写真を撮りながら世界を周ったのち、8年間在住した沖縄でガラスに出会い、宙吹きガラスの技法を学んだ後、卓上のガスバーナーで成形する「バーナーワーク」に技法を移行。2012年に「-uruguruGlass-(ウルグルグラス)」 として自身の創作を開始します。作品に使われているのは、すべて「ホウケイ酸ガラス」という特殊ガラス。80%が水晶と同じ成分でできており、一般的なガラスに比べて軽いのに割れにくく、透明度が高いのが特徴なのだそう。
ひとつひとつ手作業で生み出された作品をみつめていると、窓を滴る雨や、雪の日のしんとした空気が音としてきこえてくるようです。自然界の美しさを切り取った岡本さんのガラス作品は、どんなフィルターを通して生まれるのでしょうか。
窓際に飾られたオブジェ「blessed rain(恵の雨)」。吊るしているひも状の部分は糸かと思いきや、すべてガラス(!)。とても壊れやすいので持ち運びは不可。展示などでは2m近くあるものも作られたのだそう
「minne」内でも人気のガラスのアクセサリー
岡本さんのお住まいは、手前が生活スペース、奥が作業場となっている1LDK
いえ、全然。その前に、一年くらい海外をあちこち回っていたんですね。2003年くらいにエジプトに行ったんですけど、ホテルの本棚で『ニライカナイ 神の住む楽園・沖縄』って本をみつけて。「沖縄ってそういえば行ったことないなー」と思って、たまたま帰りにチケットが取れて。で、そのまま住んだっていう(笑)。
――かなり弾丸だったんですね(笑)。住むところはどうされたんですか?
エジプトでホテルが一緒だった人が沖縄の大学生で。もとは千葉出身だったかな。最初の一ヶ月間はその人の家に住まわせてもらっていました。
ガラス作家・岡本亮さん
うーん、でも旅を始めたきっかけは写真ですかね。19歳くらいのときに初めて撮ってから、独学でずっと続けていて。沖縄に行ってから、ガラスを始めるまでは5年ほどあったんですけど、海外で撮った写真を道端で売ったり、スタジオでちょっと働いたりして。
――ご経歴が多様ですね。岡本さんがガラスに興味を持ったのはいつごろですか?
もともとガラスの雑貨とかは好きだったんですけど、沖縄でバーテンのバイトをしていたときからですね。洋酒の瓶って変わったものが多いじゃないですか。それを片っ端からもらっていたんですよ。
――瓶を集めていたんですか?
そうなんです、部屋にすごい量の瓶が並んでいて。大量すぎて、関東に引っ越してくるときに大阪の実家に送っちゃったので、今はないんですけど(笑)。
過去に岡本さんが海外で撮影した写真(写真:岡本亮)
(写真:岡本亮)
そのバーの社長さんにガラス工房の人を紹介してもらったのがきっかけで、それまでは全然興味はなかったです。ガラスの学校に通っていたわけじゃないし、まずそういう工房があるっていうことすら知らなくて。工房の体験教室に参加してから面白いなと思って、電話帳に載っている工房に片っ端から電話をかけました(笑)。そのうちの1件で働かせてもらえることになり、3年間工房で職人として吹きガラスの技法を学んでいました。
――断られることもあるんですか?
全然あります。故郷に帰ってしまう人も多いので、他所から来た人はあまり採用しない傾向が強かったりもするんですよね。
――沖縄のどの辺りの工房だったのですか?
「読谷村(よみたんそん)」っていうところで。そこには焼き物の「やちむんの里」があって、わりと焼き物が盛んな場所なんですけど、その中に1件だけガラス工房があったんです。「なんでここにガラス工房があるんや」って感じで(笑)。
海でみつけたお気に入りのガラス片
本棚には、ガラス技法の本だけではなく、自然界の本や図鑑がずらり。岡本さんが沖縄に行くきっかけともなった『ニライカナイ 神の住む楽園・沖縄』も
稲嶺清吉(いなみねせいきち)さんっていう、結構有名な方のところだったんですけど。沖縄のガラスって泡ガラスとか有名じゃないですか。その泡ガラスを最初に作った人なんです。琉球ガラスに使われる「再生ガラス」って不純物があるから泡が出るんですけど、「良くない」とか「安物のガラス」って言われてた再生ガラスを、逆に泡を活かしたアートにしたんですよね。
――すごい工房だったんですね!
