”どこにでもいそうな”人々を描く、「寺地はるな」の物語
PART1:心がすり減っていると感じる時に
「誰かに必要とされたい」でいっぱいのあなたに
■『ビオレタ』(ポプラ社)
恋人に婚約破棄を告げられた、27歳の田中妙。雨に降られながら泣いていたところ、「ビオレタ」という雑貨屋を営む女性・菫と出会います。道端で泣くのはやめなさい。惨めったらしい真似はやめなさい。そう言って、妙を力づくで店へ連れ込んだ菫。話しているうちに、妙は菫の店で働くことになります。店ではミニチュアの棺桶を売っていて、時折その棺桶に何かを入れ、埋葬したいというお客さんが訪れるのですが…。妙の根底にあるのは、「誰かに必要とされたい」という気持ち。いろいろな人と出会い、自分を見つめ直していく妙の姿に、あたたかい気持ちになります。
ワインづくりを通して浮かび上がる想い
■『月のぶどう』(ポプラ社)
ワイナリーを運営してきた母が突然亡くなり、双子の姉弟が家業を継ぐことになりました。母を尊敬し、ずっとワイナリーを継ごうとしてきた、優秀だが頑固な姉。常に姉と比較され、「何かになりたい」と思いつつ何も行動してこなかった弟。この2人とワインづくりを中心に、お互いに対して抱える複雑な想い、彼らを支える人々との関わりなどが描かれます。疲れることだと分かっていても、いつの間にか自分と他人とを見比べて悩んでしまう。そんな方におすすめの1冊です。
働く意味を見失っている時に!遊園地のお仕事小説
■『ほたるいしマジカルランド』(ポプラ社)
物語の舞台は、大阪北部にある老舗遊園地「ほたるいしマジカルランド」。本書は、ここで働く従業員一人ひとりを主人公に、7つの物語がつむがれる連作短編集です。インフォメーションの受付、アトラクションの担当者、清掃スタッフ、花や植物の管理者…それぞれが抱える仕事への想い、不満、遊園地で働くという生き方が描かれます。遊園地は毎日の生活には不要なものですが、何のためにもならないものが当然のように存在することが、実は人々を豊かにしていくのかもしれない。そんなことを考えさせられる物語です。
PART2:誰かとの関わりで悩みを抱えている時に
自分を好きになれないあなたへ
■『やわらかい砂のうえ』(祥伝社)
万智子は、税理士事務所に勤める24歳。常に自分に自信がなく、恋なんてしなくても生きていけると思っていますが、心の中では手を繋いでくれる誰かを求めていました。そんなある時早田さんという男性に出会い、好きになるのですが…。自分を愛せないために、上手にコミュニケーションできず、反省を繰り返す万智子。職場の人や新しく出会った人と触れ合っていくうちに、自分に向き合い、少しずつ変化していく姿が描かれます。
時にはやさしい嘘も必要?家族の再生物語
■『架空の犬と嘘をつく猫』(中央公論新社)
「この家にはまともな大人がひとりもいない」。主人公の山吹は、そんな言葉が姉から飛び出すような羽猫家に生まれました。やたら新しい事業を立ち上げては失敗する祖父、子どもの死を受け入れられず空想にふける母、家庭を顧みずふらふら歩きまる父…本書は、そんな家族に囲まれた山吹の30年間を、5年ごとに区切って描く連作短編集です。山吹が大人になっていくにつれ、家族がついていた嘘、抱えていた葛藤、そしてやさしさが明らかになっていくのですが…時間をかけて家族のつながりが作られる様子に、じんわりと優しい気持ちがわいてきます。
「親子」「育児」とは何かを見つめなおす
■『彼女が天使でなくなる日』(角川春樹事務所)
人口300人の小さな島・星母島に生まれ、現在は託児所を併設した民宿を運営している千尋。民宿には、子宝祈願のご利益があると言われる島の名所「母子岩」を求めて、さまざまな悩みを持つ人々が訪れます。共通しているのは、「親子」「育児」の問題を抱えているということ。そうした人々や島の住人とも関わりながら、千尋が自らの複雑な生い立ちを振り返り、自分を見つめなおす物語です。心が痛むエピソードもありますが、読み終えた後には前向きな気持ちを抱かせてくれます。
PART3:世の中の”普通”に立ち向かいたい時に
”普通”のイメージに立ち向かう人々の物語
■『水を縫う』(集英社)
本書の主人公は、高校に入学したばかりの男子生徒・松岡清澄。学校では刺繍や裁縫が好きなことをからかわれ、母からも手芸をやめて普通の男の子になれと言われています。ある時、かわいいものが苦手な姉のために、シンプルなウェディングを作ることになるのですが…。清澄以外にも、この物語には”普通”から外れた人物が数多く登場し、それぞれ問題を抱えています。清澄は無事にドレスを作り上げることができるのか、ぜひ本を手に取って最後まで見守ってみてください。
昔ながらの”普通”から抜け出そう
■『大人は泣かないと思っていた』(集英社)
周囲をぐるりと山で囲まれた九州の田舎町で、農協の職員として働く32歳の時田翼。11年前に母が出奔して以来、父と2人で暮らしてきました。家の庭の柚子を盗む犯人を、小学校からの友達と一緒に捕まえたり。バイト先を首になったばかりの女性と出会ったり。物語が進むにつれ、父や同僚、新しく出会った人々との日常が積み重ねられていきます。その中で垣間見えるのが、、昔ながらの”普通”。長男だから、家族だから、母親だから…しがらみが残る田舎の閉塞感から、翼が一歩抜け出すまでの物語です。
都合のいい”いい子”像を、誰かに押し付けていませんか?
