そういって一枚の大きな布を広げて見せてくれたのは、「ilo itoo(イロイトー)」代表の大久保綾さん。ilo itooは、グアテマラの色彩に魅せられた二人の日本人と現地の先住民が作り出す布小物ブランドです。
「ilo itoo」のマネージメントを務める高崎真理子さん(左)と、代表・企画・デザインを務める大久保綾さん(右)。ともに福岡県出身
ilo itooのオフィスがあるのは、福岡県の中心地にある「FUKUOKA growth next」内。2014年3月に閉校となった旧大名小学校を再利用した官民共働型スタートアップ支援施設です
グアテマラとの出会いは、一冊の本
大久保さんの運命を変えたのは、20歳のときに読んだ一冊の本。大学で服飾の勉強をしていた大久保さんは、授業の一環で民族衣装を調べることになります。資料を探しにいった図書館でたまたま手に取ったのは、マヤの民族衣装の写真をまとめた図録・『五色の燦き』という一冊。ページを埋め尽くすのは、溺れるほどの色の海――その瞬間、大久保さんは目が釘付けになったといいます。
(画像提供:ilo itoo)
(画像提供:ilo itoo)
マヤ文明の文化や遺跡が色濃く残るその虹の国は、どうやらメキシコの下、日本のほぼ反対側にある地らしい――「本当に民族衣装を着ているのかな?」「現地の人たちの生活をこの目で見てみたい!」その好奇心は、大久保さんを突き動かす理由としては充分なものでした。マヤの民族衣装に出会って数ヵ月後、大久保さんはグアテマラに旅立ちます。
(画像提供:ilo itoo)
(画像提供:ilo itoo)
「グアテマラは、こういった先住民の人が約半数を締めるんですけど、すぐ傍にあるのが貧困だったんですよね。私は観光客だったので好奇心のままに見て回っていたのですが、小さな子どもが物乞いに来るという風景が当たり前にあって。『きれい、すごい、伝統って素晴らしい!』って感動する一方で、すぐ背中合わせにこういう現実があることがすごくショックで。こうやってウカウカと観光客としてきたことも良くなかったのかな、伝統が消えていっちゃうのかな、邪魔しちゃうのかな?とか、豊かさとか幸せとか生きること、いろいろなことを考えさせられた二週間の旅でした」
「ilo itoo」のはじまり
事務所には、「マヤ民族」に関連する本や写真集がびっしり
再び、グアテマラへ
「やっぱり、忘れられなかったんですよね。グアテマラの人々の陽気さや、カラフルな街並みが」
「もう少し知りたい、もう一回行ってみよう」
そう決心した大久保さんはデザイン会社を退職し、二度目となるグアテマラへ旅立ちます。今度は好奇心だけの旅ではありません。午前中には、グアテマラの公用語であるスペイン語、午後には現地の手織物を習うという、濃密な一ヶ月間を過ごしました。
(画像提供:ilo itoo)
「私は最初から模様織りっていう作業に挑戦したんですけど、縦糸に少しずつ色の糸を数えながら掛けて、模様を仕上げていく作業なんです。まず縦糸を整える整経(せいけい)って作業をしてからようやく織り始めるんですけど、何百本という糸を数えるんですよね。二週間かけて午後に通って、ようやく20センチくらいのものができあがったんですけど、そのときにやっと『なんて大変な作業なんだ』ということを実感しました。数学やマヤ暦とかの天文でも知られていますけど、まさに数に強い民族だからできるワザなんだなあと」
「本当にやりたかったこと」
「現地の人たちにアイディアやデザインを提供して、伝統をより魅力的なものにして……そうすることで、価値がもっと認知されて、文化が受け継がれていき、所得にも繋がっていく。『あ、じゃあこれをしよう』ってそのときに思ったんですよ」
コルテと呼ばれる民族衣装の巻きスカートをアップサイクルして作られた、ilo itooの定番人気アイテム「コルテスカート」。村によって異なる美しい配色や絣模様が特徴です
「彼女たちは、織りはできるけど縫製がいまいち上手じゃなかったり、デザインや製品など、加工する技術がなくて。型紙すら持っていなかったんですよ。それなら教えにいきましょうということで、みんなで帽子を作って販売したんです」
(画像提供:ilo itoo)
(画像提供:ilo itoo)
「本当にうれしそうにしてくれて。すごく素直な人たちで、やる気もあったし『次教えて!』っていってくるような人たちなんですよ。欧米人の観光客が多い場所で販売したのですが、さっそく商品が売れたという報告をしてくれたとき、喜びが輪になった感じがしたんです。私も彼女たちに技術を教えて、喜んでもらえてうれしいし、お客さんにも喜んでもらえる。ああ、やっぱりこのサイクルを作りたいんだなあ、私のやりたいことはこれだ、と改めて実感したんです」
「私は服飾とはまったく関係のない仕事で行っていたのですが、グアテマラという国や出会った人たちをすごく好きになって帰国したんです。帰国後は普通に日本で就職したのですが、やっぱりグアテマラに関わり続けたいと思っていたので、ブランドの構想を大久保から聞いたときに、手伝うことに決めました」
さまざまな壁を乗り越えて生まれた現地メンバーとの絆
縫製チームの現地メンバーと(画像提供:ilo itoo)
クオリティの壁!?
