夏は涼しい部屋でゆったりと
PART1:幼いころのノスタルジーを感じる
12歳の時、あなたが考えていたことがここに
劇的ではない、けれどかけがえのない日々
■『しずかな日々』椰月美智子(講談社)
主人公は、母子家庭で育った小学5年生の枝田光輝。勉強も運動も得意ではない、真面目ながら引っ込み思案の男の子です。新学年を迎えて後ろの席になった押野に、空き地での野球に誘われ、初めて友達ができます。そんな折、母が転職を決め、引っ越しを余儀なくされることに。光輝は引っ越ししないために、古い日本家屋に住む祖父と暮らし始めます。押野たちと庭で遊んだり、縁側で寝そべったり、おじいさんがスイカや麦茶を振る舞ってくれたり。きらきらした、しかし2度と戻っては来ない幼い頃の夏が、日常の流れの中で描かれます。
「夏らしさ」がつめこまれた11の短編集
■『すいかの匂い』江國香織(新潮社)
歳を重ねてから振り返ると、夏を思い起こさせる「何か」が自分の中に染み込んでいることがあります。それは幼いころ食べたすいかの匂いであったり、バニラアイスの木べらの味や、ビニールプールのへりの触り心地であったり。本書は、そんな「何か」に思いがけず触れてしまうような11の物語が詰め込まれた短編集です。それぞれ主人公は異なりますが、一人称はすべて「私」の少女たち。誰にも言ったことはなかったけれど、こんな私も確かにいた――そんな気づきをくれるかもしれません。
PART2:夏のまぶしさを思い出す
心にあたたかな光がともる、田舎の夏休み
■『夏美のホタル』森沢明夫(KADOKAWA)
大学生の相羽慎吾は、幼稚園教諭として働く彼女・夏美と一緒に、卒業制作のために千葉県の里山を訪れました。そこで古びたよろず屋「たけ屋」を営む母子ヤスばあちゃんと地蔵さんに出会い、夏休みをここで過ごすことを決めます。ところが、そのうちに地蔵さんの過去を知ることになります。
日本の夏の暑さや空気感、音、におい、景色といったものがありありと浮かんできて、優しい人々に囲まれて過ごす、田舎の夏休みのような気持ちで楽しめる物語です。
3人の小学生が繰り広げる、時を超えた冒険
■『ゴールデンラッキービートルの伝説』水沢秋生(キノブックス)
幼い頃、友達と秘密の場所で日が暮れるまで遊んだ思い出はありませんか?小学生6年生のジュンペイとヨータは、古い廃車"ゴールデンラッキービートル"のある廃材置き場、つまり秘密基地でよく遊ぶ友達でした。ある時ジュンペイは、ウサギ小屋のウサギ殺しの犯人ではないかと疑う女の子・ヒナが、その廃車から何かを持ち去っていくのを見かけて……。
出会い、互いを理解し、友情を築いていく3人。子供だったころの、純粋でまぶしい友情を思い起こさせてくれます。
高校生たちのリアルな青春を描く
■『夏のバスプール』畑野智美(集英社)
夏休みを前にした期末テスト期間。高校1年生の涼太は、登校中に見知らぬ女の子が畑でトマトをもぎり、食べているのを見かけます。涼太が見ているのに気づいた女の子は、真っ赤に熟したトマトを投げつけてきました。後でその女の子が同じ学年の久野ちゃんだと知り、涼太はいつの間にかひかれていきます。しかし久野ちゃんも問題を抱え、涼太周辺の人間関係も穏やかではなく……。
トマトが制服に真っ赤なシミをつける冒頭から引き込まれる1冊。些細な言葉が刃物になること、自分本位で身勝手に振る舞ってしまうことなど、高校生らしい葛藤や悩みがリアルに、生々しく描かれます。
PART3:ひと夏の切なさと苦しさを噛みしめる
美しい港町で、心を取り戻す再生物語
■『風待ちのひと』伊吹有喜(ポプラ社)
主人公は、精神的な病により休職中のサラリーマン・須賀哲司。母が遺した港町の家へ、東京から静養に来ていました。偶然同じ町に住む同い年の喜美子と出会い、母の遺品整理を一緒にすることになります。少しずつ心を交わし、互いの過去を知っていく中で、ひかれ合っていく2人。しかし、実は哲司には東京に妻子がいて……。
終始、港町の美しさや人々の雰囲気が穏やかな文章でつづられ、読んでいるだけで心があたたかくなります。傷ついた心をやさしく包み込み、少しずつ前に進もうとする人を助けてくれる物語です。
思い出と成長、そして切なさのつまったひと夏
■『サマータイム』佐藤多佳子(新潮社)
小学5年生の11歳のころ、伊山進は台風が近づく中訪れた市民プールで、溺れているように見える男の子に出会います。よく見ると彼には片腕がなく、そのせいで変な泳ぎ方になっていたのでした。声をかけられた進は、彼が浅尾広一という2つ年上の男の子で、同じ団地に住んでいることを知ります。彼の家へ訪れると、そこにはグランドピアノが。広一は器用にも、片手でジャズの「サマータイム」をひきこなしていたのです。
進や広一、そして進の姉・佳奈の視点で描かれる、4つの短編連作集。さわやかでちょっぴり切ない読後感は、夏の終わりにぴったりです。
二度と戻ることのできない、出会いと別れ
■『夜の木の下で』湯本香樹実(新潮社)
事故に遭い、生死の境をさまよう弟を、昔の出来事とともに想う姉。一方の弟は、さまよいながらも、姉に伝えたいある気持ちを抱えていました。
表題作「夜の木の下で」合わせ、少年や少女を主人公とした6篇を収録した短編集。いずれも過去を思い出し、誰にでもいつかは訪れる別れを噛みしめながら、生きていこうとする物語です。いつかの自分を重ねながら、季節の区切りである夏の終わりに、手に取ってみてはいかがでしょうか。
PART4:背筋の凍る怖い話で涼む
「ぞくっ」を気軽に楽しめる12の短編集
■『よもつひらさか』今邑彩(集英社)
「よもつひらさか(黄泉比良坂)」とは、日本神話においてこの世からあの世へ下っていく坂のこと。本書は、そんな坂をいつの間にか下っているかもしれないと思わせる、背筋のぞくっとする短編を12篇おさめています。すべてのお話はよくある日常から始まるのですが、転がっていく展開の先はさまざま。日常が急に奇妙な世界に変わる物語から、ミステリー色の強いもの、緊迫感のあるサスペンス風のものまで、ただ怖いだけのホラーではありません。飽きることなく読み進められる1冊です。
今昔物語を現代の怪談として楽しめる!
