ほっとしたり、力が沸いてきたり、心が弾んだり……自然の彩りは、私たちに豊かさをもたらしてくれます。
いくつもの絵具が混ざり合って偶然生まれたような「自然の色」。赤のようでも、ピンクのようでもある。青のようでも、緑のようでもある。ひと言で表現できないもどかしさは、美しさをより深く感じさせてくれるようです。
「草木染め」は、植物の葉、樹皮、実、花などを煮出して抽出した色素で染める技術。藍染めされた生地を川で洗う様子を、テレビや雑誌で1度は目にしたことがあるのではないでしょうか。そのはじまりは太古にまで遡ります。自然の美しさに憧れ、尊ぶ気持ちは、今も昔も変わらないのです。
色々な表情を見せてくれる藍染めのブルーが美しい(画像提供:MAITO/真糸)
細部までしっかりと作り込まれたアイテムの美しいラインは、職人さんの手によって丁寧に作られているから。和歌山でカットソーに、京都でストールに、今治でタオルに……それぞれの地で発展してきた技術が、「MAITO/真糸」の上質なアイテムを生み出しているのです。
日々、草木染め、ひいては産業全体の活性化を目指してものづくりに邁進する真以人さんは、あるとき、草木染めの未来を担う新たな道ともいえる答えを見出しました。
ものづくりに幸せの輪を広げる、1つの答え
ふんわり優しい色から、どっしりと深みのある色までさまざま。草木染めされた綿は、紡がれて糸になります
「最初は生地だなとか、色だなとか思ってたんです。もちろん、それも大事なんですけど、糸の良し悪しで最終的な製品のクオリティが決まるなって実感するようになりました、織りでも編みでも」
糸の重要性を感じた真以人さんは、”糸の原料となる綿を草木染めで染める”という新たな試みをスタート。まだ誰もしたことがない挑戦でした。「研究を重ねて、道具も仕組みもすべてゼロから作りました」そう気負いなく話してくれましたが、前例がないことを成し遂げるには、大変な時間と労力を必要としたことは想像に難しくありません。
もとの植物の色とは表情の異なる色に仕上がることも。植物がどんな色を映し出してくれるのか読み取れないところに、生命力を感じます
原綿を染めることで、色落ちしにくく、深い風合いのある糸が作れるように。その糸をもとに作られたアイテムは、草木染めの美しい色をより長く楽しむことができるのです。そして、色を濃くしたり、色落ちを防ぐために繰り返す”染め・洗い”の作業を大幅に省けるため、価格も抑えることができる。それは、多くのお客さんの手に届けられることも意味します。
まさに好きなこと――草木染めの新しい技法をつくりだして完成した「草木染め綿」は、繊維業界の活性化という大きな輪を作りはじめています。それはまるで、小さな芽から枝が広がり、花を咲かせ、やがて豊かな森ができていくようです。
「この綿は、草木染めの1つの答えではあるけれど、答えは1つじゃないんです」
まだまだ草木染めにはたくさんの可能性がある。そう確信し、ものづくりの未来を見据えて歩み続ける真以人さんの原動力はどこからくるでしょう。
最初の転機は、導かれるように
福岡どころか、九州ということもわからないまま、車ごとフェリーにのって海を渡り、さらに車で先へ先へ……やっと辿り着いたのは、福岡の秋月という場所。目の前には、大自然が広がっていました。
好きという気持ちを超えて、尊ぶに近い感覚なのかもしれない。自然との思い出を話す真以人さんを見ていて、ふとそう思う印象的な笑顔です。
お父様が自然が好きで、東京にいたころから、近所の仲のいい人達と山にキャンプに行ったりと自然に親しんでいた真以人さん。自然の中で過ごす楽しさは知っていたはずでしたが、秋月の大自然は、自然とともに暮らすという本当の意味を教えてくれました。
「ものを作って、お店にお客さんが来てくれるというのが自然で……。東京から急に引越してゼロから一生懸命、楽しそうにつくっていくのを見ていて、それはそれでいいなぁと。割と反発せずに、すっと馴染めたというのはありますね」
まさに、ものづくりの循環の中で暮らした少年時代は、東京暮らしとのコントラストによって、より鮮明に景色として刻み込まれました。
通りはじめた「ものづくり」への1本道
高校生活で想いを強くしたものづくりへの道。真以人さんの目の前に、人生の道が通りはじめました。
偶然と必然で紡がれるようにたどり着いた「草木染め」
四季の豊かさを感じる染料となる植物。同じ植物でも、その年の天候や収穫する時期によっても異なる色をつくりだします
