《北欧デザイン》に芽吹く、日本の自然の美しさ
太陽に向かって顔を出すのは―――
そしてゴロンと横たわるのは―――?
©️Chikako Harada
まっしろなわたや果肉がつまっていて、スイカのようにほとんどが水分。
こちらの作品も、たっぷり水をふくんでいそう。
作者は、元マリメッコのテキスタイルデザイナー、石本藤雄さん
1970年よりフィンランド・ヘルシンキを拠点に活動されていますが、実は、ずっと陶芸の道を進まれてきた方ではありません。言わずと知れた名ブランド「マリメッコ(marimekko)」の元デザイナーであり、32年間にわたり400種類ほど、テキスタイルパターンを手がけられています。
北欧デザインに、とても精通していらっしゃる方なのです。
1977年発表のパターン「Suvi[夏]」を笑顔で手にとる石本さん。現在の制作の場であるアラビア(Arabia)社の工房にて。
日本の四季折々の現象が、デザインという新たな息吹となり、作品に吹き込まれています。
石本藤雄さんのストーリー
東京藝術大学へ進学し、グラフィック・デザインを専攻。卒業後は大手繊維商社の市田で広告デザイナーとして活躍されますが、30歳手前で一大決心。さらに広い世界に踏み出そうと、世界一周旅行に出ることに。
30歳直前で世界一周旅行へ。行き先変更が、大きな転機
なんとかお金を工面して世界一周のエアチケットを手に入れ、日本を出発。ニューヨーク、ロンドン、コペンハーゲンなど、世界各地に滞在し、次はパリ・・というときに、急遽、フィンランドのヘルシンキへと行き先を変更します。
以前からマリメッコのテキスタイルに魅了されていた石本さん。テキスタイルデザインは未経験ながらも、何かに突き動かされるように、マリメッコ社の面接を受けにいきます。
創業者の一人、アルミ・ラティア(Armi Ratia)さんと直接話をする機会を得て、本社の入社は叶わなかったものの、子会社でデザイナーとして採用されることに。このアグレッシブな行動が、石本藤雄さんのテキスタイルデザイナーとしての原点であり、ヘルシンキ移住の大きなきっかけです。
それらの出来事が、1970年のこと。そして1974年には、本社のデザイナーとして働くこととなるのです。
Photograph of the Finnish entrepreneur Armi Ratia (1912–1979), founder of Marimekko
マリメッコ(Marimekko)のデザイナーに
2006年にマリメッコを定年退職するまで、石本さんは約400ものパターンを制作しました。
マリメッコといえば、1964年発表の、大ぶりな花柄のデザイン「ウニッコ(UNIKKO)」が代表的ですが、石本さんはまた異なるスタイルを確立し、1970~80年代のマリメッコの人気を後押しします。
こちらは、石本さんがマリメッコに入社してすぐ、1975年に手がけたパターン「Onni[Happy]」。Happyという名の通り、小さい花も大きな花も、祝福してくれているような華やかさ。
石本さんの代表作のひとつ「Maisema[風景]」。1982年に発表したパターンで、クレヨンで描かれた手書きのやさしい線が、無造作に重なり合い、あたたかい表情を生み出しています。
アラビア(Arabia)に籍を置き、陶のアーティストとしての道へ
そして、80年代に入り、徐々に陶芸に興味を持ち始めた石本さん。名窯・アラビア(Arabia)の奨学制度を利用し、1989年より約1年間、アート部門の客員アーティストとして陶芸に専念します。
その間、マリメッコの仕事は休職する許可をいただいたそうです。石本さんはアラビアの陶器のデザインも任されるようになり、信頼の高さがうかがえますね。
うつわ、花器に、陶板、オブジェと、多岐にわたる石本さんの陶の表現。マリメッコで手がけられたテキスタイルに通じる、自然の美しさを放ちます。
《展覧会レポート》自然のいつくしみが息づく、石本さんの作品世界
代表作や新作が揃う展示作品(※)のなかから、一部を覗いてみましょう。
◆ マリメッコ(Marimekko)時代のファブリック
入社の1974年~定年退職の2006年まで、32年間にわたり手がけてきたテキスタイルを、インスタレーション展示。圧倒的な存在感で、パターンの魅力を伝えます。
こちらの展示空間は、それぞれのテキスタイルが、一本の木のよう。まるで森にいるような感覚になれますね。
手前には、1992年発表の「Suuri Taiga[大草原]」。そして左端には、色あざやかな「Kuja(路地)」がちらり。1976年発表の作品で、お花に加え、にわとりも可愛らしいですね。
こちらの角度からは、中央にある、緑のテキスタイルにご注目。1988年にデザインした人気のパターン「Kesanto[放牧地]」が見えます。その意味の通り、放牧地をテーマとした草花が描かれており、水彩による、透明感のある描写が美しい作品。
テキスタイルデザインの基となった、貴重な原画もたくさん展示。ささっと描いているようなデザインでも、背景にたくさんの努力があることが分かります。
照らし合わせるように鑑賞すると、また、新鮮な発見がありますよ。
◆ 故郷の原風景をうかがえる、陶の作品
石本さんの陶の作品からは、自然へのいつくしみが感じ取れます。
草木や花の作品を展示。陶芸の魅力として釉薬を挙げる石本さんの、色へのこだわりが光ります。
凛とした、まっしろな空間。あなたの心を射止める花はどれでしょう?
