つまみ細工は、小さく切った羽二重などの布をつまんで折りたたみ、花などのモチーフを作っていく伝統工芸。江戸時代から続く歴史ある技法で、主にかんざしの飾りなどに使われていました。「伝統工芸」というとなんだか敷居の高いイメージですが、渡邉さんのブランド「あんみつゆっか」のつまみ細工はまあるい形ややわらかい色彩で、初心者でも気軽に取り入れられそうなものばかり。
ファッションデザイナーに憧れて服飾の高校を卒業後、「もっと幅広く学びたい」という思いから美大に進学した渡邉さん。つまみ細工作家の顔をもちながら、同居するパートナーとユニットを組み、2010年からアーティスト活動を続けています。部屋にはお二人の作品が心地良く溶け込んでいました。時間がゆっくりと流れるこの空間で、どんなふうに作品が生み出されているのでしょうか。
約2年半前です。
――どんなところからつまみ細工に興味をお持ちになったのでしょうか。
同居している彼と一緒にユニットを組んでアーティスト活動をしているのですが、当初の作品が「現代社会」に疑問を投げかけるような、コンセプチュアルなものだったんです。でも、途中から「社会とかいってるけど、自分自身、本当に何かできているのかな?」と不安になって。
「社会に対して疑問を投げかけられるほど、自分たちがちゃんとしているんだろうか」と思ったんですね。そこから「衣食住」をテーマに自分を少しずつ変えていこうと思ったんです。「食」は、身体に悪いものを食べないとか、旬のものを食べる程度ですけど、もともと興味があったのですぐに行動に移せたんです。次に「衣」では、自分の着ているものをまず見直しました。若いころはおしゃれがしたいけど、お金がないのでファストファッションのようなものばかり着ていて。それも、社会がどうした、資本主義がどうした、とかいいながら「自分が資本主義じゃん!」と思って。そこから、「今あるもの」の中で楽しもうと思うようになったんです。もちろん、お金があれば一点物の、質のいいものを着ればいいんですけど、そういうわけにもいかなかったので古着屋やリサイクルショップをたくさん回ってたんです。そのときに着物に目がいったんですよ。柄はすごく好きだけど、着方がわからないから着られない。でも、着方さえ分かれば着られる!それですぐに着物の着付けを習い始めたんです。そしたら必然的に和小物にも興味を持つようになって、つまみ細工もその中のひとつだったんです。
着物は、着付け教室の先輩に譲ってもらうことも。二週間に一度のレッスンやお出かけ、お客様をお迎えするときに着ることが多いそう。「今年からは着付けをする側にも挑戦してみたい」と渡邉さん
竹細工の篭は、高校時代に予備校付近の竹細工屋さんでいただいたもの。絵の具ひとつ購入するにも躊躇していた学生時代、興味がありお店に入るも、お箸を買うのが精一杯だった渡邉さん。何度か通ううちに職人さんと仲良くなり、美大の合格祝いにプレゼントしてくれたといいます。それからはお守りとして、いつも傍に置いているのだそう
そうですね。当時は「働き方」にも疑問があって。アーティスト活動だけで食べていければ何も思うことはないんですけど、なかなか難しくて。日本は特にそういう風潮があるのですが、初対面の人に「美術家をしています」っていうと「良い趣味を持っていますね」といわれてしまう。それは「食べていけていないから」ということに直結しているんだと思うんですけど。
――「働くこと」とご自身の「やりたいこと」の間で葛藤されていたんですね。
でも、たしかに「趣味」って持っていないなと思って。美術は生きがいとしてずっと好きでやっていたんですけど、「つまんない人間だな」って思うようになってしまったんです。まずは趣味を持とうと思って。以前は派遣でOLとして働いていたので、土日にしっかり時間を作ってつまみ細工を真剣に始めたんです。でも、「衣食住」の「住」を考え出したころと同時期くらいに電車に乗れなくなったんですよ。閉所恐怖症みたいになってしまって、途中で仕事に行くのが苦しくなるくらい本当に全然乗れなくなっちゃって。
たぶん精神的なものなんですけど。「衣」と「食」がよくなってきたときだったから、「私、逆に健康になってきたんじゃないかな?」と思って(笑)。今までぎゅうぎゅうの電車も全然平気だったんですけど、意識し出したらすごく怖くなってしまったんですね。アーティスト活動をしていると、展覧会優先になるのでどうしてもブチブチと切れた仕事ばかりになってしまって経験が積みあがらない。自分が楽しいと思えない仕事のために、都内まで一時間半かけて満員電車で通勤して、一生こんな暮らしをするのかな……って。周りにもものづくりをしている友だちが多いんですけど、既にものづくりで食べてる子たちもいたので、ちょっとモヤモヤしてきてしまったんです。
――焦りというか。
うん。でも、そこから、「真剣にやったらちょっと暮らしの糧になるかな」と思って、つまみ細工を本格的に始めることにしたんです。最初は、これで40歳くらいまでに10万円くらい稼げればっていうのを目標に。
――40歳という区切りにはどんな意味があったのでしょうか?
