奇譚(きたん)とは
- 寒さに負けない体を目指す!ゆらぎがちな冬のご自愛ケアキナリノ編集部
おすすめの奇譚(集)
奇譚を売る店|芦辺拓|光文社文庫
1話目の「帝都脳病院入院案内」は、たった1冊の入院案内の冊子から病院の恐ろしい秘密が顔を出し、飲み込まれていく物語。入院案内に書かれた見取り図を基にして病院の模型を作ったら、その中をうごくめく何かがいる――。のんびりした書き出しから急展開で怪しい世界に引きずり込まれます。
読み終わった後も、思わず放心してしまう奇妙な世界観。主人公が毎度古書店で本を買ってしまうように、そして奇妙な物語に迷い込むように、私も今虚構の世界にいるのでは?などと考えてしまいます。そんなお話だけど、時に笑ったりほのぼのしたりも。そしてまた、本を探しに行ってしまう主人公に共感すら覚えるのです。
東京奇譚集|村上春樹|新潮文庫
言わずと知れた、日本を代表する作家・村上春樹さんが綴る短編の奇譚集。5話からなり、どの話も行き詰まった人が誰かと出会って不思議な体験をし、行き詰まっていた何かが動き出します。恐怖でも感動でもない、どこか神秘的な物語たちです。
2話目の「ハナレイベイ」は、2018年に映画化されました。主人公の女性は、息子をハナレイの海でサーフィン中の事故により失います。それ以来毎年命日にはハナレイに滞在し、海を眺めて過ごす女性。そこで出会ったサーファーに、右足のない日本人サーファーを見たと言われて・・・。
物語は偶然や奇妙なシンクロをテーマに描かれます。そこにあるのは、あるがままの実態と、人間の感情がこびりついて色を変えたもの。場所は場所でしかないし、名前は名前でしかないし、私とあの人はただ私とあの人でしかない。でも受け入れるには難しさもあって、それが物語、もとい人生の不透明さを増幅させているのかもしれません。
奇談蒐集家|太田忠司|東京創元社
自ら体験した不可思議な話、求む。そんな広告が新聞に載った。しかも高額報酬あり。広告にひかれて指定されたバーに集まる人々と、彼らを呼び寄せた奇談蒐集家・恵美酒とその助手・氷坂の物語です。「新宿少年探偵団」などで知られる太田忠司さんは若い世代向けのファンタジー要素が含まれたミステリーが多いですが、本作はその中でも静かで大人向け。
1人目の「自分の影に刺された男」は、夜のライトに照らされてできる自分の影、しかもライトが多ければそれだけ増える自分の影に、いつしか怯えるようになります。襲いかかる影が潜んでいると信じ込んでいて・・・。
バーを訪れた人々が語る奇談は、最後はみな氷上によって覆されてしまいます。ある意味、解決と言ってもいい謎解きです。なるほど、安楽椅子探偵系の奇談かと読み進めると、最終話で全ての話がつながります。世の中に奇妙な話ってそうそう溢れていない。いや、気づいていないだけで既に不思議の世界に触れているのかもしれません。
綺譚集|津原泰水|創元推理文庫
奇妙、というよりも、恐ろしく悲惨な非現実を詰め込んだ1冊が「綺譚集」。もしかしたら、この作者は地獄を見たことがあるのかもしれないとすら感じてしまう、短編15作が収録されています。ミステリー作家の伊坂幸太郎さんやピースの又吉さんもおすすめされていますよ。
本書は1話目からかなりグロテスク。「天使解体」は、事故で死んでしまった少女の亡骸を2人の男が解体します。それは、せめて最後は天使のように美しく葬るため。その様子は極めて残酷なのに、淡々とした男性のやり取りが倫理や概念を削ぎ落としていくようです。物語は前編に「死」が描かれ、隣り合わせで「生」や「性」が痛いほどまざまざと描かれます。
日常を入り口にしたはずなのに、出口は異界。でもそのルートは、不思議にもしっかりつながっている気がしてしまう、不気味な物語が詰まっています。世界観もさることながら、まるで違う作家が書いたのではないかと思うほど、1話毎に変わる文体や表現にも注目です。
里山奇談|coco・日高トモキチ・玉川数|KADOKAWA
奇譚はその不思議さ、奇怪さが重要なポイントですが、小説ではなく伝承も含まれます。日本には、迷信とも言われる不思議な言い伝えがたくさんありますよね。そんな、自然の中に潜んでいそうな奇譚が読みたい人には、「里山奇談」がおすすめです。
一つひとつの話が短くて読みやすい短編集です。どこの地域にもありそうな説明しようもない話から、そんな伝承があるのかと驚いてしまう話まで、幅広く収録されています。ミステリーの謎解きや、奇談のような終着地点はなく、ただ淡々と綴られる里山の妖しさ。でもどこか郷愁の香りが漂い、"不思議と"温かい気持ちにすらなりますよ。
「また買ってしまった・・・」とつぶやきながら、古書を手に取る古書愛好家。手にとった6つの怪奇な物語が描かれます。1話ずつ独立した話が、最終話の表題作で見事に回収されゾクゾクとする短編集です。どこまでが現実で、どこからが虚構なのか、実態のない恐怖感がひたひたと頬を叩くような空気を感じてください。