新作のオオイヌノフグリ。昨年の春、石本さんが砥部町の実家近くを訪れた際、草むらにいっぱい咲いていたんだそう。うっかり見過ごしてしまいそうな花ですが、石本さんが足元を覗いて観察されたかと思うと、小さきものに向けるあたたかな眼差しに、心が和みますね。
大胆な構図で、釉薬の力強さにも目を奪われます。日本伝統の文様には見られない魅力を感じますね。
愛媛美術館の名品との、贅沢なコラボレーションも。
明治の書家・三輪田米山による書「福禄寿」と、石本さんの陶の冬瓜。冬瓜は正月飾りでもあり、縁起がよい空間ですね。
ちなみに、冬瓜には、先に述べたscopeのシャチョウ(こと、平井さん)とのエピソードが。以前石本さんがシャチョウと温泉旅行に出かけた際、旅館にお正月飾りとして、大きな冬瓜が飾ってあったそう。それ以来、興味深いモチーフになっているそうですよ。
ぜひ訪れるなら、「茶玻瑠」、「MUSTAKIVI」へも足をのばして
道後温泉の旅館「茶玻瑠」には石本さんがプロデュースした北欧スタイルのスペシャルルームがあります。もちろん手がけられたマリメッコのテキスタイルもたくさん。
会期中は観賞可能(要予約)となっていますが、もちろん、泊まることが可能。
石本さんの冬瓜オブジェも、北欧スタイルの空間に美しくなじみますね。
「茶玻瑠」館内のパブリックスペースにも、いたるところで石本さんの作品を楽しめるようになっています。泊まらずとも、覗きに行ってみたくなりますね。
愛媛県美術館から10分ほど歩いたところに、石本さんがプロデュースしたギャラリー&茶房「MUSTAKIVI(ムスタキビ)」があり、こちらも立ち寄りたいスポット。本展会期中は連動企画として、石本さんの“故郷”をテーマにした作品展示を実施しています。
石本さんが手がけたマリメッコのテキスタイル、陶板の花が彩る、北欧インテリアでコーディネートされた空間です。ナチュラルな雰囲気で、居心地がいいですね。
おすすめは、みかんが入っている「濃抹茶アフォガード」。茶房とあって、お茶と相性のよいスイーツをいただけますよ。
ショップスペースが併設されており、オリジナルパッケージの和菓子、茶葉、砥部焼のアイテムも。素敵なお土産探しができますね。
『石本藤雄展 -マリメッコの花から陶の実へ-』開催概要
2018年10月27日(土)~12月16日(日)
*月曜休館(祝日および月の第一月曜日は開館し、翌日休館)
■会場
愛媛県美術館(愛媛県松山市堀之内)
■観覧料(税込)
1,200円(高校・大学生700円、小中生300円)
※第2会場・砥部町文化会館での作品展示は入場無料。
巡回展:2019年春/京都・細見美術館、2019年夏/東京・スパイラルにて
関西、関東にお住まいの方も、ぜひ石本さんの作品世界に親しんでみてください。日程の詳細は、以下サイトにて確定次第、告知されます。
最後に。
いかがでしたでしょうか。
誰にとっても、故郷の記憶は宝物のように、大切なもの。心の原風景となって美しく反映される、石本藤雄さんの自然をモチーフとした作品は、デザインの魅力だけでなく、忙しく過ごしているとなおざりにしがちな、大切なことにも気づかせてくれます。
「北欧デザイン」「マリメッコ」がお好きな方も、石本さんの作品を通して、さらに奥深いデザインの魅力にに触れてみませんか。
©️Chikako Harada