エッセイは、同じ風景を共に見るだけ
①横に座って、話を聞く
納得するまで考えさせて
文豪の日々の悩み
■『硝子戸の中』夏目漱石(新潮文庫)
「電車の中でニュースばかり読んで、会社に着いたらその内容を全部忘れる人たちに向けては書かないから」。ぎくりとした人、いませんか?そんな冒頭から始まる、夏目漱石の随筆集。無茶ぶりをしてくるファンに怒ったり、取材班のカメラに対して天邪鬼を発揮したり、案外普通に人間くさい漱石氏。彼の悩みに耳を傾けてみるに、彼はとても他人思いであったようです。日本が戦争に向かっていった頃、彼が何を考え、日常を営んだのか、硝子戸越しにそっと覗く感覚です。
耐えてでも愛すること
■『愛と同じくらい孤独』フランソワーズ・サガン 著、朝吹由紀子 訳(新潮文庫)
数々の洒落た都会的な恋愛小説を書き綴ったフランソワーズ・サガンの言葉を、インタビュー形式でまとめ直したもの。彼女は高級車をすぐに買って乗り回してギャンブルに興じる破天荒な女性でした。「大人になりたくない」とぼやきながら煙草をふかす彼女は、当時の文壇でも世間でもどうしても異端児。彼女なりのやり方で、ひとりぼっちを乗りこなそうとしたことがわかります。
②生活という名の冒険記録
東洋医学の人体実験
■『かるい生活』群ようこ(朝日文庫)
漢方や東洋医学に興味を持てる、群ようこさんの生活日記。中年以上に差し掛かった作者が、自分の体を大切にすべく、健康に焦点を当て続けている姿が印象的。漢方薬局の先生とのやりとりに、西洋的な“部分的に治す”だけでなく、東洋的な“全体のバランスを取る”という方法を取ることの大切さを学びます。私たちの心と体は、大きく見積もって「ひとつ」です。とりあえずストレッチと、むくみとりをしてみようかなぁと思います。かるくゆるく。
とびきりクールなコロッケパン
■『村上ラヂオ』村上春樹(新潮文庫)
「僕なんかがどうしてまたこの雑誌に」と言いながらも、でもやっぱり村上春樹“らしい”文章ばかり。言わずと知れた作家が、女性誌に連載していたエッセイ集です。著者はなんでもコロッケがお好きなよう。料理中の描写や、外でひとり満足げにそれを頬張る仕草は、クリーンで無駄がありません。1人で自分のやり方を突き通す姿を見ていると、ほのぼのとゆるいと思いきや、結構ストイック。ひとつひとつの選択に慎重な人の仕草って、美学が出るものですよね。
自分探しは内側へ
■『裏庭』梨木香歩(新潮文庫)
ナルニア国物語の『ライオンと魔女』を彷彿とさせる児童小説。今は誰もいない洋館から、少女がひとり、冒険に出ます。よくあるファンタジーものかと思いきや、小説の展開からは、大人が今でも直面している問題へのヒントが用意されています。良いことと悪いことの割り切れなさ、他人に自分を取り繕ってしまうことで感じる苦しみ、どう生きることが自分にとっての“正しさ”なのか。童心に帰らずとも、私たちはまだあの頃の、まっすぐだった時代の気持ちを思い出せるはずです。
やる気なしヒーローズ
■『聖なる怠け者の冒険』森見登美彦(朝日文庫)
とにかく怠けて暮らしたい主人公が、京都の妙なヒーローとてんやわんやの活躍劇。脇役としていい味を出すのが、信楽焼のたぬきたち。「どうにかなるよ〜」と登場人物たちを見守る姿がなんともいえずキュートです。マイペースな主人公の台詞や独白、冒険劇の舞台として機能する京都のゆったりとした風景に、「こんなスタンスもありかも?」と思わせられます。それに対するたぬきたちの「ありあり!」「大丈夫!」の頷きさえも、想像できてしまうのです。
③うまくやるって、なんのこと?
上手にやればうまくいく?
■『アルジャーノンに花束を』ダニエル・キイス 著、小尾美佐 訳(ダニエル・キイス文庫)
知的障害を持った語り手の主人公は、実験の結果、凡人を遥かに上回る知能を手にします。ひらがなと誤字ばかりだった文章が、中盤になると難解なものに変化する…という日本語訳の表現方法も天晴れな作品です。知性を手に入れた主人公の行く末は、必ずしも幸福なものではありませんでした。人間が“うまくやっていく”とは、本来、何を手に入れるためのものなのでしょう。
いい子に育つ必要はある?
■『窓ぎわのトットちゃん』黒柳徹子 著、いわさきちひろ 絵(講談社青い鳥文庫)
マイペースで少女らしさが魅力的な黒柳徹子さんは、「人には決められた命の長さがあるから、踏まない時は踏まない」と地雷の埋まる原っぱに子供のボールを取りに行くことのできる方でもあります。しかし、子供時代はかなり世話を焼かされる問題児だったようです。振る舞いは自由すぎて、どうしても周囲に馴染めないこと多数。でも、黒柳さんはそれに溶け込もうとするよりも、自分であることを選んで今に至ります。子育てに悩まれている方にも、読んでいただきたい1冊です。
かっこいい女はうまくいく?
■『思いわずらうことなく愉しく生きよ』江國香織(光文社文庫)
夫からのDVや、ままならない恋愛など、人生でぶち当たる、現時点でおそらく最難関の壁。それらに立ち向かう3姉妹のお話。江國香織さんらしい、ふてぶてしささえ感じる、独自のポリシーで奔放にやっていく姉妹の姿に勇気づけられます。もちろん、彼女たちも全部が全部、うまくいくわけではないのです。自由に生きることで起こる弊害にも、堂々とそのまま構えているそれぞれの女性像を知るだけで、自分には無理だと思っても、勇気づけられるものがあると思います。
■『僕にはわからない』中島らも(講談社文庫)
「そういうもんだ」とされている物事について、あえてもう1回考えさせてほしい…。中島らもさんの独自の視点と趣味が全開のエッセイ集。オカルトやホラー映画に精通している、いわゆる“サブカル”枠とされがちな著者ですが、視点は常に「本当に?本当にそう?」と疑ってかかるインテリ視点。インチキをただのインチキで終わらせない姿勢を持つことも必要だと思います。