現在、ilo itooの縫製チームは「サン・フアン・ラ・ラグーナ」という町の現地女性たちからなっています。アティトラン湖という美しい湖のほとりにあるこの地は、大久保さんの協力隊員時代に、月に一回訪れていた町。大久保さんは当時から、この地に生きる女性たちに光るものを感じていたといいます。
「グアテマラは、『マチズモ』という男尊女卑の文化が根強く残る国なので、なかなか女性が働きに出れないっていう現状があるんです。そんな中でも、この町は女性が活発に仕事をしているので、以前から『なんか生き生きしていていいなあ』って思っていて」
(画像提供:ilo itoo)
「日本だったらきちんと検品して品質管理して、何センチ、何ミリの差で良い基準のものを販売しますよね。でも、まずグアテマラでは物差しの目盛り自体がズレていたんですよ(笑)。ハサミは切れないし、机もでこぼこだったし。検品の概念というものがなかったんですよね」
こちらも「コルテ」を使ったPCケース。カラフルなボーダーにグアテマラ特有のかすり模様が入ってます(画像提供:ilo itoo)
「彼女たちも、不満を抱えている部分もあるんですよ。自分たちの村にいきなり入り込んできた外国人に対して、『きっとお金あるんでしょう?』『一時的に利用されて終わりなんじゃないか』とか、思うところはいろいろあったと思うんです。でも、信用してもらうために『よくそこまでできるな』ってことをやってきたつもり。私たちは二年間グアテマラに住んでいたし、観光客じゃなくて、現地にいるあなたたちと一緒!という目線で根気強く話してきたから、今やっと、信頼関係が築けてきたのかなと思っています」
最近作ったアイテムの中でお二人が一番お気に入りだという刺繍Tシャツ。ちょっとシュールで繊細なモチーフは、どれを選ぼうか迷ってしまいます
この刺繍はサン・フアン・ラ・ラグーナの近くにある、サンティアゴ・アティトランという村の技術。ずっと見ていたくなるような細やかな手仕事です
サポートしていきたい
「技術だけではなく、真面目で向上心があるという部分でも選ばれしメンバーだと思います。昔よりクオリティはすごく上がったし、ダメなところを指摘したらそれをちゃんと受け止めて次に活かしてくれるんです」
グアテマラの直営工房(画像提供:ilo itoo)
エプロンを製作したフロリンダさん。HPのメンバー紹介には、「読み書きはできないけれど、やる気があって実践のみで作業を習得する強者」とあります(画像提供:ilo itoo)
エプロンの実際の指示書。製作者のフロリンダさんは、マヤの現地語”ツトヒル語”のみを話しスペイン語の読み書きができないため、商業高校を卒業した、チーム内の20代女性がサポートしてこの指示書を作成したのだそう(画像提供:ilo itoo)
あの色彩を知ったときの「ドキドキ」を、多くの人に広めていきたい
ツアーメンバーの集合写真(画像提供:ilo itoo)
「アンケートの中で毎回『ツアーの中で一番良かったのは?』『グアテマラの魅力は?』というような項目があるのですが、皆さん『人』って書かれるんですよ。やっぱりそこが魅力的だからそれが製品にも表れてくると思っているので、それを感じ取ってもらえるっていうのはやっぱりすごくうれしいですよね」
実際のアンケート(画像提供:ilo itoo)
「日本ではこういう極彩色って馴染みがないけど意外と取り入れられるし、気持ちも明るくなるんです。その製品が、ただ大量にどこかの工場で作られているのではなく、ちゃんとストーリーがあって、どこか人を助けることにも繋がっている。グアテマラの手織物は、着こなしで楽しめて持っていることでも心が満足できるものだということを、もっと広めていきたいと思っています。私がグアテマラの民族衣装を初めて本で見たときの、『ドキッ』とした感覚をお客さんにも味わってほしい。自分自身も、作っている人の顔が分かるものの方が大事に使うと思うし、そういうものを作っていきたいですね」
――たくさんの人の心にたくさんの色が溢れますように
これは、ilo itooのものづくりの根底にある思い。あなたの中にも、まだ見ぬ美しい色が眠っているかもしれません。
(取材・文/長谷川詩織)
Information
★記事中で紹介した「ilo itoo」のグアテマラツアーが今年も開催されます!★
【グアテマラ死者の日とマヤの暮らしと手しごとをめぐる旅】
日程:10月27日(金)~11月3日(金)
申し込み〆切:8月31日(月)
★ilo itooのアイテムが購入できるイベントが大阪で開催!★
【ilo itoo GUATEMALAN RAINBOW MARKET】
日程:7月28日(金)~8月3日(木)
場所:SAA 大阪府大阪市西区江戸堀1-16-32 E-BUILDING 1F
そこにあるだけではっとしてしまう、鮮やかで美しいプロダクトの数々(画像提供:ilo itoo)