ユーモアと鋭い視点が冴える、「津村記久子」の世界
PART1:初読みさんにおすすめ!「津村記久子」導入編
なんでもない日常にひそむ孤独
顔を知らない3人の、心温まる交流
『ウエストウイング』(朝日新聞出版)
孤独や哀しみなど、つらいテーマが苦手な方には、『ウエストウイング』から読み始めるのがおすすめです。こちらはOL、小学生、サラリーマンと、一見何の関係もない3人が交差する物語。とある雑居ビルの物置で、顔も名前も知らないまま、3人は物々交換を通して知り合っていきます。津村さんのユーモアに時折クスリとさせられつつも、3人のつながりは心を温かくしてくれ、いつの間にか自分もビルを行き交う一人になったような気分で楽しめますよ。
作家を知るならコレ!傑作短編集
『浮遊霊ブラジル』(文藝春秋)
初めて読む作家さんなら、短編集から始めてみるのもおすすめ。『浮遊霊ブラジル』は、第39回川端康成文学賞を受賞した短編「給水塔と亀」を含む、7編の短編集。幽霊となった主人公が旅をしていると、なぜかブラジルにたどり着いてしまう「浮遊霊ブラジル」。死後「物語消費しすぎ地獄」に落ちた女性小説家を描く「地獄」など、津村記久子らしいユーモアや人間観察の視点がいかんなく発揮されているので、導入にはぴったりです。この作家さんは自分に合うのかな?と悩んだ時には、ぜひ読んでみてください。
心が満ち足り、前向きな気分になれる短編集
『サキの忘れ物』(新潮社)
9つの物語がおさめられた短編集。お仕事小説などで知られる津村さんですが、実際にはさまざまなテーマで小説を書いてきました。この短編集には、不思議な物語から日常の中の出来事を描いた物語、実験的な物語まで収録されており、その幅広さを感じることができます。コース料理を一皿一皿味わい進めていくような感覚で、読後には何とも言えない満足感がありますよ。
PART2:ユーモア満載!なのに落ち着く。落ち込んだ時に読む本
OLと性悪コピー機の闘い
『アレグリアとは仕事はできない』(筑摩書房)
主人公のミノベは、地質調査会社に勤めるOL。一見平和そうな、調査結果を製本する仕事をしているのですが、今日も職場では「おまえなあ、いいかげんにしろよ!」とミノベの叫び声が響き渡ります。その原因は品番YDP2020、商品名アレグリア。男性社員には媚びを売り、メンテナスの人間の前ではちゃんと動き、ミノベの前でだけすぐに動かなくなる、どうしようもない性悪コピー機です。働く人の辛さが描かれつつも、シュールさとユーモアに満ち溢れた物語に元気をもらえます。
「仮想好き」な女性の心のゆくえ
『カソウスキの行方』(講談社)
「カソウスキ」は、ロシア人の名前でも、難しい現象の名前でもありません。漢字に直してみれば簡単、「仮想好き」。この物語の主人公イリエは、28歳独身の働く女性。職場で起こったとある出来事により、郊外の倉庫への移動を命じられます。やりきれない思いから、イリエはそこで出会った冴えない男性社員・森川を好きだと思い込むことに。特に恋愛をしたいわけではなかったイリエの心の動きには、思わずそうそう!と頷いたり、クスっと笑いがこぼれたりするポイントがたくさんあります。
婚礼や葬礼に振り回されるドタバタ劇
『婚礼、葬礼、その他』(文藝春秋)
「最近結婚式に呼ばれすぎている」「あまり関連のない人の葬式に出なければならなくなった」…そんな人におすすめなのが、『婚礼、葬礼、その他』です。婚礼や葬式は大切な人生のイベントですが、場合によってはちょっと面倒くさいもの。本作は、主人公ヨシノが旅行をキャンセルしてまで、大学時代の友人の結婚式に参加するところから始まります。ところが結婚式の最中、上司の親の通夜を手伝えと命令され、今度はその場で空腹に襲われ…と、婚礼や葬式に振り回されます。ヨシノは無事に今日を終えられるのか、ぜひ本を手に取って確かめてみてください。
カフェに集まる人々の日常を描く物語
『ポースケ』(中央公論新社)