40歳くらいまでって思えれば、すごく尺が長いから、気持ち的にも楽に始められるかなと思って。
そうですね。つまみ細工って基本的には尖っている「剣つまみ」と丸い形の「丸つまみ」というつまみ方の二種類でできているんですけど、均等に作るというのが最初はすごく難しかったですね。シンプルがゆえにごまかしが効かないというか。
――最初に作品を販売したのはいつですか?
2年前、minneで販売したのが最初です。そのころ、WEB上でハンドメイド作品を販売できるサイトがあることを全然知らなかったんですけど、彼がパソコンとかすごく詳しいのでそういう情報を教えてもらったんですよ。当初はまだ上手にできなかったので、ちゃんと作れるようになったら販売したいなと思っていて。
――「minne」に出展してから変わったことは?
最初に一個売れたとき、すっっごいうれしくって。なんかもう、今まで生きてきた中ではちょっと違うレベルのうれしさ(笑)。自分が楽しく作ったものを買ってくれて、なおかつ感想を送ってもらって。作ったものを販売して生きていくって、なんかすごく良い!って、そのとき思いましたね。こんなにうれしいことがあっていいのかってくらいうれしかったです(笑)。
和糊をかまぼこ板にのばしていく伝統的な手法。「和糊は乾くと頑丈だし、作品と一体化してくれるので繊細な作品づくりに向いているんです」と渡邉さん
正方形の小さな布をピンセットで折り、糊に置いていきます。こちらは子ども用の長襦袢に使われるモスリンという素材。模様がグラデーションになっていて、折ったときにいろいろな表情が出るところがお気に入り
布でくるんだ半球の発泡スチロールに、ひとつずつ花びらのパーツをのせていきます。それぞれ違う素材の色が、絶妙な美しさを作っています
あとから気付いたんですけど、つまみ細工って意外と一年中イベントで使えるんです。浴衣だけじゃなく、お正月や、ひな祭り、卒入学、成人式とか。結婚式でつけるために購入してくれたお客さんもいらっしゃって、「そんなすごい日につけてくれるんですか!?」って(笑)。お孫さんの初めての七五三とか、そんな一生に一度の日に携われることに、いつも感動しています。
――たくさんのアイテムがある中で選んでもらえるのは、すごくうれしいですよね。
はい。そういうイベントで使って頂けて感激するっていうのはもちろんなんですけど、最近すごくうれしかった出来事があって。あるお客さんから「今度、新しい職場に行くので髪飾りを探していました」というご連絡が入って、最初は意味がよくわからなかったんですけど、あとからもらったレビューでその方にとっては不本意な異動だったらしいことがわかって。でも、「黒いスーツのお団子ヘアの子が来たって思われるより、可愛い髪飾りをつけている子が来たって思われたい。だからあんみつゆっかさんの髪飾りを買ってつけました」ってご連絡をいただいて、私、泣いてしまって(笑)。お守り代わりというか、日常のテンションを上げるために選んでくれたんだ、って思うと、本当にやっていて良かったなと思いました。
この日見せていただいたのは「剣つまみ」という技法
ギフト用の購入には可愛いラッピングも
つまみ細工は少しずつ流行ってきているんですけど、去年は普段から使い慣れているヘアクリップや、白やピンクの洋風アイテムが売れていたんです。でも今年はちょっと上級になってきていて、みんな「かんざしが良い」っていう流れになってきているんですよ。古典的なものに回帰しているというか。なので、若い方でも、紫とか渋くて大人っぽいものを選んで「粋」な雰囲気を楽しんでもらえればと。昔の雑誌のスタイリングとかを調べて、参考にするのも良いかもしれませんね。
