FABBRICAさんが暮らすのは、横浜みなとみらいのランドマークタワーや港北の観覧車を望める高台のマンションです。
このお部屋の1番の魅力は、お日様の光をいっぱいに取り込んでくれる、気持ちのよい窓。取材当日はあいにくの雨でしたが、晴れた日は冬でも網戸で過ごすこともあるほど暖かいのだそう。ここで生み出されるのは、お部屋と同じように見た人の気持ちが和む動物を中心とした刺繍作品。FABBRICAさんの作品は、昨年の「minne ハンドメイド大賞」では、1万7千を超える作品の中からゲスト審査員賞を受賞しました。
幼いころから洋服作りが好きだったというFABBRICAさんが今のスタイルに辿りついたきっかけや、ハンドメイドの楽しさについてお話を伺いました。
母が洋裁をしていたので、洋服に限らず小さいころから何かを作るのは好きでしたね。幼稚園のころに、しっかり縫えるおもちゃのミシンを買ってもらって巾着袋を作って。小学生くらいになると、簡単な夏用のワンピースを。あとは、「リカちゃん」の洋服をたくさん作っていました(笑)。
――ハイレベルですね……!縫い方などはお母様から教わって?
そうですね、直接教わったというよりは見様見真似って感じです。母が作っていたのはオーダーの服だったので、自宅にお客さんが来て採寸して……というのを一から見ていて。
――中でも思い出に残っている自作のものはありますか?
小学校の卒業式で、ウールのスーツを縫いました。それはさすがにちょっと難しかったので、母に手伝ってもらいながらですけど。痩せていたので、ちょっとふっくら見えるようにデザインをして一緒に作ったのはすごくよく覚えていますね。卒業式って割とみんな紺とかチェックとかパリッとしたものが多いですよね。でも私はモスグリーンのスーツに、白襟のブラウスを着て、渋めの格好をしていました(笑)。
洋服を作っている母の姿をずっと見ていて、自分は洋服を作る仕事に就くって思っていたので。大学も薦められたのですが、まったく迷いなく「アパレルデザイン科」への入学を決めました。
――在学中に思い出に残っている出来事を教えて下さい。
デザイナーを志す人がたくさん応募する大きなコンテストで、ファッション誌「装苑」が行っている「装苑賞」にノミネートされたことですね。私は2年生のときに選んでいただきました。デザイナーの先生に自分の作品を見てもらうっていうのは初めての経験だったので、刺激がありましたね。
――どんな作品でしたか?
その当時は若かったので、今と随分違うものを作っていましたね。立体裁断が得意だったので、ちょっと構築的な服かな。普段着るようなものではなく、舞台衣装というか、「魅せる」服が好きでした。やりがいを感じながら作っていましたね。
ティーンからミッシーミセスの服まで、いくつもブランドを扱っている大手アパレルメーカーに企業デザイナーとして就職しました。最初に担当したブランドが、母親よりも上の、ご婦人をターゲットにしたもので。量産型の服を作っている会社なので、まず「売れる」ということが大前提。そうするとどうしてもシンプルな服の仕事が続くので、自分がデザインしたい服をデザインできないというのが一番辛かったですね。「これ、いいのかな?」って思いながらもそれが売れたりすると複雑な気持ちでした。でも、大きな会社だったので、社会人の基礎から丁寧に教えてもらって、同期も多かったので、今でも交流がある仲間もいるんです。本当にもう一校通った感じでした(笑)。尊敬する先輩デザイナーもたくさんいましたし、楽しいこともたくさんありましたね。
――やりがいも感じられるお仕事だったんですね。
会社の中で定期的に部署移動する仕組みになっていて、そのあとに様々なブランドを経験させてもらいました。私が入社4年目くらいのときに、デザイナーの永澤陽一さんとブランドを作ることになったのですが、そのブランドの担当デザイナーに選んでいただいて。そこで初めてコレクションブランドのデザイナーさんとお仕事をしたのですが、企業デザイナーとは全然仕事の内容が違うんですよね。すごく大変だけど、「このやり方のほうが自分には合ってるんじゃないか」って思い始めて。そのころから転職を考えるようになりました。
リビングと隣接しているFABBRICAさんの仕事部屋
どこか懐かしい気持ちになる、温かみのある生地が並びます
当時大好きだったデザイナーの丸山敬太さんのところで、アシスタントデザイナーとして雇っていただきました。まあ想像以上にハードで、帰れない日も多かったです(笑)。同じデザイナーの仕事でも内容がまったく違うので、今まで通用していたことが全然通用しなくって最初はかなりヘコみました。ただもう、コレクションを生で見た時の感動は……本当に涙が出てくるくらい。まだアシスタントなので、自分が関わったことはところどころでしかなくても、本当にうれしかったですね。
――お話を伺っていても、FABBRICAさんのお洋服に対する熱意がひしひしと伝わってきます。今は服を作ることはないのでしょうか?
