってしまうことがあるんです。そうならないように、微調整できるのは、職人の手しかありません。一旦、きれいに編まれ始めても急に不備を起こすこともあります。そうすると生地の表情も変わってしまうので気は抜けません。常に編み機の周りをぐるぐると回って職人の目で確認し続けるんです」
小坂さんの表情は、穏やかながら真剣な眼差し。引き受けたブランドの価値を担うという責任がにじみます。
「URANUS」の5本指靴下は、靴下やタイツのインナーとしても使用できます
まるで自分たちのブランドという心意気で、「KARMAN LINE」の靴下を作ってくれる工場。その誠実さに触れ、ふたりが奈良でものづくりをする理由が見えてきました。
「臓器がある上半身に比べ、下半身は冷えやすいんです。そのため、下半身を温めるために、冷えとりの基本は、半身浴だといわれています。そして、その状態を保つために冷えとり靴下を履きます。半身浴をする時間がないとき、外出時など冷えとり靴下を履けないときは、湯たんぽや足湯をしたり、家にいるときだけ冷えとり靴下を履いたり、生活スタイルに合わせて取り入れてみては?とお伝えすると、『なるほど、じゃあ家にいるときだけ』『寝るときだけしようかな』って気持ちが変化するんです」
目で見ることができない冷えとりの力を体感したことで、あらゆる物事への見方が広がり、さまざまな可能性を信じることができるようになったと板井さんはほほ笑みます。
ずらりと並ぶ横編み機。その名のとおり横に早いスピードで動きながら靴下が編まれていきます
「奈良という場所よりも、奈良の人たちに惹きつけられているんです。ここに来れば間違いのないものができるんじゃないかというわくわく感がすごくあります」
玉井さんは目を輝かせてこう答えてくれました。
靴下の帯には、ブランドロゴの下に星座が描かれています
(オフホワイト)ARIES、(カーキ)TAURUS、(ツートーン)GEMINI
ひとつでは気にとまりにくい星も、それぞれの星がつなげられることで、人々の胸に響く星座として姿を現します。それぞれの星をつなぐラインは実在するわけでありません。いわば、人の想いによってつながれたもの。
そんな星座のように、目には見えない、人の想いがつながり生まれる靴下。奈良の工場と一緒に、理想の靴下に近づけようと模索しながら進む道のりに、「KARMAN LINE」の魅力が生まれる理由がありました。
デザイナーになりたい。一途に、ひたすら真っ直ぐに
高校卒業後、夢を叶えるためにファッション系の大学に進学した板井さん。服作りやビジネスなど幅広く学び、山積みの課題に追われながらも、ファッションが好きという気持ちが濃くなっていったといいます。
冷えとり靴下の4足目を、1足でも履きたいという声から生まれた「PLUTO」。足首から上の部分を、冷えとり靴下と同様の編み方にすることで、ゆったりとやさしい履き心地
ツートーンカラーが印象的な「GEMINI」。スニーカーはもちろん、革靴などきちんと感のあるシューズにもよく似合います
当時を振り返り、「突然のことで社長は驚いていましたね」と笑います。
自分にとってそうだったように、おしゃれが楽しくなるような靴下を作りたい。その想いをぶつけると、社長は靴下を生産してくれる工場を見つけるために動き始めてくれました。
こうして、終わろうとしていた道のりを、自分の力で切り開いた板井さんは、デザイナーとしての道を歩み出します。
ずっと大切にしてきた、人とのつながり
人と一緒にひとつのものを作ることこそ、玉井さんにとってのものづくり。心を通わせることで生まれる喜びや絆が、目標に向かわせてくれる力をくれました。
「奈良の職人」と出会い、好きになった糸
「出ます!」と迷うことなく引き受けた玉井さんは、奈良の靴下工場へ糸を販売する営業担当に。女性が営業を担当する中で、たくさんの苦労がありました。
受け入れられていない相手に向き合うのは誰もが怖いもの。しかし、玉井さんが、真正面から向き合い、より良い糸を提案しようとする真摯な姿は、職人さんに伝わったのです。きっと通じ合えるはずだ。そう信じる玉井さんの気持ちが何よりの武器だったように思えます。
玉井さんは、職人が情熱をかけてものづくりをする姿を目のあたりにし、次第に靴下を好きになり、いつしか糸の魅力に惹きこまれていきました。
ダブル機という編み機では、複雑な柄も1本の糸から編むことができ、余計な厚みのない生地が生まれます。伸びが良く、ゆったりと履くことができるため、むくみに悩む女性からの支持も多く人気も上がっています
ダブル機は、複雑な編み柄を生み出すため、車輪のようなパーツを一つひとつ計算して組み合わせる熟練した技が必要。長年のキャリアを持つ職人さん。手を油で真っ黒にしながら調整が続きます
デザイナーとして全速力の日々。そして、ふたりが出会うまで
「すごく楽しくて、ずっと前のめりでやっていました(笑)。デザイナーになる夢が叶った!という喜びもありましたが、今思うと靴下を作るという仕事に惹きつけられていましたね。でも、営業の方や工場や出荷してくれる人など、ブランドには大勢の人が携わっているのを知って、仕事として成立させなければならないという責任感も同時にありました」
