インタビュー
vol.104 日本おもちゃ病院協会・三浦康夫さん 壊れても新しい命を。おもちゃ専門の名ドクターたのカバー画像

vol.104 日本おもちゃ病院協会・三浦康夫さん 壊れても新しい命を。おもちゃ専門の名ドクターたち

写真:岩田貴樹

壊れたおもちゃを原則無料で修理しているボランティア団体、「おもちゃ病院」をご存知でしょうか。TVや雑誌などで、一度はその名前を耳にした人もいるかもしれません。壊れたおもちゃに新しい命を吹き込む<おもちゃドクター>のみなさんは、今日もいきいきとした顔つきで活動しています。彼らの原動力を知るために、三代目会長の三浦康夫さんにお話を伺いました。

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2019年09月27日作成

少年の目をした大人たち

vol.104 日本おもちゃ病院協会・三浦康夫さん 壊れても新しい命を。おもちゃ専門の名ドクターたち
「おお、動いた、動いた!」

東京・四谷にある「東京おもちゃ美術館」の一室で、拍手と歓声が巻き起こりました。小さなクレーンゲームを囲み、少年のように目を光らせているのは「おもちゃ病院」のドクターたち。1996年に設立された「日本おもちゃ病院協会」*に登録しているおもちゃ病院は、原則無料で壊れたおもちゃの修理を行うボランティア団体です。会員の年齢は様々ですが、定年退職後の男性がメインの層。一度は失った機能をよみがえらせ、新たな命を吹き込む。その活動に生きがいを感じる人たちが集い、会員は全国で約1700人にのぼります(2019年8月現在)。
* 旧・おもちゃ病院連絡協議会。2008年に現協会名に改称
「東京おもちゃ美術館」がある「四谷ひろば」は、小学校の跡地を再利用した地域コミュニティの拠点。休日ということもあり、多くの親子でにぎわっていた

「東京おもちゃ美術館」がある「四谷ひろば」は、小学校の跡地を再利用した地域コミュニティの拠点。休日ということもあり、多くの親子でにぎわっていた

「東京おもちゃ美術館」でのおもちゃ病院は毎月第1・3土曜日に開催されている

「東京おもちゃ美術館」でのおもちゃ病院は毎月第1・3土曜日に開催されている

おもちゃ病院に持ち込まれたおもちゃは「患者」と呼ばれ、手術を受けます。当日中に直せるものもあれば、ときには入院が必要な「重症患者」も。この日も多くの患者たちが手術を受けていました。
おもちゃ病院の修理申込書。基本的にはどんなおもちゃも相談できるが、例外もある。エアガンや浮き輪など命にかかわるものや、価値の保証ができない骨董品・工芸品の修理は引き受けていない

おもちゃ病院の修理申込書。基本的にはどんなおもちゃも相談できるが、例外もある。エアガンや浮き輪など命にかかわるものや、価値の保証ができない骨董品・工芸品の修理は引き受けていない

丁寧にパッキングし保管されている「重症患者」

丁寧にパッキングし保管されている「重症患者」

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アニメキャラクターのおもちゃが発する電子音、にぎやかなメロディ、ザリザリとやすりを掛ける音……。部屋の中は、絶えず楽しい喧噪で満たされていました。所狭しと机に並ぶ工具は、プロのそれと変わりなく、ドクターの眼差しは真剣そのもの。まるで新しい遊びを見つけた子供のように、皆さんそれぞれの作業に集中しています。協会の三代目会長を務める三浦康夫さんも、約20年前にこの活動に魅了されたうちの1人でした。

ドクターの仕事はボランティアではなく「趣味」

「日本おもちゃ病院協会」三代目会長・三浦康夫さん(73)

「日本おもちゃ病院協会」三代目会長・三浦康夫さん(73)