『ポースケ』は、奈良のカフェ「ハタナカ」を訪れる7人の常連客の女性を、ひとりずつ描いた群像連作短編集です。小学生からフリーター、独身、母親と身分はさまざまですが、共通しているのは職場や家庭の人間関係で悩みを抱えていること。それぞれが自分の問題に向き合い、前を向く姿は、面白かったり、心が温かくなったり。芥川賞受賞作『ポトスライムの舟』の続篇ですが、前作を読んでいても読んでいなくても楽しめる物語になっています。
PART3:働く女性に読んでほしい!絶品お仕事小説
働く人の「あるある!」が詰まった6つの物語
『とにかくうちに帰ります』(新潮社)
お仕事をしている方なら、理不尽に怒られた時やトラブルが起こった時はもちろん、メールを返している時、時には家を出た瞬間から「ああ、うちに帰りたい」と思ったことがあるのではないでしょうか。『とにかくうちに帰ります』では、オフィスで働く人々のそんな「あるある」が楽しめる物語。どこにでもあるような日常的な一幕が、ユーモアと哀愁たっぷりに描かれています。
5つの珍しいお仕事を旅するように垣間見る
『この世にたやすい仕事はない』(日本経済新聞出版)
普段はなかなか見られない、面白いお仕事の世界をのぞきたい時は、本書を手に取ってみましょう。本書では、燃え尽き症候群のようになって前職を辞めた30代の女性が、復帰して5つのお仕事を渡り歩く物語。「人をモニター越しに監視し続ける仕事」「おかき袋の話題を考える仕事」「森の中の小さな小屋でのお仕事」など興味深いものばかりなのですが、最終的にはタイトル通り『この世にたやすい仕事はない』と納得したような気持ちになります。
仕事を通して偶然生まれた、ささやかな男女のつながり
■『ワーカーズ・ダイジェスト』(集英社)
主人公は、大阪のデザイン事務所で働きながらライターとして副業をしている加奈子と、東京の建築会社で働く重信。お互い全く接点はありませんでしたが、たまたま上司の代理として参加した打合せ先で出会い、苗字と生年月日が同じだったことから、不思議なつながりを感じます。とはいえ恋愛に発展することはなく、ふとした瞬間にお互いを思い出し、目の前の問題に立ち向かっていく姿を描きます。仕事でのささやかな出会いを大切にしたくなる物語です。
働くこととは?を考えたくなる芥川賞受賞作
■『ポストライムの舟』津村記久子(講談社)
主人公のナガセは、工場勤務、29歳。時間を金で売っていることをどうしようもなく虚しく感じつつも、生活のためと自分に言い聞かせて働いています。ある時職場に張られた世界一周旅行のポスターを見つけ、その費用と自分の年収が同じであることに気づき、なぜか貯金をしようと思い立つのですが…。芥川賞受賞作というと難しいのではないかと思われるかもしれませんが、これまでの小説と同様淡々とした語り口と随所に挟み込まれるユーモアで、ぐいぐいと読ませます。
PART4:「津村記久子」ならではの世界観を味わう小説
誰かのために祈ることは、尊いこと
『これからお祈りにいきます』(角川書店)
主人公は、吹き出物に悩む男子高校生シゲル。「とられたくないもの」を自分で工作し、神様に捧げるという地元の奇祭「サイガサマ」に関わることになります。家庭内の問題や、祭りへの反発などを抱えながら、シゲルは自分なりに祈りを始めるのですが…。「サイガサマのウィッカーマン」ほか、1編が収録された、「祈る」をテーマとした1冊。独特の設定や世界観も魅力ですが、登場人物のまっすぐな祈りに心が洗われます。
若さがほとばしる!青春小説
『ミュージック・ブレス・ユー!!』(角川書店)
淡々としていて、ちょっと皮肉っぽい主人公をたくさん描いてきた津村さんですが、本書は一味違います。主人公は、パンク・ロック好きの高校3年生、アザミ。「音楽について考えることは将来について考えることよりずっと大事」と考えていて、進路は未定で成績も低調。ぐだぐだした女子高校生の日常と、少女の成長が描かれます。どこへでも行けるようで、実際にはどこへも行けない、自分の高校時代を思い返しながら読みたくなる1冊です。
大好きな誰かを応援している人必読!