■『忌まわ昔』岩井志麻子(KADOKAWA)
平安時代に生み出されたと言われ、ほとんどの話が「今は昔」という言葉で始まる説話集、今昔物語。昔から今昔物語を題材にした小説は数多くつくられており、芥川龍之介の「羅生門」、福永武彦の「風のかたみ」などがよく知られています。本書は、そんな今昔物語をホラーとして描き直した1冊。すべて舞台は現代となっており、今も昔も人の恐ろしさや本能は変わらない、ということを感じさせてくれます。
本物の拝み屋が蒐集した怖い話
■『拝み屋備忘録 怪談双子宿』郷内心瞳(竹書房)
著者は、実際に宮城県で拝み屋として働いている郷内心瞳さん。本書では、仕事で体験した怪異から、相談しに来たお客さんから聞いた怪異まで55篇を集めています。そのため起こる怪異には説明がつかないだけでなく、はっきりとした原因や背景が明らかにならないことも。不可解で、ちょっと後味が悪くて、ときにドキッとする。しかも、あなたの身にも降りかかることかもしれない。そんな物語を求めている方にぴったりです。
PART5:大人の夏に改めて読みたい名作
大切な人と猫を守るため、時空を超える旅をする
■『夏への扉』ロバート・A・ハインライン 著、福島正実 訳(早川書房)
主人公は、愛猫ピートとともにコネチカット州で暮らす技術者のダン。今、彼の胸中には冬が住んでいました。親友マイルズと婚約者ベルに裏切られ、会社から追い出されて、自分で開発した技術まで取り上げられてしまったからです。冬のピートのように夏への扉を探してさまよっていると、たまたま入った酒場で「ミュチュアル生命 冷凍睡眠保険」という広告を目にします。
たくさんの伏線が張られ、最初から読み逃せないサスペンス的要素もある物語。最初は絶望的な展開ですが、行動力のあるダンとかわいらしいピートのおかげで、読後には元気をもらえます。
背伸びしたいあの頃の繊細な心
■『美しい夏』パヴェーゼ(河島英昭訳)
兄と2人で都会に住んでいた、16歳のジーニア。その夏、年上の女性で、絵のモデルをしているというアメーリアと出会います。自信にみちあふれた大人の女性に、あこがれを抱くジーニア。夏はあっという間にすぎていき、そのうちロドリゲスとグィードという二人の青年と出会って、グィードにひかれていくのですが…。
少し昔のイタリアを舞台に、ダンスホール、画家のアトリエといった当時の景色が、どこか気だるげに、しかし魅力的に描かれます。そこに浮かび上がってくる、16歳の繊細な心の動き。大人に近づいていく彼女の姿は、甘酸っぱくほろ苦く感じられます。
記憶の中を手探りする感覚を文章で味わう
■『失われた時を求めて』マルセル プルースト 著、高遠弘美 訳(光文社)
文学好きの方は、1度は読み通してみたいと思ったことがあるのではないでしょうか。『失われた時を求めて』は、世界最長の小説としてギネスにも登録された、全7巻にもおよぶ長編小説です。舞台は、19~20世紀のパリの社交界。子供時代からの、主人公「私」の半生を追いかけます。特徴は、感覚や巡らせる思索を、比喩も交えながらこれでもかと重ねていること。特に、ちょっとした行動や香りに応じて、無意識的に記憶がよみがえって来るときの感覚の描写は見所で、記憶の中を旅しているような気持ちになります。
■『結婚式のメンバー』カーソン マッカラーズ 著、村上春樹 訳(新潮社)
主人公は、アメリカ南部の田舎町に住む12歳の少女フランキー。彼女はどこにも属していない自分や、成長により変化していく体、繰り返す毎日にうんざりしていました。夏に行われた兄の結婚式をきっかけに、生を変えるため妄想をめぐらせるようになります。3つの章で構成されるこの物語は、章ごとに主人公の一人称がフランキー→F・ジャスミン→フランセスに変わっていく面白い構成。一人称が変わるたびに、幼いころならではの感じやすさ、考え方、閉塞感などが漂ってきます。幼いころの世界の見方を思い出したい時は、ぜひ手に取ってみてください。