物語の力によってもたらされる読書の快感
PART1:個性派揃い、登場人物を好きになる4冊
辻村深月『スロウハイツの神様』(講談社)
有川浩『図書館戦争』(角川書店)
メディア良化法という名の法の下、本の検閲による規制が横行する世界で、読書の自由を守るべく図書館は武器を取る……!一見突拍子もなく感じる設定でありながら、細かく構築された世界観がまるで不自然さを感じさせないことにまず感嘆せずにはいられません。そして、なんと言っても登場人物たちがいい!新人図書館員・郁と鬼教官・堂上の掛け合いはとにかく面白く、かと思えばオーバーなくらい甘い甘〜いラブ要素も。設定といいラブコメ具合といい、何もかもが大袈裟に振り切れているのになんともリアルで、どっぷり物語の世界を楽しめるエンタメ作品です。
茂木健一郎『東京藝大物語』(講談社)
脳科学者である茂木健一郎さんが、非常勤講師として東京藝大で教鞭を取った経験をもとに書いた小説がこちら、『東京藝大物語』です。個性的な学生達と、輪をかけて凡人離れした教授達……。フィクションで描こうとしてもこんな強烈なキャラクター思いつかない!と思わせる逸材が惜しげもなく次から次へと登場します。もしかしてこの人って実在するのかしら?と思わないではないけれど、そんなことは最早どうでもよくなってしまう面白さなのです!
市井豊『予告状ブラック・オア・ホワイト』(東京創元社)
地元密着、川崎市内の事件限定で調査する「ご当地探偵」と生真面目な秘書が川崎狭しと(?)活躍する、ご近所探偵物語です。のらりくらりとやる気を感じさせない探偵と、真面目一筋な秘書の噛み合わない会話がなんとも可笑しく、これは読者も探偵さん派・秘書さん派にきれいに分かれそうだなといらぬ想像をしてみたり。もっとも、この作品の良いところは、探偵びいきも秘書びいきも等しく楽しめるところではないでしょうか。やる気はなくても能力のある探偵さんがいい味出してます!
PART2:映画を観るように楽しむ4冊
宮部みゆき『木暮写眞館』(講談社)
昔写真館だった古い建物に引っ越してきた高校生の主人公、花ちゃん(男の子)。そんな花ちゃんの元に、心霊写真がらみの事件が持ち込まれます。すわオカルトかと身構える花ちゃんでしたが、事件は人間の弱さが引き起こした切ないものでした。それを機に持ち込まれるようになった小さな事件を、花ちゃんと仲間達は次々と解決していきます。この仲間達がみな素敵なことといったら!聡明で謙虚で明るくて素直で。人の業が起こす少し影のある事件も、彼らの手にかかれば一点の曇りもなく爽やかに解決します。なんとも爽快!終始晴々した気持ちで読むことができる作品です。
三浦しをん『風が強く吹いている』(新潮社)
箱根駅伝を走る。一度はその夢を諦めた灰二でしたが、天才ランナー・走(かける)との出会いが再びその夢を燃え上がらせます。そう、燃え上がるという言葉でもまだ足りないほどに!最初は乗り気ではなかった走と駅伝馬鹿・灰二、そして灰二の策略で集められた素人ランナー8人による駅伝チームがここに結成されたのです。生き生きと描かれる個性豊かなメンバーに魅了され、走ることへのひたむきな想いに胸打たれる、ドラマチックな物語の始まりです。月並みな表現ではありますが、笑いあり涙あり、それも大笑い、大泣き間違いなし。文章だけでこんなにも人の心を揺り動かす作者の手腕に敬服です。
景山民夫『遠い海から来たCOO』(KADOKAWA)
海洋生物学者の父とフィジーの島で暮らす12歳の洋介は、ある日サンゴ礁で見慣れない生物を発見します。なんと、それはプレシオザウルスの赤ちゃんだったのです!クーと名付けた恐竜の赤ん坊を試行錯誤しながら育てる洋介、フィジーのおおらかな自然、暖かい大人達。そんな優しい世界にのんびりと浸っていられる前半から一転、後半はクーを狙うフランスの諜報組織が現れ物語は冒険活劇に!そんなテイストの異なった前後半を難なくひとつの作品にまとめ、気持ちの良いエンディングを実現した作者の力量に目を見張ります。自然を愛し、冒険を愛した景山民夫さんの魅力がいかんなく発揮された傑作です。
東野圭吾『クスノキの番人』(実業之日本社)
ミステリーのイメージが強い東野圭吾さんですが、この作品は神秘的なファンタジーです。その木に祈れば願いが叶うと言われているクスノキの番人を任された青年と、クスノキに祈りを捧げる人々の交流を描いた今作。クスノキを通して人々の人生が複雑に重なり合い、人と人との繋がりや家族の絆が様々な角度から描かれます。物語全編を通して、『祈り』から生まれる光にほんのり照らされているような安心感が心地良い物語です。人の祈りから生まれるその光を、人は希望と呼ぶのかもしれませんね。
PART3:非日常を楽しむ4冊
丸山正樹『デフ・ヴォイス』(文藝春秋)
手話通訳士という仕事をご存知ですか?私はこの本で知りました。主人公荒井尚人は、両親・兄がろう者の家庭で唯一の聴者として育ちます。生活のため手話通訳士として働く尚人の今度の仕事は『法定通訳』。ろう者の裁判で通訳を務めるのです。自分自身は聴者でありながら、家庭環境ゆえに言葉よりも先に手話を覚えた尚人。家族の中で自分だけ違う、家の外でも他の人とは違う、そんな孤独と向き合いながら生きてきた尚人の姿に、マイノリティとは何だろうかと価値観を揺るがされます。しかしそんな社会派な側面は抜きにしても、とにかく先が読みたいと思わせる語りが秀逸で一気に読んでしまえる作品です。