「私はね、中学生のときからおもちゃを動かすだけじゃ気が済まなかったんですよ。『なんでこう動くの?』ってところまでわからないとぜんぜん面白みを感じなかったので、すぐ分解しちゃう。変な子供でしたね。当時のおもちゃはブリキ製が多かったので、鉄板の下の爪をくっと曲げるのですが、何度も繰り返せば折れてしまう。そのときは元通りにする知恵なんかないから、結局半分壊してしまうんですね。そしたら親父に叱られましてねえ。おまえ何やってんだ、と(笑)」

持ち前の探求心を活かし、学生時代は工学を専攻。大型車両の自動車メーカーでエンジニアとして勤務していた三浦さんが、おもちゃ病院の存在を知ったのは1997年のこと。街で偶然目にしたパンフレットの「おもちゃドクター」という言葉に惹かれ、試しに講座を受けてみると、少年のときの高揚感がよみがえりました。それからすぐにおもちゃ病院に参加し、おもちゃ修理の世界に夢中になっていった三浦さん。二足のわらじを履き、定年まで大忙しで50代を駆け抜けました。しかし、「ほとんど休みがなかった」と語る三浦さんの顔は穏やかです。
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「会社で『土曜日出勤してくれ』なんていわれても、ダメだ!って断っていました。もうこっち(おもちゃ病院)が優先でしたね(笑)。今も、ほかの趣味には手が回りません」

ドクターの活動は当然ながら、工具はほとんど自前で、交通費などは支給されません。ひとえに<ボランティア>というと、与える側と受け取る側が生まれ、対等な関係性を築くのは難しいことのように思えます。しかし、三浦さんはこの活動を<趣味>と表現します。
三浦さんの仕事道具が詰まったスーツケースは約20キロ。これを相棒に全国を飛び回っている

三浦さんの仕事道具が詰まったスーツケースは約20キロ。これを相棒に全国を飛び回っている

「自動車や家電の修理は、正規の部品に変えて品質を保証する。でもおもちゃの部品は外国製がほとんどなので、そのおもちゃをまた購入しない限り手に入らない。それじゃ修理にならないですよね。だから、どうやって元のように遊べるかを自分の頭で考えなくちゃいけない。これが面白いんです。たとえばゴルフをしている人は、練習場に行って、お金を払ってまで一生懸命通うでしょう。それと同じ努力なんです。こちらは『遊ばせてもらっている』のだから、お金をとらないのは当たり前。趣味として考えると本当に面白いし、そのうえ、なんと『ありがとう』っていってもらえるんですよ。こんなに素晴らしい趣味はないです。見てもらってわかるように、みんな目がキラキラしているでしょ」
出張病院のときの様子。目の前で喜ぶ子供の顔を見るのが何よりの楽しみだという

出張病院のときの様子。目の前で喜ぶ子供の顔を見るのが何よりの楽しみだという

そう話す三浦さんの顔がほころびます。おもちゃドクターの養成講座で、三浦さんが初めに熱心に伝えるのは、この「趣味」という考え方。単なるボランティアではなく、生きがいとして考えること。自分の考えで手を施したおもちゃが動くようになると、会員の顔つきがみるみる変わってくるのだといいます。三浦さんをはじめとしたおもちゃドクターの原動力は、そんなひたむきな思いなのです。

全国のドクターがもっと夢中になれるように

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東京おもちゃ美術館内で開催されるおもちゃ病院の完治率は95パーセント。「趣味」とはいえ、ドクターの技術はプロ並みです。三浦さんは、お客さんだけでなく会員であるドクターのサポートにも丁寧に取り組み、工夫を重ねてきました。会長になってから初めておこなったのは、オリジナルドライバーの配布。市販のドライバーは太く、小さなおもちゃのネジ穴には使えないことが多いのだとか。そこで、三浦さん自らオリジナルのドライバーを設計し、メーカーに特注。これがあれば、99パーセントのおもちゃに対応できるといいます。20年以上のノウハウを活かし、修理例などをホームページに公開し、会員の育成に力を注いでいます。

