青森のりんご文化を世界へ
「雪をのぞけば、本当に住みやすいところ」
そう話すのは、木村木品製作所の4代目・木村崇之さん。今年で創業45年を迎えた小さな町工場は今、世界から注目されるものづくりを発信しています。
1階は工場、2階が事務所となっている。看板の書体は、先代の友人が描き起こした世界にひとつだけのもの
木をカットし、打ち、削る。工場のいたるところで小気味よい音が飛び交う
とりわけ力を入れているのは、県のシンボルでもあるりんごの木を使ったアイテムです。2016年には「Ringoスツール」を引っ提げ、「WOOD FURNITURE JAPAN AWARD 2016*」に出展。国内外から注目を集め、イタリア発のWEBメディア『designboom』に掲載されたことをきっかけに、パリのギャラリーでもスツールの取り扱いがスタートしました。
青森県産のひば・りんごの木を使用した「Ringoスツール」(写真:木村木品製作所)
現在栽培されているりんごの木は、剪定や収穫の作業がしやすいように品種改良され、背を低くしたもの。つまり、大きな木工品には使えないうえに、節も多く加工しにくいため、そもそも木材に適した木ではありません。
りんごの木。背が低く、枝が曲がりくねっているため本来は加工に向かない(写真:木村木品製作所)
「世界の銘木にも劣らない」りんごの木の魅力とは
4代目の木村崇之さん
「僕たちは、剪定した枝とか、なんでもかんでも使っていると勘違いされることが多いのですが、木材にするのは幹の太い部分のみです。そのなかでもコブや空洞化していない、状態のよい木だけを選んでいる。普通だったら材木屋さんからきれいな木材をもらってそのまま使えますが、りんごに関しては製材してもらえないので、自分たちで伐採するところから始める。本当に効率が悪いんですよ(笑)」
1.伐採
まずは職人自らりんご園に足を運び、木の状態を見極める。重機などはないため、チェーンソーを用いて自分たちで伐採。使えるかは切ってみるまでわからないのだそう。写真は岩木山の麓の放棄されたりんご園。廃材が出る背景には、後継者不足、りんご園の土地の売却や品種変更、木の病気などさまざまな事情がある(写真:木村木品製作所)
2.製材
男性3⼈でやっと持てるほど重い幹を⼯場に運び、さらにチェーンソーで割る。その後専用のマシンで製材作業をおこなう。リンゴの木はとても固いため、細心の注意が必要(写真:木村木品製作所)
3.乾燥処理
労力とリスクを伴う作業を終え、ようやく形になった木材は、半年ほど桟積みで天然乾燥させる。本来であれば3年が望ましいが、できるだけ早く製品を届けるため、人工乾燥機を併用している。写真は30年以上前の古木。とても状態のよい木なので大切にとってある、と木村さん
3.木材のクオリティをキープする独自の保管法
乾燥した木の状態を保つため、木材は「コンディショニングルーム」で保管する。厚いビニールシートで部屋を覆い、除湿乾燥機で水分を抜く。クオリティに影響する大切な作業
「ウッドデザイン賞 2015」を受賞した「りんごの木の名刺入れ」。内部にバネがあり、取り出しやすい仕様になっている。肌ざわりのよいりんごの木の質感が伝わる、なめらかな仕上がり(写真:木村木品製作所)
当初は箸や皿などの小物を作っていましたが、手間の割にどうしても単価が安くなってしまうのが悩み。「CHITOSE」では、技術を工夫することでアクセサリーからバスグッズ、リビング用品など、アイテムの幅を広げました。試作品を展示すると、想像以上の反響が。手ごたえを感じ、海外への出展も積極的に参加するようになりました。
江戸時代に津軽藩の藩主が、岩木山を見渡せるこの地を一大行楽地にしようと「千年山」と命名したことが現在の地名の由来。「ものづくりで人々の生活に夢を潤いを提供したい」という願いとこの地名の由来が重なることから、トップブランドを「CHITOSE」と名付けた
CHITOSEの「APPLE TREE」。りんごの木には小さい節目も多く、それだけで廃材になることも。穴埋め加工で節を取り除き、デザインの一部とすることで、ひとつとして同じデザインがないトレーが完成した(写真:木村木品製作所)
CHITOSEでは「太陽を纏うりんご」と名付けたアクセサリーも展開している。ひとつひとつパーツを削り出し組み合わせたデザインには、職人の丁寧な仕事が光る(写真:木村木品製作所)
自分たちらしいものづくりを。木工屋4代目の新たな取り組み
父・木村敏夫さんが「木村木品製作所」を創業した当時(写真:木村木品製作所)
「僕らみたいな製造元とお客さんの間を取る仕事じゃないですか。なんかこう、いつも地に足がついていない感覚だったんです。技術で食べているのではなく、会社の看板で仕事をとっているというか。普通の会社だったら経営が傾くような大きな問題が起きたときにも、上の人は責任を取らずに、退職金をもらって辞めていく。親会社に寄りかかっているような甘々な空気が充満していて、悶々と考えることが多くなってきたんです」
若手・ベテランの垣根を超え、職人同士の距離が近い。風通しのよい環境から思わぬアイデアが生まれることも
実は、木村木品製作所初のオリジナル製品はりんごの木を使ったものではなく、2005年に発売した木製玩具シリーズ「わらはんど」。どのおもちゃも、木村さんが幼いころの秘密基地づくりや河原での遊びなど、実体験がヒントになっているそう。木村さんの父が障子などの建具から家具や什器の製造にシフトしたように、時代の流れをいち早く読む力は父親譲りなのかもしれません。
もともと研究会のメンバーで始めたプロジェクト「わらはんど」。使う子供たちのことを第一に考えてきた取り組みが実を結んだ
店舗什器や特注家具製造の技術を活かし、子供向けの大型の遊具や空間も手掛ける(写真:木村木品製作所)
定番人気「りんごっこセット」のディッシュ。離乳食用の食器で、スプーンとセットで販売している。ころんとしたフォルムで、ママの手にフィットするよう、ひとつひとつ手作業で形を整えている
今後も「自分たちらしいこと」を形にしていきたいと話す木村さん。今関心を寄せているのは、医療の現場でも使えるような木製品。実現が難しい部分も多くありますが、ぬくもりある木製品を病院のそこかしこで目にすることができたら、どんなにすてきなことでしょう。さまざまなプロジェクトを縦横無尽に行き来し、前例がないことに挑戦できるのは、木村さん自身の心が動くことを信じているからなのです。
これからも、津軽の地とともに
剪定されたさくらの木
(写真:木村木品製作所)
「Ringoスツール」座面の削り出し
古くから人々がそうしてきたように、生まれ育った地に敬いの気持ちを持ち、足ることを知る。私たちが忘れかけている自然と人間のすこやかな営み。木村木品製作所のものづくりには、そんな心が宿っています。
(取材・文=長谷川詩織)
(写真:木村木品製作所)