社内には、靴下の製造ノウハウがなく、右も左もわからない状態。板井さんは、知識を身につけようと工場に足を運び、どんどん質問していきました。板井さんの探究心は留まることがなく、工場では使用していない糸にまで質問が及ぶことも。そこで、より専門的な知識が必要なら、と職人に紹介してもらったのが糸を扱う商社で働いていた玉井さんだったのです。
当時のことを鮮明に覚えていた玉井さん。板井さんとの出会いが、とても印象的だったことがわかります。こうして、刺激し合い、互いの世界を広げながら、ふたりの靴下作りはスタートしました。
ふたりなら面白いことができる。スタートした「KARMAN LINE」
上質なウールを贅沢に使用した「ARIES」のハイソックスとレッグウォーマー。くしゅくしゅと足首をたるませて履くとコーデのアクセントに
「実際に履いて頂く人に靴下を直接販売することは初めての経験でした。その中で、靴下が何年か履いたらこうなるとか、こういう履き方をしたらいいとか、もっと靴下と共に言葉を届けたいという気持ちが出てきたんです。後ろ向きではなく、前向きな目線で、ものづくりをふと振り返りたくなりました」
冷えとり靴下の梱包に使われているのは、食品用のパッケージ。どこかケーキのようで美味しそう
板井さんが、迷うことなく誘ったのは玉井さんです。会社は違えど、一緒に靴下を作り続けていたふたり。「玉井さんとなら面白いことができる。何か始めるなら玉井さんしかいない」。板井さんの気持ちはずっと前から決まっていました。
実は、玉井さんも同じ想いを抱いていたのです。
「ふたりでいると色んな偶然が起きるんです。できないと思っていたことも意外とできたり、憧れの人と出会えたり。一緒にやったときに何かを超えられるんだろうなとずっと思っていました」
こうして「KARMAN LINE」はスタート。ふたりはより絆を強くして前に進み始めました。
「KARMAN LINE」というブランド名に込めた想いを話してくれた板井さん。「KARMAN LINE」とは、宇宙と地球の大気圏の境目をあらわす架空のラインを指す言葉。宇宙は、無限大で、地上から見える星もあれば、見えない星もある。靴下に携わる人やものごとを星に例え、想いを馳せています。
「自分たちが本当にいいと思う靴下だけを作るというのがひとつと、自分たちも靴下を何年も履いて、どう変化していくのかを見る。工場の方にも、機械にもムリはさせない。どこかに負荷をかけると履き心地が悪くなり、靴下のバランスがくずれてしまいます。「デザイン」「糸」「履き心地」を互いに引き立て合う一足を作るということを、ものづくりのベースとして常に持っています」
取材の日にふたりが履いていた靴下は、ブランドとして初めて作った、それぞれの星座の靴下。これまで出会った人、見てきた風景、自身が感じたことをしっかりと胸にとめ、「KARMAN LINE」を続けています。
姿を変え続ける靴下
靴下の帯留めやブランド名の転写など、出荷に向けて作業するニット・ウィンの方々
話し合うごとに靴下は進化し、「最初にふたりが描いていた仕様から最終形が変わることもある」といいます。それは、靴下が編まれる過程と一緒。糸が折り重なるように、プロたちの知恵と技術、そして情熱が編み込まれ、誰もが想像しなかった特別な一足が生まれるのです。
「ウール素材は、繊維が少し短いので強度が弱く破れやすくて悩んでいるお客様が多いんです。天然繊維にはこだわりがあるんですけど、それだけでは補えない何かがあるんです。だから、長く履いてもらうために、前職の上司に相談をして、少しナイロンが混合された素材を使うことで強度を増すことにしました。「TAURUS」は私も3年以上履いていますし、4年以上履けるときも。ナイロンに助けてもらうことで、愛されている靴下もあります」
大切な人たちと一緒に作る、ふたりのものづくり
カフェの一角には、たくさんの靴下が大切に並べられています
「すごくありきたりな答えかもしれないんですけど、まず見た目にかわいい。冬物の靴下が本当にあったかくて。汗も抜けるので、履き心地がいいんです」と黒川さん。そして、コレクションのひとつである「LYRA」を手にとって、「これは、ほんとに足がきれいに見えるんです」と興奮気味に続けます。
先日は、カフェにお米を卸してくれているご年配のご婦人が、履き心地がいいからとお孫さんにも買って行ってくださったのだとか。その話を聞いて、ふたりは顔を見合せると、うれしそうに笑います。お店の方からお客さんの反応を聞くのも、楽しみであり、次の靴下作りの原動力。
定番アイテムも、糸の太さや組み合わせなど、気づいたことはその都度見直し、より良いものへの探究は続きます。気になったことを、すぐに相談できる信頼する人たちがいる。ふたりのものづくりの環境こそ、何よりの強みであり、魅力です。
(取材・文/井口惠美子)
冷えとり靴下セット「PLUTO」。左のシルクの5本指靴下から交互に4足重ねます。「PLUTO」とは、冥王星という意味。冷えとり靴下、シルクのコレクションには、太陽に近づくほど温度が高まる惑星をイメージして名前をつけています