そうして急かされるように家に帰ると待っている、温かいお味噌汁とご飯。
ときにはお客さんを招いてちょっぴり豪華な料理を囲んだり、一人でササっと済ませたり。
こうしてほとんど毎日、私たちは「食卓」についています。今回は、そんな家庭の食卓に寄り添う、心地よい道具のお話です。
一味違うものづくりブランド・Nushisa(ヌシサ)
食堂でいただける、ある日のメニュー。大豆のコロッケを中心に副菜たっぷりの定食(左)や、白漆雑煮椀に入った季節の野菜と肉団子の丼物(右)を、Nushisaの器でいただきます(画像提供:竹俣圭清)
触って感じる、木や漆の「ぬくもり」の正体
竹俣さんによるテーブルセット。角のない線を描くテーブルと椅子は、一緒に座る人との距離が心地よい(画像提供:竹俣圭清)
「僕なりなんですけど、やっぱり『触感』がポイントです。木の家具なら何気なく触れたときに感じる木の温度や表面の仕上げ、質感、形。器でいうと、直接手に取り、持ち上げて、唇をつけたときの触感」
「日本は、ご飯茶碗もお椀も湯のみも、直接手にとって、それを持つという文化ですよね。これは世界でもめずらしい、触感を大切にする食の慣わしです。だから日本にはこれだけさまざまな釉薬の焼きものだったり、豊富な素材の器があるんじゃないかなと。そんななかで、木は熱の伝導率が一番低い素材なんです。だからお椀など熱い汁物を入れても熱くならず持つことができます。今は忠実に木の模様がプリントされたものもあるけど、この触感の気持ちよさは再現できない。それは、触って初めてわかること」
そう言って竹俣さんは、漆のお椀を口元に運びます。
手を綺麗に添えて、お味噌汁を飲む竹俣さん。
「触れて初めてわかることって、たくさんあるんです」
熱の伝導率が低いということは、たとえば温かいお味噌汁の温度もむやみに奪わないということ。あるいは、寒い冬にふと触れたテーブルが冷えきっておらず、暑い夏にはひんやりと涼し気であるということ。
触れたときの心地よい「ぬくもり」の正体は、気持ちや言葉の感覚な問題だけでなく、実際にわたしたちの身体が感じている、その温度や手触りだったのです。
少し早口になりながら、とても楽しそうに漆の魅力を次から次へと教えてくれます。
「木の器の”塗料”として、漆は最適だと思っています。安全、匂い、保護、温度、口当たり、経年変化など、総合的にみて漆と木はとっても相性が良いですね。何よりみずみずしさがあります。僕は家具も作るので、これまでウレタン、オイル、柿渋、ポリウレタン系などひと通り使ってきましたけど、それは改めて実感しています。」
「木の存在感は消したくありません。漆の美しさも木の美しさも両方わかるこの拭き漆は好きですね」
「塗っているときは漆の匂いがするでしょう?酸っぱいような、独特な。でも乾いて時間が経つと匂いはなくなります。木の樹液から採取した天然漆は、漆の中に含まれる酵素の働きによって硬化する安全な塗料なんですね。防水、防腐、防臭、抗菌効果にも優れているから、口に触れる、食べ物を盛る器の塗料として、本当に素晴らしい自然の産物だと思います」
漆を塗り、日常でも使っていくなかで、ご自身がどんどん漆を好きになったのでしょう。竹俣さんはうれしそうに、漆の魅力を尽きることなく語ってくれるのでした。
そんな、竹俣さんが愛する「木」と「漆」。現在Nushisaで製作されるこの二つにいきつくまでの道のりは、いったいどのようなものだったのでしょうか。
暮らしに寄り添う「家具」と「漆」の原点
「小さいときから手先は器用で、絵や書道はいつも一等賞でした。遊ぶことも大好きでしたね」と話します。3人兄弟の末っ子としてのびのびと育ち、成長してからも「自分の好きなことを仕事にしたい」という思いは募ります。
「大学時代に経験したアルバイトを通して『木工を勉強したい』と思うようになったんです。主に内装の施工の手伝いをする仕事だったのですが、自分たちで材料を仕入れ、デザインし、作るといった創作活動がとても楽しかった。それから自分の部屋をいじったり友人の頼まれた家具を作ったりするうちに『木工を極めてみたい』と思いました。そこでさっそく家具職人になるための就職活動をしたんですが、通った大学は普通の四年制だったので、美大や工芸大学、あるいは職業訓練校へ行ったわけでもなかった僕はどこも採用してくれなかった。だから都内の家具屋さんを訪ねては『これはどこで作られているんですか』と聞いて工場に足を運ぶ、という方法をとったんですが、それでも全部ダメで……。50件以上はまわりましたねえ」