電話とかする前に何軒かの工房に見学に行ったんですけど、その工房だけ「ほかと違うな」って思って。そしたら電話したときにOKをもらえたのがそこで、ラッキーでした(笑)。
――もともと興味を持っていらっしゃって。やはり学んだことも多かったですか?
そうですね。職人の世界っていうのも初めてで、見て学ぶことが多かった。別に教えへん、その流れの中で勝手に覚えていけ、という感じ(笑)。作業中は結構厳しいですけど、ふざけ合ったりもするし、ケンカもするし、めちゃめちゃ怒られたりもするし、とメリハリのある環境でしたね。
沖縄にいたとき、ガラス技法の一つ「バーナーワーク*」に興味を持ち初めて。いろいろ調べたら関東の方でワークショップや教室がたくさんあることを知り、こちらに引っ越すことにしました。工房で作っていたのは吹きガラスなんですけど、今作品を作っている技法は「バーナーワーク」という、また違うものなんですよ。
――その技法を知ったのはいつごろでしたか?
存在をなんとなく知り出したのは、ガラスを始めてから二年くらいですかね。沖縄でそういうものをやっている人も当時は少なくて、通販でバーナーワークの本を買ったんです。で、読んでみたんですけど全然意味がわからなくて(笑)。棒ガラスとか、パイプ状になっているものとか、材料がまず理解できなくて、これはもう直接学ぼう、と。
岡本さんの作業場。棚から机まで、すべて手作りです
知人から譲り受けたという実験用のガラス器具。持ち主である岡本さんでも、本来の使い方は未知のものが多いそう
教室っていっても、何日間かのワークショップみたいな感じで基礎的なところを学んで。
――そこからは独学ですか?
初めにバーナーワークの教室に通ってからは、ほとんど独学でしたね。でも、3年ほど経ってから、最初に買ったバーナーワークの本を書いた人のところのワークショップを受けたんですけど、3年分の苦労が一瞬にしてなくなりました(笑)。基礎的な部分で自分が苦戦していたことが、全部クリアになったというか。もっと早く受けておけばよかったな、と。
岡本さんのバイブル『バーナーワーク―酸素バーナーを使った耐熱ガラス工房 (家庭ガラス工房) 』
まあ、自分で考えてやったほうが面白い部分もあるので。ガラス自体をよく知らずにこの世界に入ったので、バーナーワークを知ったことで自分のやりたいことが明確になったというか、視野が広がりましたね。
――ガラスの魅力はどんなところですか?
ガラスって、溶かすと水と同じ動きをするというか、遠心力とかで球体になっていったり、「自然の形」になるところですかね。溶けてからどういう動きをするのか分からない部分があるので、思わぬところで「あ、こういう形になるんや」っていうのを知るのが楽しいですね。なので、失敗した作品をめちゃくちゃに溶かしたりするのが好きですね(笑)。そこから新しいものができたりするので。一般的なガラスは急激な温度変化が起こると歪みが生じて割れてしまうのですが、僕が使っているホウケイ酸ガラスは、熱膨張率が小さいので加工する上でパーツとパーツを接着しやすくて、さらに造形に向いている素材なんです。
そうですね。図鑑を読むのも好きで。たとえば雪の結晶をモチーフにするときに、八角形のものを作る人がいますが、自然界では基本的に六角形なんですよね。もちろん八角形もありえへんわけじゃないんですけど。そういう「意味」をちゃんと知った上で、存在していない形っていうのを作っていきたいなって。そういう意味では一点物はやっぱり作っていて楽しいですよね。アクセサリーが人気なのですが、僕は同じものを量産する……という作業があまり向いていないのかも(笑)。
関東に来てからはアルバイトをしながら作品を販売していたのですが、一年半前、大してお金も貯めずに勢いで「今や!」って辞めたんですよ。そこからだんだんと、底が見えてきて。もうやめようかなって、すごく落ち込んでいたときに、ギリギリでウォータークラウンのオブジェが特集されて、作品が売れ出して。そのときに、作品を購入されたうちの一人のお客様からお手紙をいただいたんです。その手紙の文末に「今日も明日もたくさん良いことがありますように。そしてたくさんチャンスに恵まれますように」って書いてあって……。めちゃくちゃ泣きましたね。本当に、生きるか死ぬかくらいのときだったので(笑)。
――それは感動しますね……!