私の地元は千葉なのですが、数年前、私と彼は大阪に4年間住んでいたんです。彼と出会ったのも大阪で。それで、商店街がすごいんですよ大阪って。お肉屋さんや八百屋さんとか、お店にすごく活気があって、当時私はそういうのに慣れていなかったのでとても珍しくて。でも、そういう生活にすっかり馴染んでしまったんですね。なので関東に戻ってきて部屋を探すときも、商店街がないところに住むのがちょっとキツいかも、と思ってしまって。
――大阪に慣れてしまったんですね。
そう、あの商人な感じがすごく好きで、こっちでもそういう場所を探そうってことになったんです。二人ともレトロなものが好きなので、「団地がいいんじゃない?」という話になって、4ヵ所くらい回ったんですよ。この町は商店街も多いのですが、とにかくここの緑がジャングルかってくらいすごくて。緑と商店街、町が生きている感じがとても気に入って、二人とも「絶対ここ!」という意見で一致しました。
この団地の敷地がすごく広くて。うちは駅から近い棟なのですが、同じ団地内でも駅から20分くらい歩く棟もあるんです。当初は同じ団地の別の部屋を見ていたのですが、決める寸前にたまたま最上階のこの部屋が空いて、運命を感じましたね(笑)。
――お部屋の中で特にお気に入りのスペースがあれば教えてください。
私たち、ベランダにゴザやお盆を出して、ご飯を食べたりお茶をしながらよく語らってるんです。真冬にはストーブを出しておでんを食べたりとか。本当に気持ち良くて、ごはんが倍おいしいんです(笑)!目の前も桜の木なんですよ。最初から葉っぱと一緒に咲く桜で、あまりゴージャスではないのですが、それがまた素敵なんです。
結構田舎なので、リサイクルショップで安くて良い物がたくさん売っているんですよ!二人ともそういう掘り出し物を探すのが好きなので、あまりおしゃれなところには行きません(笑)。
――お部屋の和家具も素敵ですね。
この箪笥も、市のリサイクルセンターで買いました。引退した職人さんが、粗大ゴミで出た家具をボランティアで修理して、超格安で売ってるんですよ。そのときは机を買いに行ったんですけど、この箪笥に惹かれて信じられない値段で購入しました。そのころ、作品が増えてきてしまって、段ボールに入れて置いていたんです。作業もしにくくなってきたし、在庫の置き場所がほしいと思っていたところだったので、これは呼ばれていると思いました(笑)。古いのでそれなりに使用感はありますけど、きちんと修理されているからどこも不具合はないし、何より一回捨てられたものが再生されていると思うとうれしくて。
パーツを入れている重箱は、彼が「引き出しとして使えるんじゃない?」と、お祖母様の実家から持ってきてくれたものなのだそう
つまみ細工の仕事は「陽がある時間だけ」と決めています。作業中、ホコリや仕上がりのチェックとか、一番細かいところまで見えるのが自然光なんですよね。夕方になったら、美術活動の方に移って、絵を描いたりもします。発送作業などは平日にしているので、時間に縛られることがない土日には、二人でよく散歩をしています。団地の中には、変なものがたくさんあって、常に探検ですよ(笑)。彼は鳥がすごく好きなので、ちょっと前は団地にいる野鳥観察にハマっていました。木が枯れると鳥がよく見えるので、双眼鏡を持ち歩いて。最近は植物が多い季節なので、見たことない実や葉を持って帰ってきて図鑑で調べたり、わりと近くで済ませてますね(笑)。
ハンドメイドって、出発点も終着点も「うれしい」なんですよ。今ってどこにでも物が溢れていて、みんなもしかしたら「これ以上いらない」って思っている時代かもしれない。でもハンドメイドは、作っている人も持っている人も幸せにする力があると思うんです。お金の交換というよりは、心の交換という感じがして、それが素晴らしいなって。今、ハンドメイドを始めてみたいと踏みとどまっている人がいれば、どんどんその気持ちを解放してほしい!地球規模で良いエネルギーが生まれていくと思うので(笑)、ぜひ始めてみてください!
やさしい色使いと可愛らしいフォルムが渡邉さんの作品の特徴