『ディス・イズ・ザ・デイ』(朝日新聞出版)
スポーツ、アイドル、アニメ…誰かを好きになり、応援するサポーターは、その対象がどんな人であれ、同じような気持ちを抱えているかもしれません。本書には、22の架空のサッカーチームが登場します。登場人物はそのサッカーチームのサポーター22人。2部リーグ最後の試合を目前に控え、応援することが生活の一部となった人たちが、何を思い、考えるかが描かれます。誰かを応援することをいとおしく思い、もっと応援したくなる物語です。
中学生たちの、繊細ながらまっすぐな心の動き
『エヴリシング・フロウズ』(文藝春秋)
物語は、中学3年生のクラス替えのシーンから始まります。主人公は大阪に住むヒロシ。好きだった絵への情熱を失い、進路も決まっておらず、人間関係を新しく作るのも面倒に思っていました。迫る受験に焦りながらも、それまで決して仲良くなかった新しいクラスメイトたちと次第に打ち解けていくのですが、ある時事件が起こり…。登場する中学生たちは、決して目立つような性格ではありませんが、それぞれ魅力的。後半の展開には、胸が熱くなります。
PART5 :お仕事も読書も日常も。味わい深いエッセイ集
心の凝りをほぐしてくれる、まったりエッセイ
『やりたいことは二度寝だけ』(講談社)
タイトルだけでも魅力的な響きのある本書は、津村さんによる最初のエッセイ集。毎日どんな姿で通勤し、会社で何の飲み物をどのくらい飲んで、帰りは商店街をぶらぶら…といった津村さんのリアルな日常が描かれています。赤の他人から見れば、それはくだらなく、どうでもいいものに見えるかもしれません。しかしそのどうでもいい日常を、肩の力を抜いてユーモアたっぷりに描いてくれるので、自然と読んでいる私たちも心がほぐれていきます。ちょっと心が疲れているなという人はぜひ手に取ってみてください。
芥川賞作家による、「くよくよ」との付き合い方!
『くよくよマネジメント』(清流出版)
こちらは、「くよくよ」に関する考え方をつづったエッセイ。津村さんは、本書の中で自分を「くよくよ族」であると表現していて、「仕事いやだな」「心配だな」と思い切りくよくよしてしまう人間だと語っています。思ったことを何でも訴える「さばさば族」とは違って、どうしても自分の中で思い悩んでしまうそうです。もし自分が「くよくよ族」で、「周りの人と比べて私は~」「何もかも不安で」と思っているなら、本書は必見。新しいくよくよへとの付き合い方を知ることができるかもしれません。
好きな作家の、好きな本を知る!
『枕元の本棚』(実業之日本社文庫)
小説やエッセイを読んで作家さんを好きになったなら、今度はその作家さんの好きな本にも興味が湧いてきますよね。本書では、津村さんが独自に選んだ58冊の本を紹介。図鑑や児童書、絵本、画集、実用書、スポーツ評伝、学術本など、津村さんの文章の源となっているさまざまな本が並びます。小説は少ないので、新しいジャンルの本に挑戦してみたいという方にもおすすめですよ。
季節に合わせて、1話1話大切に読みたくなるエッセイ集
『まぬけなこよみ』(平凡社)
出版社のウェブサイトで連載していたものを、1冊にまとめたエッセイ集。骨正月、猫の恋、衣替え、蚯蚓鳴くなど、各エッセイにはテーマとなる「季節のことば」が設定されており、新年から春、夏、秋と季節を巡って冬までの日々を描きます。最近イベントごとから離れている方や、時間が過ぎるのが早く感じるという方は、本書で季節の移り変わりを大切に感じてみてはいかがでしょうか。
『君は永遠にそいつらより若い』(筑摩書房)
本作は、津村記久子さんのデビュー作。第21回太宰治賞を受賞した、「マンイーター」を出版に際して改題しています。主人公のホリガイは、卒業間近の女子大生。すでに就職先は決まり、単位も取得済み。残りの日常をぐだぐだと過ごしているのですが、その間には孤独や哀しみがひそんでいて…。なんでもない日常が淡々と描かれるかと思って読み進めていくと、不意におそろしいものに出くわしてしまうような物語。2021年には映画化も予定されているので、ぜひ映像と一緒に楽しんでみてください。