そうですねー、タイミング的にも。頑張ろうと思いました。
人気の「ウォータークラウン」。小物入れや灰皿など、さまざまな使い方ができます(画像提供:-uruguruGlass-)
励みになった手紙は今でも大切に保管しています
そうですね、今は結構なんでもありみたいな感じじゃないですか(笑)。沖縄にいたときにちょっと凝りすぎてて、引越しをするときに色々捨てたんですよね。そういうのが寂しいなあと思って、今はあまりこだわったものを置かないようにしています。
――お部屋で特にお気に入りのものはありますか?
セミの抜け殻とかですかね(笑)。あとは、沖縄で拾った浮き玉。浮き玉って今はプラスチックなんですけど、昔はガラスの玉やったんですね。よく、居酒屋とかに行くとこれの大きいのが網に入っていると思うんですけど……。ちなみに、この形は激レアなんですよ(笑)。
――激レア(笑)。ずっと探していらっしゃったんですか?
そうなんですよ、毎日海に行くのが趣味というか。見つけたときは、「いやっほー!!」って感じでした(笑)。
「激レア」の浮き玉は、クリアケースにレイアウトしてオブジェ風に
沖縄の工房から、誕生日プレゼントでもらったアンモナイトの化石。棚の上は、岡本さんが愛してやまない神秘的なもので埋め尽くされ、小さな宇宙が広がっているようでした
沖縄に行ってからちょっと崩れた感じですかね。もともと柄シャツとかは好きで無地の細身のパンツとかを合わせていたんですけど、柄×柄になったのは沖縄に行ってから。友だちのお兄ちゃんとかに会うたびに「あれっ、またパジャマで来たかあ~」っていわれたり(笑)。
そうですね。屋号としている「-uruguruGlass-(ウルグルグラス)」も、大文字のGから逆に読むと「グルグル」なんですよ。
――あっ、本当ですね。だから一文字だけ大文字に……。
そうなんですよ。たまたま「Glass」で繋がったというか。昔からグルグル――渦巻き模様が好きで。屋号を考えるときに色々凝った名前とか、自分っぽいのを探していたんですけど、変にかっこいい名前をつけても、そのときの趣味とか好きなものって年々変わってくるじゃないですか。それで、ずーっと好きなのって渦巻き模様だな、ということでグルグル、グルグル……ってずっと紙に書いていて。最近はあまり着てないですけど、昔は渦巻き模様の服もよく着ていましたね。
もっと田舎に引っ越したいな、と(笑)。海が好きなので、候補として淡路島とかも気になっています。理想は沖縄なんですけど、やっぱりいろんな活動がしづらくなるっていうところもあって。でも、自然がいっぱいなので、沖縄の方がインスピレーション源として刺激になるものが多いんです。
やっぱり風鈴ですかね。硬質ガラスっていって、普通よりも硬い素材なんですよ。金属のような、音がすごくきれいなんです。これとかは、「珊瑚」っていう作品なんですけど、珊瑚の化石で作られたウィンドチャイムからヒントをもらって作ったんです。「珊瑚って穴ボコだらけやのに、すごい良い音が出るのはなんでかなー」って考えていて。そこから、ガラスに穴をいっぱい空けたら良い音になるかなって。
――すごい発想ですね。
普通穴が開いた風鈴なんて誰も作らないですよね(笑)。最初に作った穴の風鈴がこれで、作りが粗いんですけど、未だにこれを越えられる音の風鈴が作れなくて(笑)。5年間ずっとこの音を目指しているんですけどね……。
ガラスは何気なく置いてあるだけでもちょっと日常が変わると思うので、小さい物など取り入れやすいものから部屋に置いてみるのがいいかもしれませんね。僕は今のところ、ガラスには色をつけずにいろんな表現がしたくて。形だけではなく、影でも表情を出せるような。特に透明なガラスは、どんな背景にも馴染んでくれるので、これからの時期にもおすすめです。
広く解放的な窓際には、美しい光とガラス作品が共存していました