「私が会長になったときのひとつの目標は『いかに会員に支援するか』。簡単な手術でも、初めはすごく時間が掛かる方もいます。そんなときは、『自分が楽しめればいいんだ』っていうふうに、私はいっています。時間が掛かることは少しずつ。面白いと思えば、腕は上がりますから」
修理例の展示など、協会全体を通して会員の育成に力を注いでいる。修理において、接着剤はあくまで補助的な存在であると話す三浦さん。割れてしまったプラスチックは、細いステンレスワイヤーを通し、しっかり引っ張りながら縫合する。縫合したあとは、ワイヤーが緩まないよう、2液混合型のエポキシ系接着剤を充填(写真右・飴色の部分)。こうすることで、修理前よりも強度がUPするのだそう

修理例の展示など、協会全体を通して会員の育成に力を注いでいる。修理において、接着剤はあくまで補助的な存在であると話す三浦さん。割れてしまったプラスチックは、細いステンレスワイヤーを通し、しっかり引っ張りながら縫合する。縫合したあとは、ワイヤーが緩まないよう、2液混合型のエポキシ系接着剤を充填(写真右・飴色の部分)。こうすることで、修理前よりも強度がUPするのだそう

こちらもよくある修理例。摩耗して一部欠けてしまったギアに、別のギアを移植。こちらでも接着剤は使わず、ねじ留めすることで強度を上げる

こちらもよくある修理例。摩耗して一部欠けてしまったギアに、別のギアを移植。こちらでも接着剤は使わず、ねじ留めすることで強度を上げる

三浦さんが会長に就任してから7年で、会員は1000名ほど増加。おもちゃ病院の活動をもっとたくさんの人に知ってもらいたいという思いから、TVやラジオなどのメディアに出演したことで認知度も上がり、少しずつそうした活動が実を結んできました。しかし、まだまだ課題として感じていることは多いと話します。

「私が入会した前年に、各病院の技術格差をなくすために、全国の都市におもちゃ病院を作る目的で『おもちゃ病院連絡協議会』っていうのが立ち上がっているんです。でも、今も地方の病院で直せず、お客さんが困っているっていう相談が協会に届くんです。そういうときは着払いで本部である事務局に送ってもらうのですが、ほとんど直せるんですよ。まだまだ技術の共有ができていないと感じています」
三浦さんがいつも持ち歩いているパーツのほんの一部。工夫を重ねて修理に向き合ってきた、20年以上の経験が詰まっている

三浦さんがいつも持ち歩いているパーツのほんの一部。工夫を重ねて修理に向き合ってきた、20年以上の経験が詰まっている

「だからこそ一番大切なのは会員の支援」と三浦さんは話します。協会の専用ページには質問コーナーを設け、会員が壁に突き当たったときにはすぐに回答を調べられるようなシステムを作りました。新たな修理例があれば掲載し、すぐに会員に知らせています。「疑問が解決すると、みなさん喜んで取り組めるようになる」――ドクターに技術を共有できる場所や機会を増やし、病院の修理レベルを上げていくことが、目下の課題です。
クレーンゲームの修理に携わっていた阿久澤義秀さん。朝9時から手術を始め、4人ほどでアイデアを出し合いながら修理を完了させた

クレーンゲームの修理に携わっていた阿久澤義秀さん。朝9時から手術を始め、4人ほどでアイデアを出し合いながら修理を完了させた

しかし、三浦さんの地道な活動と熱意は、会員にもしっかりと伝わっています。さきほどクレーンゲームの修理を担当していた阿久澤さんは、入会して1年の新米ドクター。会社員として働く傍ら、土日を利用しておもちゃ病院に通っています。

「おもちゃ病院に通うようになってからは、家内に喜ばれています。来年くらいにはもうリタイアなので、その前に『あなたが夢中になれるものができてよかったですね』って(笑)。昔からこういうのは好きな方だったので、講座を受けたら楽しくて、即決。会長に頼んで、いろいろお世話になりました」
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講座内容がびっしり書かれたノートを見せてくれた阿久澤さん。「まだまだ教えてもらいながら……」とはにかみますが、目の前の患者に熱心に取り組む様子は、すでに立派なドクターの顔つきでした。