■『わたしの良い子』(中央公論新社)
父親の分からない子どもを生んだ、妹の鈴菜。突然「子どもは落ち着いたら迎えに行く」と言い残し、失踪してしまいます。本書は、そうして残された子ども・朔と、悩み、葛藤しながら初めての子育てに奔走する姉・椿の物語です。育ててみると、朔は一般的に言われている”良い子”ではありませんでした。内気で勉強が苦手、ご飯もたくさん食べられず、朔はいつしか他の子どもと比べるようになっていて…。もしかしたら、私も子どもや他人に何かのイメージを押し付けているかもしれない。そう自分を振り返りたくなる1冊です。
PART4:自分自身を成長させたい時に
女2人で行く、心地よい島への旅路
■『みちづれはいても、ひとり』(光文社)
子供のいない夫と別居しながら、職探し手をしている弓子・39歳。奔放に男と付き合うけれど、独身で休職中の楓・41歳。たまたま2人は同じアパートの隣同士になり、食事や酒をともにする仲になります。ある時弓子の夫が失踪し、地元の島で目撃されたという話を聞き、楓は「旦那をとっちめるぞー!」と提案。連れだって島への旅を始めます。2人の距離感が程よく心地よい一方で、それぞれが自分の足で、一人で立っているという「強さ」も感じ、元気をもらえます。
自分の幼さと向き合う3人の物語
■『どうしてわたしはあの子じゃないの』(双葉社)
幼いころ、身近な誰かをうらやましい、どうして私はあの子じゃないんだろうと思ったことはありませんか?この物語では、それぞれ同じような想いを抱えていた男女3人の中学生時代と、彼らが30歳になった現在の様子が描かれます。いくら年をとっても、あの頃抱いていた想いは消えないもの。それでも3人は、昔の自分に向き合い、「自分は自分にしかなれない」ことに気づいていきます。
自分にもあるかもしれない、性格の悪さ
■『希望のゆくえ』(新潮社)
兄の誠実(まさみ)は、マンションの管理会社で働いていた弟の希望(のぞむ)が失踪したという連絡を受けます。マンション火災の犯人とみられる女性と一緒に逃げたという目撃情報もあったため、誠実は弟の知り合いを訪ね、希望を探し始めるのですが…。寺地さんの小説の中ではめずらしく、ちょっと性格に難のある登場人物が多い1冊。読んでいるうちに、彼らは私たちそのものであり、その性格の悪さは私たちの中にもあるかもしれない、と考えさせられる物語です。
PART5:明日頑張る元気を分けてもらいたい時に
元気をくれる、13の小さな物語
■『夜が暗いとはかぎらない』(ポプラ社)
閉店が決まった地域の商店街「あかつきマーケット」。本書には、その周辺で暮らす住民の毎日を描く、13の物語がおさめられています。特徴的なのは、ひとつの短編に登場した誰かが、他の短編の主人公になるという形で、物語が繋がっていくこと。日々誰もが悩み、喜び、辛い思いをしていることもある一方で、自分の知らないどこかで誰かと繋がり、幸せにしているかもしれない。そんなふうに思わせてくれます。いろいろな物語があるので、必ずあなたが共感できる人物を見つけられるはずですよ。
こんな逃げ場所が欲しかった!
■『ミナトホテルの裏庭には』(ポプラ社)
「ミナトホテル」は、大正末期に建設された宿泊施設。骨董家具や季節の花で彩られ、各客室が防音仕様になっている以外は、一見普通のホテルです。しかしホテルに飛び込んでくるお客様は、「わけあり」な人たちばかり。そこに、祖父から裏庭の鍵を探してほしいと頼まれた25歳の青年・芯輔が訪るのですが…。もともと繋がりのなかった人たちと会話を交わし、抱えているものが明らかになっていく物語。自分にも「ミナトホテル」のような逃げ場所があったらな、と思ってしまいます。
はちみつで繋がる小さな町の人々
■『今日のハチミツ、あしたの私』(角川春樹事務所)
人生に絶望していた中学生のころ、見知らぬ女性に「蜂蜜をもうひと匙足せば、あなたの明日は今日より良くなる」と言われ、蜂蜜の入った小さな瓶をもらったことのある、主人公の碧。30歳になり、恋人の故郷へ移住したのですが、頑固な義父に無理難題を押し付けられた挙句、蜂蜜園を手伝うことになります。困難な状況の中でも、さまざまな人に出会い、力強く前向きに自分の居場所を作ろうとする碧の姿に、胸が熱くなります。
手に汗握る展開に興奮する。感情移入をして、涙があふれる。寺地さんの作品はそういった小説ではありません。登場人物の誰かに共感しつつも、静かにちょっと離れたところから見つめられる。だからこそ、自分にも他人にもやさしくしてみようと、前向きな気持ちにしてくれる物語です。