その当時は一人暮らしをしていて食生活も乱れていて、仕事がハードだったことで体を壊してしまって。その後はお休みをしながら、体調の良いときに手伝いにいくという形で何年か働かせていただきました。子供が生まれると同時に服作りもぱったりと辞めてしまって。
愛用している刺繍枠
家具や道具のお話を聞いていても、とにかく物持ちがいいFABBRICAさん。この刺繍枠は、なんと小学5年生のときから使用しているものだそう!
丸山敬太さんの作品は、とにかく刺繍が素晴らしいんです。私なんて全然足元にも及びませんが、とても勉強になりました。学生のころはやっぱり自分の中で「洋服」がメインだったのですが、敬太さんのところで働き始めてから美しい刺繍を毎日目の前で見ることができて、感動していたんですね。でも当時は忙しくて自分で刺すってことはできなくて。きっかけは子供ですね。幼稚園に入る時のバッグとか、「ちょこっと刺繍をしてみよう」と思い立って、そこからだんだん楽しくなってきて。そこから少しずつ雑貨に移行していった感じですね。
――そこから刺繍作家として独立された?
ちょうど息子が小学校に上がって、そろそろきちんと仕事に復帰しようと思った矢先に、病気になってしまいまして……。子供が育ち盛りのときにあまり遊んであげられなかったりと、かなり長い間何もできなかったときがあったんです。4年前にやっと手術をしてくれる先生が見つかって。そこから3回手術をして、今はもう全然大丈夫なんですけど。私が具合悪かった間に、子供はすっかり大きくなってしまって(笑)。
レギュラーで使用している道具たち。左の木箱は、小学校低学年のころにお母さんから譲り受けたもの
裁縫箱の中にある道具のほとんどが、昔から使用しているもの。ある物を大切に使う、丁寧なFABBRICAさんの性格が表れています
刺繍糸は絡まらないよう、三つ編みにして色ごとに保存
今年の春に高校2年生になります。子供にも手がかからなくなったし、「自分の作ったものを人にも見てもらいたい」っていう気持ちが出てきて。でも作品を売る場所がなくて、どうしようかなと思っているときに「minne」を見つけたんです。最初は幼稚園バッグを出品したんですけど、お客さんにとっても喜んでいただけて。今は子供の小物から、大人も使える刺繍雑貨も作るようになりました。
――2017年の「minne ハンドメイド⼤賞」では、ゲスト審査員篠原ともえ賞を受賞されましたね。
手触りがいいといってくださって、そういった部分もすごく大切にして作っているので、とてもうれしかったですね。
――ブランド名である「FABBRICA(ファブリカ)」も、生地に由来しているのでしょうか?
