PART1 人には人の情熱の注ぎ方
あなたこそ真のプリンセスです。
漫画家の世界を覗くおとぎ話
■『コミケ童話全集』おのでらさん(KADOKAWA)
プリンセスお母さんと同じく、同人創作サービスを扱うサイト「pixiv(ピクシブ)」でブレイクした童話のパロディ作品集。桃太郎や一休さんなど、誰しもが知っているおとぎ話の人々が、著者としては“日常”に値するのでしょう。コミックマーケットへの出品を前提とした、彼らの活躍劇が繰り広げられます。BL同人作家のおばあさんの作品を読んで感銘を受けたお地蔵さんたちが差し入れとして持ってきたのは米俵…。創作活動を楽しむ人々の日常がなんとなく垣間見えてきます。漫画制作現場の細かい知識にも感嘆。
ああ愛すべきオタク女子
■『私のジャンルに「神」がいます』真田つづる(KADOKAWA)
インターネットやオタク文化がひと昔前よりも一般的になったことで広がった、同人創作活動。連載されている漫画の二次創作を行う女性たちの前に颯爽と現れた〈神〉同人作家の綾城さんが、とにかく全員の感情を掻き乱していくオムニバス作品集です。綾城さんは、とにかく天才。作品のファン全員が、彼女の作品に引っ張られてしまうのです。それを見ていて「私だってやれるぞ」「彼女に評価されたいのに」「私の作品解釈を見てくれ」と(1人で)叫ぶ女性たち。注目したいのは、彼女たちは全員自分の創作活動に全てのそのエモーションをぶつけて昇華しているところ。何かを能動的に生み出そうとするのって、ヘルシーなストレス発散方法だと思うんですよね。
奥深きメンズファッション哲学入門編
■『服福人々』坂本拓 著(ヤングジャンプコミックス)
32歳のサラリーマン男性が主人公の物語。人生にちょっと疲れてはいるものの、服を買うことが大好きで、服飾費を使うのが趣味と言ってもいいぐらいの様子です。彼が出会ったのはファッションデザイナー兼、塗装屋の男――。
どんなスタイルにも文化や哲学があるということを教えてくれるこの作品。基本的にはカジュアルラインですが、毎話ごとに30歳以上の男性のファッションについて丁寧に説明があります。メンズファッションって、結構奥が深いんです。2人のゆるい距離感の会話を追うだけでも、いい気持ちになります。
PART2 確かに存在する人びとたちの肖像
〈足りない〉って、何?
■『ちーちゃんはちょっと足りない』阿部共実 著(少年チャンピオン・コミックス・エクストラ もっと!)
2014年に文化庁メディア芸術歳マンガ部門の新人賞を受賞した作品。中学2年生のちーちゃんとナツ。ちーちゃんは、ちょっぴり〈足りない〉女の子です。体が小さくて、行動も幼め。勉強も苦手で、中学生だけども割り算ができません。彼女が悪気なく起こしてしまった事件をきっかけに物語が進みます。彼女の友達のナツは、この事件に対してどのような行動を取るのか。本当に〈足りない〉のは、誰で、何なのでしょうか。少し後味の悪い作品ですが、きっとあなたの心に残るものがあることは間違いありません。一冊で完結するので、是非読んでみてください。
同じ人間として関わるということ
■『健康で文化的な最低限どの生活』柏木ハルコ 著(ビッグコミックス)
生活保護のリアルをまざまざと描いた作品。新人ケースワーカーの主人公は新卒公務員。初めて配属された福祉事務所で、生活保護に関わる業務に携わることになります。1話目から、かかってきた電話で「もう今から死にます」と言われて、プチ・パニックに。しかし周囲は「あー」と案外ナチュラルな反応。とりあえず見に行ってみようか、と呑気な上司。
様々な問題にぶち当たる主人公のから見る生活保護の人々は、どのような人たちなのでしょうか。彼らは“健康で文化的な最低限度の生活”をぎりぎり保障されている、自分たちと全く変わらない同じ人間であることを突きつけられます。
1人でこっそり「フフッ…」な夜に
■『まれなひと』白湯白かばん 著(KADOKAWA)
軽いタッチで描かれる人々。4コマ漫画を並べたような構成になっているので、ごろっとベッドやソファに寝転んで、だるだるとしながら読みたい作品です。もともとはTwitterでアップされていた作品なので、スマホをスワイプしていくようなライトな読み方が似合う作風になっているのかもしれません。何か劇的な事件が起こるわけでもなく、にゅるりと話が展開していく不思議なオチの数々。「こんな言葉の返しもありか…」と思ってしまうページも、きっとあるでしょう。顔には出ない、1人だけの(フフッ…)が欲しい人へ。
誰にでもあるらしい、辛い時期
■『この町ではひとり』山本さほ(小学館サービス)
美大受験に失敗した主人公山本さん(著者ご本人と名前が同じです)。引きこもり生活をマイナス方向にエンジョイしていたのですが、ふと思い立って、自分のことを誰も知らない街で暮らそう…と思い立ちます。いい感じに心温まるエピソードの数々が展開されると思いきや、全然そうではなかったのでした。