まはら三桃『鷹のように帆をあげて』(講談社)
親友を交通事故で亡くした中学生の少女がペットショップで鷹のヒナと出会い、鷹匠を目指す物語。もう、それだけでワクワクしますよね。鷹ってペットショップで売ってるの?鷹を飼うって?どうして鷹匠に?主人公が鷹に心を奪われる場面では同じように初めての鷹に夢中になり、鷹を飼うことで持ち上がる問題に主人公と一緒に驚いたり。主人公と鷹の成長を側で見守っているような、自分も共に歩みを進めているような、新鮮な気持ちで楽しめる物語です。
沢村浩輔『夜の床屋』(東京創元社)
山道で道に迷い無人駅での野宿を余儀なくされた大学生の佐倉と高瀬は、深夜駅前の床屋に明かりが点っていることに気が付きます。好奇心にかられた高瀬がその扉を開くと……。日常にふいに奇妙な味が混じるような不思議な世界観に引き込まれる連作小説です。短編集かと思いきや、読み進めるとそれぞれの話が奇妙にリンクしはじめ、その付合に気がつくともう物語から目が離せません。推理小説ともファンタジーとも判断つきかねる大人の御伽噺は、物語を読みたい欲求を存分に満たしてくれることでしょう。
伊坂幸太郎『逆ソクラテス』(集英社)
あっ!と言わせる作家・伊坂幸太郎さんのデビュー20周年を飾る、渾身の1冊です。主人公は小学生、敵は、先入観。「僕は、そうは、思わない」。あらゆる先入観や大人の価値観を軽やかにひっくり返していくその発想はまさに爽快、さすが小学生!いえいえ、書いているのは立派な大人なのだからその発想力には驚きです。脳味噌のいろんなところが心地よく刺激される伊坂幸太郎ワールド、ぜひ一度お試しください。
PART4:日常が輝いて見える4冊
いしいしんじ『麦ふみクーツェ』(新潮社)
音楽に取り憑かれた祖父と、数学に取り憑かれた父と、体が大きすぎるぼく。静かで不思議な三人暮らしの悲喜交々が、牧歌的な文体で淡々と綴られます。誰もが生き辛さを感じながら、それでも幸せに生きていける。読んでいると、そんな希望の雲に包まれてふんわりと漂っているような幸福感に包まれます。ひらがなを多用した独特の文体からは、まるで心地いい太鼓の音が聞こえてくるようです。
朝比奈あすか『君たちは今が世界』(KADOKAWA)
6年3組は学級崩壊の危機を迎えています。スクールカースト、いじめ、煙たがられる優等生……。子どもの頃を思い出しても、大人目線で見ても、とにかくリアルでハラハラしっぱなし!それでも所々でキラリと光る子どもの成長、愛情ある大人の存在が嬉しくて、そんな温もりを大切に集めるように読み続けたいと思う作品です。今は苦しいけれど、この先道が狭まることはない、未来は必ず今より広い。明るいところに向かって進んでいる手応えを感じるエピローグに、気持ちがふわっと軽くなります。
津村記久子『ミュージック・ブレス・ユー!!』(角川書店)
のっぽでメガネで歯には矯正器具、まるで冴えない女子高生アザミ。「音楽について考えることは、将来について考えることよりずっと大事」な高校3年生。周りの友達もどこかパッとしない、どこにでも居そうな高校生。そんな高校生達の日常が、重くならず暗くならず等身大でテンポよく描かれます。どこにでもありそうな青春に見えるけれど、読者はその日々を追っているうちに気がつくのです。どこにも、誰にも、ひとつとして同じ青春なんてない、大切じゃない日常なんてないのだということに。破天荒な親友チユキ、好きだなあ!
米澤穂信『本と鍵の季節』(集英社)
文章を読む、そのこと自体に快感を覚えるような文章を書く作家さんがいます。米澤穂信さんは、そんな“文章を読むだけで気持ちがいい”作家さんの一人です。適切な言葉選び、整った日本語、簡潔でありながら情緒のある文体。目が滑らないと言うのでしょうか、文章を読んだそばから、内容が適度な重みを持って自然と頭の中に入ってくるような不思議な感覚を味わえます。今作『本と鍵の季節』は、図書委員の男子高校生コンビが日常の謎を解いていくライトミステリーです。とはいえ、物語の本質は謎解きではなく、二人の高校生が互いに感化されながら『どう生きるか』を自らに問いかける、成長の物語と言えるでしょう。互いにタイプの違う二人のウィットに富んだ会話が洒脱で味わい深く、互いに信頼し尊重しあう関係が眩しく全編を照らします。
画家、脚本家、映画監督……、それぞれ夢を持った6人の若者達が共同生活を送る『スロウハイツ』を舞台に描かれる人間ドラマです。前半は6人それぞれの物語とスロウハイツでの共同生活が丁寧に描かれます。6人が6人とも個性的でひたむきで、読者はすっかりスロウハイツのファンになってしまうことでしょう。そして後半、6人の絆を揺るがす事件が起こります。誰にも傷ついて欲しくない、みんなで幸せになって欲しい、この6人ならきっと……!事件に翻弄されながらも支え合い、刺激しあいながら夢に向かう若者達の姿から、もう目が離せません!