チームで協力すれば直せないものはない

この日三浦さんが取り組んでいたのは足が骨折した恐竜のおもちゃ。作業中は職人の顔つきになるのが印象的だった

この日三浦さんが取り組んでいたのは足が骨折した恐竜のおもちゃ。作業中は職人の顔つきになるのが印象的だった

手術が成功し、元気に動くようになった患者を見て「よしよし!」と破顔する三浦さん。その姿にこちらも思わず笑顔になる

手術が成功し、元気に動くようになった患者を見て「よしよし!」と破顔する三浦さん。その姿にこちらも思わず笑顔になる

現在は年間約1000件ほどの患者を受け持ち、20年以上ドクターとしてのキャリアを積んできた三浦さん。どんなものでも修理するのかと思いきや、不得意なものもあるのだとか。

「ぬいぐるみのお目目がとれちゃったっていうのがあってね、それくらいはできますけど、破けた洋服を直すっていうのはちょっと……。前にお人形さんの靴下づくりに挑戦したこともあるのですが、全然靴下にならない。なんやこれはーって代物になりましたよ(笑)。あと、私は電子関係にそんなに詳しくないので、そういうときは電子のプロである別のドクターにアイデアをもらう。自分でできそうだったらやるし、バトンタッチすることもあります」
女性のドクターは全体の3パーセント程度。ぬいぐるみの仕上げなど、繊細なニュアンスが必要な場面で活躍している方が多いという

女性のドクターは全体の3パーセント程度。ぬいぐるみの仕上げなど、繊細なニュアンスが必要な場面で活躍している方が多いという

vol.104 日本おもちゃ病院協会・三浦康夫さん 壊れても新しい命を。おもちゃ専門の名ドクターたち
三浦さんのその言葉どおり、ドクターたちの間には、垣根はありません。それぞれの作業に集中しつつも、一緒に悩み、成功すれば手放しで喜ぶ。世代や境遇を飛び越えて気持ちを共有できることが、おもちゃ病院の一番の魅力なのかもしれません。

「それぞれに得意分野があるので、『病院全体』でなんでも直せるという実力が必要だと思います。そういうふうに、チームとして協力すれば、直せないものはなくなっちゃうんですよ。めったに諦めるなんてことはないです。そんな環境を全国のおもちゃ病院に持ってもらうのが、私の夢です」
vol.104 日本おもちゃ病院協会・三浦康夫さん 壊れても新しい命を。おもちゃ専門の名ドクターたち
最後に、三浦さんに「おもちゃドクター」の心得をお聞きしました。

「『何としてでも直そう』という気力ですよ。それが一番大事。私も体調が悪いときは諦めかけるときがありますけどね。そういうときは、もう寝ちゃう(笑)。翌朝になれば『いや、待てよ?』とアイデアが沸くこともあるんです。そうなるとまたやる気が出てきて、いざおもちゃが動くようになるとやっぱり『よかった!』って思う。それが私の糧になっています」

三浦さんが決して諦めないのは、おもちゃの向こう側に沢山の人の笑顔を見ているから。何かを好きになる気持ちは、生きていくうえでのエネルギーであり、一番の処方箋です。年齢を重ねても、いつでも心に新しい風を吹かせることができる――「直す」というものづくりを通して、やさしい気持ちをもつドクターたちが教えてくれました。

(取材・文=長谷川詩織)
日本おもちゃ病院協会日本おもちゃ病院協会

日本おもちゃ病院協会

壊れたおもちゃを原則無料で修理し、新しい生命を与えることに価値を見出しているボランティアグループ。1996年に全国組織化した。主な活動内容は、全国の病院の紹介、ドクター志望者への養成講座、社会福祉協議会との協賛による各地での養成講座開催など。会員相互の情報交換や、技術交流、おもちゃ病院の普及に関する活動などを支援している。

「日本おもちゃ病院協会」公式HP
「東京おもちゃ美術館」公式HP

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