生地のニュアンスもそうなんですけど、「FABBRICA」はイタリア語で工場とか制作所って意味があるらしくて。自分が体調崩していた時期にも、少しは働かないと、と思って、自宅で縫製工場みたいな仕事もしていたんです。家に材量がドーンと送られてきて、それをひたすら縫うっていう。そういうこともあり、ファブリカっていうのは自分に合っているなと。
「ハンドメイド大賞」の賞状は大切に飾られていました
「ハンドメイド大賞」で篠原ともえ賞を受賞した作品。転がすと鈴が鳴るおもちゃは、赤ちゃんの好奇心を育んでくれます。篠原ともえさんも太鼓判を押した手触りのよさは、起毛素材を使っているから(画像提供:minne)
ブローチやヘアピン。それぞれにストーリーがあるような動物たちの表情に癒されます
サイズを気にしないで作れるところですね。ネット販売だと特に、直接会ってその方に合わせたものをなかなかお作りできないので……。洋服の仕事で縫製の技術も一通り学んだので、刺繍だけでなく、「物」とトータルで気に入って下さるのがうれしいですね。
――見た目の可愛さだけでなく、縫製をきちんと知っているFABBRICAさんだからこそのクオリティですね。モチーフに動物が多いのはなぜですか?
最初動物にこだわるつもりはなかったのですが、ペンギンの刺繍をした小物を初めてminneに出したときにたくさんお気に入りをもらって、TOPページでも紹介して頂けたんですね。それまでなかなか売れなくて、「どうしたら買ってもらえるんだろう」って考えていた時期だったので、そこから動物の刺繍を多く作るようになりました。ちょっと見てこう、クスッとしてもらえるものがいいかなと思って。動物の表情も、同じようにしているつもりではあるんですけど、そのときの気分で少しずつ違うんですね、並べてみると。そういう意味での「一点物」の感じも楽しんでもらえるかなあと思っています。
――刺繍をするうえで一番こだわっているのはどんな部分ですか?
とにかく丁寧に仕上げること。さっき表情がいろいろとはいったんですけど、やはりお客様にお渡しするものなので、最初に出したサンプル写真から絶対に大きくずれちゃいけない。サイズにしても、雰囲気にしても、写真と同じものじゃないといけないって気持ちがあるので、サンプルを横に置いて、そこから外れないように作っています。焦っても絶対に良いものはできないので、とにかく一針一針丁寧に、ですね。
ギフトとしても人気のリバーシブルスタイ
人気の「よちよちペンギン」の刺繍。素朴な表情が可愛らしい
人気の「手刺繍のポーチ」
アップリケをたくさんつけた手提げバッグと、上履き入れの入園セットです。それに付随してお弁当箱入れとか、幼稚園グッズを作ってきました。その後、入園シーズンも終わったので、大人向けのポーチとかバッグを作り始めたんです。本当に小さい物が多いのですが、低価格で発送できるのでお客様も買いやすいかなと思って。
――お客さんの反応はいかがでしたか?
皆さん、本当に届いてすぐにレビューを下さるのでうれしいです。作品を作るのは、そういう声のためだけといってもいいくらい。こちらが「買って下さってありがとう」なのに、「お譲り下さってありがとうございます」とかいわれてしまうと、もう……感激しちゃいます。
――企業でものを作っていると、お客さんの手元に届いた後のことは見えづらいですもんね。
そうですよねえ。ヒット商品を担当したときは、着ている人を町で見かけたことが何回かあって。うれしかったですけど、話しかけるわけにはいかないので(笑)。あとは、お客様のお子さん自身が「これがいい」って選んでくれたこともあって。そのときは売り切れだったアイテムだったんですけど、「作れませんか?」ってお話頂いて、再販したらすごく喜んでくれたりとか。リピートして下さる方も少しずつ増えていて、皆さん本当に優しく温かいレビューを下さってうれしいです。
「よちよちペンギン手刺繍のペンケース」。表地はリネンのキルティング、裏地はインド綿のマドラスチェックになっています
洋服づくりは今も好きで、今後はサイズを気にせず作れるエプロンから展開していきたいと話すFABBRICAさん
できあがって写真を撮るのが、すごく好きなんです(笑)。
――写真を撮ってUPする作業が大変という作家さんも多い中、意外な答えです(笑)。
大変なんですけど(笑)、それがいいですね。陽の入り方によるんですけど、いつも窓辺に板を立てかけてペーパーを留めて、古い一眼レフで撮っています。小さいものだったら木の板に乗せて上から撮ったり。
――たしかに、どこで撮っても画になりそうです。今のお部屋に住んでどれくらいですか?