授業で陶芸、彫金、鋳金、漆芸、木工など、日本に伝わるひととおりの工芸に取り組むだけではなく、コレクションブランドで指輪などの原型を作ったり、映画で使われる小道具を作ったり、広告代理店やグラフィックデザイナーのアシスタントをしたり、学校を飛び出してさまざまなアルバイトも経験した真以人さん。
何よりも感じることを大切に。自分で体感する中で行き着いたのは「やっぱり染めって面白い」という気持ちでした。
こうして染織を専攻した真以人さんでしたが、授業で学んだのは、友禅染めなど伝統技術を用いて絵を描くハイアートのような手法でした。面白さを感じながらも、自分が染色でしたいこととの違和感があったといいます。
「布は人に使ってもらう、着てもらってこその布だし、その過程で進化した技術。飾るだけでは面白くないから、着るものを作りたいと思いました」
桜の美しいピンクは、枝から抽出されるというから驚き。使う部位や色どめの方法によって、さまざまな色合いを映し出してくれます(画像提供:MAITO/真糸)
楽しいという感覚に素直に従って歩んだ先に行き着いたのは、小さいころから慣れ親しんだ「草木染め」。
喜びを与えてくれた自然、そして、実家の草木染め工房での経験。こうした幼少のころの感覚が心の奥にじんわりと染み入っていたこともあるのでしょう。ですが、外の世界でさまざまなものづくりに触れ、自分の意志で草木染めを選べたことで、ぶれない軸ができた。それは、奇しくもお父様がカメラマンを経て草木染めを選んだ道のりと同じでした。
楽しいだけでは、「草木染め」は続けられない
「僕らも染めた後、製品を1から10まで自分達で作っているのではありません。もともと糸偏と呼ばれる繊維業は分業で成り立っているんです。生地を織る人、染める人、アイロンをかける人、生地をカットして縫う人……本当にいろいろな人の力を借りて作られています」
「『継ぎ手がいないから続けられない』という言葉をさまざまな職人さんから何度も聞きました。そうすれば僕らも仕事ができなくなってしまうし、お客さんに届けられなくなってしまう。それを何とか止めるためにも、草木染めへのいろいろな入り口を作って、たくさんの人に見てもらう必要があるんです」
職人さんの素晴らしい技術も、アイテムを使ってもらってこそ継承されていく。どの業界においても、使い手がいてこそ循環していく世界です。草木染めを次の時代へ繋いでいくためには、暮らしの中で息づいていく新しいアイテムを生み出すことが必要でした。楽しいだけでは続けられない。業界にとっての大きな課題でした。
「ホールガーメントⓇ横編機」でニットが編まれていく様子(画像提供:MAITO/真糸)
手編みのイメージしかなかった真以人さんは、機械に糸をセットするだけでニットが編まれていく様子に心が弾みました。通常であれば裁断によって出てしまう40%もの無駄な生地もなくなるばかりか、無縫製のため身体にやさしくフィットするニットが作れます。
肩部分や前身ごろ・後ろ身ごろなどのパーツを縫い合わせることなく、1本の糸から無縫製で編まれるニットは、身体を優しく包み込み、着る人のシルエットに合わせてフィットしてくれます(画像提供:MAITO/真糸)
逃げられない覚悟を込めた「MAITO/真糸」
草木染めの未来を担うニットを生み出すには、まずは機械をすべて自分で動かせなければ話になりません。仕事を終えた後、機械の操作を習得するため、寝る間を惜しんで試行錯誤する日々が続きました。時には、横に置いた簡易ベッドで仮眠をとることも。
ようやく努力が実を結び、商品化の目途が立ったとき、商品として世に送り出すためにブランド名をつけることに。
友人との何気ない会話からつけたのは、自分の名前と同じブランド名。それは自分自身の想いや行動がそのまま映し出されることを意味します。
「僕の名前が真以人、僕らの仕事は糸偏(いとへん)というので、真実の糸と書いて”マイト”で面白いかもねって。それに、自分の名前なら逃げようがないじゃないですか、飽きたから辞めたとはいえないし。自分を追い込むためにつけたというのもありますね」
草木染めを通して広がっていく、それぞれの夢
2012年にオープンした「MAITO/真糸」蔵前本店。一面ガラス張りのお店の奥には、草木染めで彩られたアイテムたちが温かみのある空間をつくりだしています