「国内外のけっこう名の知れたブランドの家具やソファを作っているメーカーだったので、おもしろい現場を体験できました。上がってきた図面をいかに忠実に、正確に、かつ早くあげることができるかという、職人としての修行をさせてもらいましたね。それから、自分が作りたいものを作るだけでなく、届けたい人の思いを汲み、家具を通して暮らしの形を提案できるという考え方もここで学びました」
竹俣さんの作り手としてのスタートは、家具職人でした(画像提供:竹俣圭清)
「でも一年ほどやってみて、正直これは自分じゃなくても、誰かがやったほうがきっといいんじゃないかと思ったんです。『やっぱり自分は作りたい』と」
「やるからには自分じゃないとできないことをしたい、と思いました。それってなんだろうと考えたときに、ひとつは『木工』がありました。やっぱり好きだったんですよね、家具づくりが」
そしてもうひとつの柱として考えたものが、家業である「漆」のよさを伝えていくことでした。
「僕は小さいころから漆器を使っていたので体にそのよさが染み付いていましたが、同世代の友達に『漆のお椀いいよ』といっても、みんなピンときてないんですよ。なんでかなって考えてみたら、『漆器を使った経験がない』ことに気が付いたんです。つまり当たり前かもしれないですけど、経験がないと漆のよさってわからないんだと思った。これは、もったいないことだなと」
「漆のお椀やカトラリーのよさは大人になって気がつくこともありますが、こどものころから慣れ親しんでいる経験がないとなかなかそこに辿り着けない。小さいときから木や漆に触れてもらいたいという想いから生まれたのがこの『co・zen(こぜん)』なんです」
Nushisaの作品第一号。「co・zen(こぜん)」。カラフルで可愛らしい持ち手は持ちやすさが考えられており、口が触れる部分は滑らかな口当たりの漆。名称の「co」には、「子」「個」「小」「古」といった意味が込められています
伝統的な漆に合わさるポップなカラー。こどもの小さな手に馴染む柔らかいフォルム。誰かが使う場面を思い浮かべるだけで自然に笑みがこぼれます。これが、竹俣さんのものづくりへの想いがひとつのモノとして形になった最初の瞬間でした。
道具を通じて養われる、ものを大切にする力
人気のこども用のお椀「oui・zen(ういぜん)」を修繕した様子。綺麗に塗り替えられ布着せで補修されたお椀は、また持ち主の食卓に並ぶのでしょう(画像提供:竹俣圭清)
もちろん、こども用の漆だけでなく、大人のための椀や器もたくさんあります。写真は「NUSHISAの台所」店内の一角
食卓のある暮らしに寄り添う
「誰かが漆や木の家具のよさに気がついたとき、手に取れる環境を作っておかなきゃな、と思います。器なら食を通して使える場所。家具や椅子ならちょっと座るだけでなく食事をしたり経年変化が感じられる場所。使うことがリアルに繋がる場所にしたかった」
座ってみる、唇をつけてみる。そうやってものと向き合える場所として、ここは今日も家庭料理を提供します。食を通して体験する道具は、きっと気づかぬうちに心と身体に染み込んでいくのでしょう。
NUSHISAの台所では、竹俣さんが作る作品に出合えます(画像提供:竹俣圭清)
漆器の小皿は、コースターとしても
竹俣さんはそう言いながら、自身が作った椅子に座り、漆のスプーンを握りしめ、Nushisaの台所の人気メニューであるドライカレーをおいしそうにバクバクと平らげました。
器やテーブルなどの道具ひとつで、大げさではなく料理の味は変わります。だからこそNUSHISAの台所の料理はとてもおいしい。お気に入りの道具を家にむかえれば、同じことが私たちの家庭の食卓でも起こりうるのでしょう。
こうした家族の風景の一角で、道具は食卓をそっと豊かにしてくれます。
Nushisaはそうやって暮らしに寄り添いながら、おいしいレシピがもっともっとおいしくなる、心地よい食卓を可能にしてくれるのです。
(取材・文/澤谷映)
NUSHIAの台所店内。並ぶのは、食堂の作業場で作られるNushisaの家具。ひとつひとつ違う椅子やテーブルの表情が美しい空間です