16年くらいですね。
アイテム撮影に使用している一眼レフ
デロンギのオイルヒーター。息子さんが小さいとき、エアコンの風で乾燥しないように購入したもの。日光に当たっているような、じんわりとした暖かさなのだそう
このあたりは、この先ずっと高い建物が建たないということを聞いて。それで即決しました。目の前にもマンション専用の公園があるので、子供も遊ばせられるなあと。本当に、家具は継ぎ足し継ぎ足しなんです。ダイニングの白い棚も、前の住まいのときから使っているものでちょっと若い感じなのですが、まあそれも思い出だなあと思って大切に使っています。今は和室で作業しているのですが、特にこの作業部屋用に買い足したものはなくて、あるものを寄せ集めただけで。でも今は使いやすくなっていますね。子供が小さいときはここに布団を敷いて家族で寝ていたんですけど、今は子供部屋があるし。家事をしながら行ったり来たりできるので、効率がいいんです。
――よく行くインテリアショップはありますか?
二子玉が近いので、蔦谷家電によく行きます。広くて楽しいんですよ!公園にいる感じなので、本を読みながらお茶をして。私、家電や機械がすごく好きなんですよ。セッティングするのも好きですし。最近はあまり買えてないんですけどね……。
――機械好きとは意外です(笑)。昔購入したものでも、今のお部屋とすごく調和していますね。落ち着く空間というか、静かだし、作業にも没頭してしまいそうです。
静かですよね。すぐそこに国道が走っているのに、向きなのか全然車の音とかしなくて。もう、気がつくと何時間も経っちゃうので、ここのところずっと寝不足です(笑)。
ダイニングテーブルは「ikususu」という日本のブランドのもの。「アルダー」という木材を使用していて、日本の気候にも合うのだそう。身体に害がなく、息子さんが喘息持ちだったこともあり購入。テレビ台も同じブランドで統一
結婚当初から使用している棚
テーブル上の照明は無印良品のもの。ライト部分はゴムなので地震が来ても安心
小さな糸くずが出ることが多い縫製の作業。夜中に掃除機をかけなくても済むから、箒で掃除することも多いとか。もうずっと愛用しているというはりみと手箒
生き物が好きで、ベランダでは鉢の中でメダカとエビと貝を飼っているそう。現在は冬眠中。暖かい日は姿を見せるそうですが、今年の大雪の影響かメダカの姿を見かけていないので少し心配なのだとか
せっかく病気を克服して元気になったので、おばあちゃんになったときに悔いが残らないようにしたいです。今の状態だと、悔いだらけなので(笑)。
――闘病は本当に長かったんですね……。
長かったですねえ……。本当に何もできない期間が6年くらいありましたかね。病院を転々として、入退院を繰り返して。変な話、戻ってこれるのかって思った時期もありましたねえ。子供のこととか、心配事はたくさんあって。折角こうやって生きているんだから、悔いのない生活をしていかなくちゃと思っていて。今回ありがたいことにminneさんで賞もいただいて、それが御縁で色々お仕事もいただけたりして。できる限りやっていきたいです。
人に教えるのがわりと好きなので、そういうこともちょっとやってみたいですね。あまり大勢の人の前で喋るのが得意ではないので、果たして「教室」というスタイルができるかわからないですけど……。母も洋裁の傍ら、教室を開いていたので。最近は目が悪くなってきたのもあってあまり大作は作らなくなりましたけど、今でも現役だし、私も迷ったら母に相談するんですよ。プロとしても人生の先輩としても、今でも私は敵わない存在です。もしかしたら、一生敵わないかもしれない(笑)。
コーヒーも好きで、一時期凝っていたというFABBRICAさん。カフェオレにすることが多く、深煎りの苦いものがお気に入り