蔵前店の一角には、念願の染め場をつくりました。その理由は2つ。1つ目は、タイミングを逃さずに植物が持つ最も美しい色で染め上げるため。すぐに染めないと色が変わってしまうもの、生じゃないと染まらないものなど、植物の特性はさまざま。
(画像提供:MAITO/真糸)
草木染めに対する想いをこう話す真以人さんにとって、染め場をつくることは、植物に対する礼儀でもあり、愛情表現なのかもしれません。
ワークショップのひとコマ。色の濃さや柄に、それぞれの個性が表れます(画像提供:MAITO/真糸)
「どうして僕は草木染めが好きなんだろうって考えたときに、やっぱり楽しいんですよ。この植物はこんな色になるんだという感動がある。普段から植物を見るときも、これを染めたらどんな色になるのかなって想像を膨らますんです。職業病ですけど(笑)。 綺麗だと思う感動もあるけど、染色という楽しみ方もあるってすごい豊かだなって思う。そういう感動って商品を見せるだけでは伝わらない部分があるんです」
「自分の手で染めて、たとえ綺麗に染まらずにムラになっても、”こんな色になるんだ”という感動から輪が広がっていくかもしれない。僕ならもっと作ってみたいと思うだろうし、草木染めの先生になる人もいるかもしれない、田舎で暮らしてみたいと思うかもしれない。何かのきっかけになる気がするんです」
蔵前店の染め場に保管されている染料となる植物たち
好きという真っすぐな気持ちを表現し続けてきた真以人さんは、心の奥にある十人十色の好きという原動力が見えているのかもしれません。楽しさの先に、人の夢がある ――それは、真以人さんが歩んできた道のりが証明しているかのようです。
植物の藍を用いた草木染め。抽出された染液の色はなんと深い緑。液の中に適度な時間浸けたら取り出して、しっかりと水気を絞ります
取り出したばかりの生地は、まだ緑色。藍は、空気中の酸素によって酸化して色が発色し、定着します。他の染料では、定着させるために金属鉛を使用することも。色の抽出、調整、定着など、すべての工程において一切化学性のものを使用しないというから驚きです。自然の不思議な力を感じずにはいられません
藍は、酸化すると緑から青に変化していきます。染めて、絞って、酸化させるという工程を繰り返すことで、青の色は深みが増していきます。夏に取れた藍で沈澱藍を作ってしまえば、季節に関係なく染めることができるのだとか
こんなに鮮やかな青に。深い温かみの中に、凛とした美しさを感じます(画像提供:MAITO/真糸)
つくれる場所を、つくり続けるために
もともと、日本では高品質の機織り機が製造され、高度経済成長の繊維業の躍進を支えてきました。今でも、海外のハイブランドは上質な生地を求めて日本に染織を発注してくるほど。そんな機織り機が、日々姿を消しているというのです。
「職人さんが引退するとき、次に機織り機を使う人がタイミング良く見つからないんです。使わなくなった機械は、鉄で売ってしまったほうが高く売れる。だから1日~2日の間にスクラップされてしまうんです」
日本から機織り機がなくなるということは、職人の技術も育たなくなるということ。真以人さんは、その危機的な現状を放っておくことはできませんでした。
「だから僕らが使われなくなった織り機を集めて、これから機織り職人になりたい人に使ってもらいたい。
独立したいときは、その機械で独立してもいいし。僕らが機織り機を次の世代に引き継ぐタイミングを合わせる作業をしてあげないと、次に絶対つながらないんです」
機織り機の組み上げ、修復、メンテナンスのすべてを依頼するのは、その道一筋で腕を磨き上げてきた90歳近い職人さん。その方のもとへ月に2回通い、織り機について学んでいる真っ最中です。
「ものづくりって、人間関係なんです」そういいきる真以人さんは、納得のいくアイテムを生み出すために、全国の生産者の元へも足を運びつづけます。
「新しいものをつくるって、すごい面倒くさいし、労力がいるんですよ。だからこそ、その大変さも面白がれるかが大切なんです。楽しいほうがいいですよね」
そう話す笑顔の奥には、ものを売ることの責任を背負った覚悟もにじみます。
「1人ではものづくりはできない」という脆さを知る真以人さんの強さ。それは、縁という糸を紡ぎながら、今日もまた全国へと輪を広げていきます。
(取材・文/井口惠美子)
草木染めがつくり出す美しい彩り。包み込んでくれそうな温かみを感じるニット(画像提供:MAITO/真糸)