著者本人の「最悪だった」「二度と戻りたくない」1年間を描いた本作品。胸が痛くなるリアルな描写がたくさんあるので、元気のない時は読むのをお休みするべきかもしれません。しかし、不運な出来事が重なり合う時期というのは誰にでも存在するのだろうと思いました。自尊心が削られ、私が悪いのだと思い込んでしまうような時期が、人生のうちにどこかでやってくるのでしょう。「不幸自体に何か意味があるのか?」と求め過ぎることをやめたからこそ、描き切れた辛い過去だったのだと思います。実際、著者もまったく悪くなかったんですからね。
剣山を覆う木蓮の花弁
■『白木蓮はきれいに散らない』オカヤイヅミ(小学館)
社会人になってからかなりの年数が経ってしまった。現実ってゆるっと地獄。できることも増えたし、ライフステージの変化もあったし、大して不幸だって騒ぎ立てるほどの辛いドラマもない。でもだからって、しんどくないわけじゃない…。
そんな現代女性たちの肖像を描く傑作です。実は家事が大嫌いな専業主婦、離婚調停中のプレ・バツイチ、結婚なんてしたくないキャリアウーマン。この3人が、高校時代の同級生の遺産を相続することに。薄ぼんやりと靄がかったようなタッチで描かれる物語で、私たちの行間を読む力が試される作品であると感じます。このやわらかい輪郭の中にある剣山は、主人公たちだけではなく、私たちにも針を向けています。しかし、柔らかく分厚い白木蓮の花弁で、そっとその先端が覆われているような、そんな作品です。
PART3 異なる世界線を楽しむ
実はSFなチャイナ・浪漫
■『九龍ジェネリックロマンス』眉月じゅん(ヤングジャンプコミックス)
チャイナなお洋服やカンフーシューズがファッション界に少しずつブームを巻き起こしています。その憧れを後押しするような本作品は、九龍が舞台。雑多で、ゴミゴミとしていて、埃っぽく、夏は捨てられたテレビやラジカセからぐらぐらと熱が立ち上る…そんな街の小さな不動産オフィスに勤める2人の男女のラブロマンス。
1巻目から、夏の女性のエロティックな情感にドキドキとしてしまいますが、巻末にて、一筋縄ではいかない話だったのがわかります。「えっ、そういう話なの!?」と驚きながら、ついついすぐに2巻目に手を伸ばしてしまうこと請け合い。スイカと煙草、冷蔵庫でカルキを抜いたキンキンの水、屋台での熱々の中華な昼ごはん…ああやってみたい!!と思うTIPSもたくさん詰まっています。ロマンスだけでなく、浪漫もたっぷりの作品です。
ひんやり冷たい宇宙のどこか
■『坂月さかな作品集 プラネタリウム・ゴースト・トラベル』坂月さかな(パイインターナショナル)
幻想的なイラストで楽しめる、“ある宇宙”の物語たち。暗い夜に静かに読みたい作品が詰まっています。幻想的な夢のような世界が広がる作風の著者ですが、その真髄は深海のような静けさをもっているところだと思います。ノスタルジーを感じながらも、SFであることは間違いありません。著者は他にもさまざまな作品集を刊行していますが、今回は「青」という色がテーマになっているように感じられます。夏の夜にエアコンをつけて楽しむのに最適なように感じました。心を癒す、ベッドタイムストーリーとして、どうぞ。
かつて存在した情熱家たちの戦い
■『チ。ー地球の運動についてー』魚豊 著(ビッグコミックス)
中世ヨーロッパ。太陽が地球の周りを回っているのだという天動説が真実とされ、それに異議を唱えるものは火刑に処される時代。この話は、その天動説に知性と勇気を持って挑む人々の物語です。
1人目の主人公は、孤児として育ちながらも、器用で世渡り上手な秀才ゆえ「人生ちょろいわ」と思いながら生きていた少年。彼は天文学を趣味として嗜んでいましたが、とあることから地動説提唱者に出会い、運命が動き出していきます。時には全てを投げ打ってでも何かを求めたい時がある。「真実を知りたい」そんな衝動に突き動かされる人々が、命を賭して求める、宇宙の真実。私たちの常識は昔の非常識でした。彼らは常に理知的ですが、それ以上に情熱的です。平穏無事であることよりも、自分の信念を選ぶ姿に、胸がどきどきと高鳴る作品です。
漫画家たちの表現の可能性
描いていく過程で、おそらく著者たちは自分の体や心を抉る作業も通過しているはずです。その痛みを我慢してでも伝えたいものが作者たちにはあるのでしょう。熱意や衝動、なんらかの気持ちの結晶を受け取ることができるのって、ありがたいことですよね。ステイホームはまだまだ続きそうですが、こうしてたくさんのものを受け取れる機会や時間を大切にしていきたいものです。
■『プリンセスお母さん』並庭マチコ(KADOKAWA)
作者のお母様は生粋のプリンセス。「…どういうこと?」と思われる方、正常です。安心してください。本書は、とにかく自分のことを「姫なの」と信じて疑わないお母様の、ユーモラスながらもエレガントな毎日を実録したコミックエッセイ。実は、このプリンセスお母さんには学ぶことが多くあります。「姫」と呼ばれれば、相手のことを「あらどうしたの、他国の姫」と返すのです。なるほど、相手を庶民扱いするのではなく、同じ立場の尊い存在として扱う……。読み終わる頃には、真のプリンセスの器に相応しいお方である…と真剣な顔で頷いてしまうのでした。なんとなく暗い気持ちになった時におすすめの作品です。